よこはま物語 Ⅱ 総集編2-1 雅子編
第1話 小森雅子
20世紀のいつか、美姫、良子、達夫高3
雅子大学2、明彦大学1
私はキャンパスの2号館から6号館の間を走った。なんで科目ごとのクラスの建物が違うの!信じられない!テキストブックの入っているショルダーバックが重い。
私の所属は理学部化学科。化学科と応用化学科って、新しい理論を見つけるか、売れそうな物質を作るか、それが違いだ。化学科は現在までの研究で証明されている理論や法則を学習し、新しい理論や物質を作る学科だ。つまり、化学科は就職しにくく、応用化学科は職が見つけやすい、つぶしが効くって話なのだ。もちろん、理学部よりも理工学部の方がはるかに潰しが効くけどね。
でも、まだ誰もが見たことのない世界を見たい!ノーベル賞を取りたい!なんて夢見る女学生だったけど、実際のところ、化学科が応用化学科よりも入試倍率が低かったというだけなんだなあ。
大学2年になって、カリキュラムが増えた。1年次は高校の化学、物理、数学の延長みたいな授業が多かったが、2年次になると、
一般化学実験
化学数学/一般物理学1/物理学実験/生物学実験/地学実験1・2
一般物理学2/電子計算機/地学1(岩石圏)/地学2(大気圏)
有機化学2・3/生化学1・2
無機化学2/分析化学/無機及分析化学実験
物理化学2A・2B
という学科を履修、おまけに一般教養の学科もある。今年は目一杯必須の一般教養を履修して、3年次は専門教科を取りこぼさずに過ごし、4年次、余裕を持って卒業研究に打ち込みたい、なんて思っている。研究室は、分子化学系の教授のところを狙っている。理化学研究所なんて就職できたら良いなあ、なんてね。だって、理化学研究所、大阪・神戸・兵庫に拠点があるので、実家の京都から近いのだ。
ちゃんと就職しないと、京都の実家の和紙問屋やら親戚の日本酒の酒造屋に引っ張られかねない。京都だから、いまだに縁戚同士の婚姻とかもあるんだもの。私はイヤ!自分の好きな人と巡り合って、恋愛して、結婚、でも、仕事は続けたいんだもの。
巡り合ってって、そう言えば、2月14日のバレンタインデーの日、2年次の履修科目の提出をするのに大学に行ったけど、手袋落とした私の好みの男の子に会ったわね。我ながらよく覚えているもんだ。可愛い子を連れていた。受験生で合格発表を見に来たんだろうけど、ウチの大学で女の子連れなんて珍しかったから覚えていたのかしら。
彼が合格して入学するとして、入学式が1976年4月9日。もう1年次は始まってるわね?理学部?理工学部?薬学部は・・・たぶんないわね?どこかでバッタリ出会ったりして・・・って、ベッタリと彼の腕にしがみついていた可愛い子がいるわよね?
妹なんかじゃないね?彼女はガールフレンドだろうな?高校生かな?じゃあ、出会ってもチャンスはないってことよね?ガッカリだ・・・って、私のほうが年上じゃないの!たった1才違いだけど、この1才の差は大きいのだ。ダメだね、これは。
でも、気になるわ。あの女の子、彼のダッフルコートの袖にしがみついて、私を睨みつけてた。たまたま、手袋を拾ってあげただけじゃないの?あなたの彼氏を取ろうとしてないわ。まったく。東京の高校生って所有欲が激しいの?私だったらあんなに彼氏にしがみついてベタベタしないわ。恥ずかしい。
少しだけ染めた茶髪のショートボブ、白のとっくりセーターに黒のミニ、黒のタイツだったな。髪の毛を染めてるなんて不良っぽい。でも、髪を軽く染めるのもいいかもしれない?コケティッシュに見えるかな?今度、やってみよう。
だけど、あのファッション、私のファッションみたいじゃないの?顔もすごく私と似てた。彼の好みがあの子なら、私だって彼の好み?へへへ、そんなことないね。
なんて考えていたら教室に着いた。え~っと、と見回すと同じ美術部の内藤くんが座ってる。彼の隣に腰掛けた。「オッス、内藤くん、お元気?」と声をかける。
今日の私は、ネイビーブルーのボタンダウン、赤のベスト、黒のミニ、黒のストッキングで、ピーコートという格好。ミニが好きなだけで、決して男の子の気をひこうということじゃない。じゃないんだけど、男の子は私の脚を見る。見られて満更でもないってのは否定しません。
内藤くんは私の顔を見てニコッとした。「小森さん、かなり学科がダブってるよね?また、ノート見せてね」と言う。おいおい、自分でノート取れ!授業を聞け!内藤くんは1年次も私のノートを生協で全部コピーしたのだ。ダメなやつ。女の子ばっかり追いかけていて、勉強しないんだから。
授業中、私がノートを取っているのを彼は興味なさそうに見ているふりをして、私のスカートと脚を覗いているのはお見通し。見られて減るもんじゃなし、別にいいけど。でも、私だけじゃない、どんな女の子の脚とか胸とか顔も物欲しそうに見るんだ。私だけだったら好意も持てるけど、誰彼構わずじゃあ、内藤くん、そりゃ、ダメだよ。だから、彼はパスなのだ。
化学科は物理科に比べて比較的女の子は多い。物理科なんて女の子の割合は5%以下。理学部全体で男女比は8:2なんだそうだ。化学科は7:3ぐらいかな。薬学部は4:6で女の子が多い。
だから、内藤くんは用もないのに本部校舎から四ツ谷寄りの薬学部の校舎をウロウロしたり、薬学部の学食を利用したりしているのだ。(2003年に薬学部は神楽坂校舎から野田校舎に移転)節操のないやつだ。男女共学出の男の子はみんなこうなんだろうか?内藤くんは千葉出身だったかな?千葉じゃなあ、悪いけど節操がなさそうだ。
夕方、授業が終わって、美術部室に顔を出した。体育会系の部活でもないので、部員は三々五々集まっては、とりとめのない話をしたり、急に部員同士がモデルになって、クロッキーなんかをしている。今日は人も多い。夕方なので途中までの石膏デッサンはしない。部員のダベリに付き合った。石膏デッサンはあまり人もいない土曜日の午後がいいのだ。
内藤くんがいた。私を見て、自分の隣のベンチシートの場所を空ける。いいんだよ、余計な気をつかわなくても。私はあなたの彼女じゃない!近寄らんといてや!
内藤くんが「小森さん、今度の日曜日、渋谷の屋根裏でコンサートのチケットを2枚もらったんだ。一緒に行かない?」なんて誘われた。この前も誘われて断ったけど、千葉の男の子は諦めないのかな?
「悪いんだけど、今度の日曜日は予定があるのよ。土日はいろいろ忙しいの。かんにんええ。許してな」
「予定があるんだ?まさか、デートとか?」しつこい!京都の男の子だったら察してくれるんだけどなあ。千葉の男の子はダメか・・・
「デート?彼氏なんかいないわ。勉強も忙しいから、今はそっちの方面は興味が無いのよ。あ!ほら!吉田さん、吉田万里子ちゃんを誘えば?」矛先を変えよう。「万里子ちゃん、ちょっと、ちょっと」と離れて座っていた吉田万里子を呼んだ。
吉田万里子ちゃんは、化学科の1年生。元素の周期表で言うと、内藤くんと万里子ちゃんは、同じハロゲン族のようなもの。私は系列の違う希土類みたいなもの。絶対に、内藤くんと私じゃ合わない。万里子ちゃんとだったら、同じ系列で合うだろう。女内藤みたいなものだ。万里子ちゃん、どんな男の子の顔とか脚とかお尻とかでも物欲しそうに見る。内藤くん、キミは同じ系列を選ぶんだよ。
万里子ちゃんが大きな胸を揺さぶってこっちに来た。彼女の胸には私は負ける。髪の毛は派手な茶髪で(私、茶髪に敵愾心を燃やしているんだろうか?)、黄色のヨットパーカーの中は胸を強調するように体にフィットした黒のTシャツ。フレアの超ミニのスカートだ。パンツが見えそう。この露出狂女め!
「小森さん、なんですかぁ~?」と松田聖子ばりの笑顔。このぶりっ子が!
「万里子ちゃん、内藤くんが、今度の日曜日、渋谷の屋根裏のコンサートのチケットを2枚持っているんだって。私、誘われたんだけど、予定があるのよ。万里子ちゃん、私の代理で悪いけど、どう?その代わり、内藤くんが食事も奢ってくれるって」と言うと、内藤くんが奢るなんて言ってないという顔をして私を見る。自分からデートに誘ったら、奢れ!内藤!
「ええ?行きますぅ~。内藤さん、何のコンサートですかぁ?」ほら、食いついた。誰でもいいんだ、この子は。特に、食事おごり付き!なんて言われれば、ホィホィ、誰とでもデートしちゃう・・・という女子の噂。内藤くん、タダの(じゃないか?食事とホテル代は負担だよね?)セックスできるよ!
「・・・プログレバンドが数組出るんだ。クリムゾンとかイエスとかのコピーバンド。そんなに有名じゃないバンドなんだけどね・・・」
「私、プログレ、好きなんですよぉ~」と高音の声で万里子が言う。嘘つけ!この前の飲み会じゃあ、オフコースの『眠れぬ夜』、良いなぁ~って言ってたじゃないか?プログレと路線が違うだろう。
「じゃあ、俺、万里子ちゃんと行ってきます!」と内藤くんが未練がましく私の顔を見て言う。ハイ、行ってらっしゃぁ~い。
私は男嫌いってわけじゃない。セックスだってたぶん好きな方だ。処女じゃない、と言っても経験人数1人だけど。
あれは高校二年の夏。私の高校は女子校だったんだけど、高校一年になったら周りの子がどんどん経験をし始めた。処女を捨てる子が多くなって、私も捨てようかなあ、って思っていた。バカだったな、私。
高校二年の夏に友達が近くの男子校の男の子たちと敦賀に泊りがけで海水浴に行こうって話があった。男女、四人と四人で行った。声をかけてくれた私の友達はその高校の男の子と付き合っていて、他の二人も相手を決めちゃって、私は残りの一人とカップルになった。
まあまあタイプの男の子だったんだけど。それで、夜になって、他の三組は始めちゃう。私とその彼も始めちゃわないといけないような雰囲気になった。まあ、いいか、なんて思って、初めてを彼と経験した。ちょっと痛かった。彼も初めてで、二人共慣れてなかった。
それから、冬休みくらいまで、彼と付き合って、毎週土日は私か彼の家でセックスするようになった。だけど、だんだん、彼が私のことを抱いちゃったんだし、あれは俺の女、みたいな態度を周りにするようになった。
それで彼が私にいろいろ求めだした。彼の好みで服のスタイルを変えろとか。長髪のワンレンボディコンでデートに来いとかね。彼は陸上をやっていて、美術なんて興味なかった。そういう私の意に沿わないことをいろいろ言われて、美術も尊重してくれない。私だって陸上なんて興味なかった。もうセックスだけが接点になってしまって、それで、すれ違いで別れちゃった。それ以来、二年間、男の子は当分いいかな、なんて思ってる。
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第2話 依存心、嫌い!
20世紀のいつか、美姫、良子、達夫高3
雅子大学2、明彦大学1
夏休み中はずっと京都に帰っていた。実家は和紙問屋をやっていて、あまり景気は良くない。和紙などそれほど需要があるとは思わなかった。
実家に帰ってゆっくりできるかな?なんて思っていたら、パパが(京都の和紙問屋の娘が父親を『パパ』と呼んで何が悪い!)遠縁の斎藤酒造にお手伝いに行って欲しいと頼んできた。え~、酒蔵の手伝い?
「斎藤さんのところ、女将さんが具合が悪いんだ。酒蔵だろう?男手も必要だが、女手も必要なんだよ。酒蔵の女将さんというのは、大変な仕事で、杜氏の手配、お世話から、材料の仕入先、納入先との付き合い、手配、いろいろと酒蔵の亭主を助けないといけない。近所の人も手伝ってくれるが、親戚の女性の方がいい。だから、お前行ってやってくれ。雅子だって、知らない仲じゃないだろ?あそこの長男タケルくんとは幼馴染の同い年だったろう?」ええ、ええ、同い年です。私の人生初キスの相手ですよ、パパ。内緒だけど。
タケルは、物心つく頃から、親戚の寄り合いなどで顔を合わせていた。彼は伏見だから、学校こそ違ったが、酒造りが始まる季節の冬休み、春休みの間は、邪魔な子供である彼と彼の妹は我が家で引き取っていたのだ。だから、小さい頃は、私の兄、私と、タケルと妹が一緒によく遊んだ。私が最初にお医者さんごっこをした相手もタケルだった。初キスの相手もタケルだった。小学校の頃だったけど。私、マセていたもの。
彼が中学生になって、酒造りの手伝いができるようになると、我が家に学校の休みに来るということはなくなったが、親戚の寄り合いではちょくちょく顔を合わせた。高校一年生になって、生まれてはじめてデートした相手もタケルだった。その時は、私が何かに苛立って、五回ぐらいのデートで打ち切りにはなったが、付き合いはそのままだった。
彼も自分の高校で彼女ができたらしい。わざわざ遠い親戚の従姉妹と付き合う必要もない。そして、彼は関西の大学に、私は東京の大学に。もう彼と何かが交差することもないだろうと思っていた。
伏見に手伝いに行くときは、京都から通うのも面倒なので、齊藤酒造に泊まった。タケルの部屋の隣りの和室だったが、もちろん、彼とは何もなし。大学の話題を話したくらいだった。雅子、早く彼氏を作れよ、とか言われてしまった。
その夏休み、ぜんっぜん、ゆっくりできなかった。酒蔵は十一月の米の手配、精米、十二月から翌年の三月までの寒造りと、日本酒の仕込みが続く。じゃあ、三月から十月まで暇か?というと、付き合いはある、酒瓶の手配とかラベルの製作、無限に仕事がある。確かに、伯父さんとタケルの男の仕事の他にタケルの妹だけで女の仕事は無理だ。かといって、休みが明ければ私は東京に戻らないといけない。申し訳なかったが、8月末に東京に帰ってきた。
夏休みが明けて、大学の授業再開。いやぁ、大学の授業のほうが酒造りより楽だ。
無機化学2の授業に出た。見回すと内藤くんがいる。彼の隣に腰掛けた。「オッス、内藤くん、お元気?夏休みどうだった?万里子ちゃんとはうまくいってる?」と声をかける。
内藤くんはうかない顔で「ああ、小森さん、久しぶり。京都に帰省してたんだ?」と言う。「うん、ずっと親戚の家の手伝いしてたよ。それより、なんかうかない顔だね?」と聞いた。
「まあ、あんまり気分は良くない。小森さんがコンサート断るもんだからいけないんだよ。春からさ、万里子と付き合うようになって、それで夏休みも会ってたんだけど、だんだん、会う頻度が少なくなって、俺のお誘いを断ることも多くなったんだ。怪しいと思って万里子の友達に聞いたら、あいつ浮気してやがったんだ」
「あら、じゃあ、別れちゃったんだ?」
「それがね、俺、あてつけに薬学部の女の子と付き合いだして・・・」
「それ、万里子ちゃんが先?薬学部の女の子が先?」
「・・・同時進行かな?」
「あっきれた!内藤くん、あなただって、浮気してたんじゃない!」
「そうなんだけどさ、その子とデートしているのを万里子に偶然見られて、痴話喧嘩して、でも、またセックスして、だらだらと続いてるんだ」
「え~?内藤くんも万里子ちゃんも別の相手ともセックスしていて、それでもまだお互いしてるの?信じられない!」
「まあ、グチャグチャでさ、万里子とする時も、俺のあの子の方がいいとか、万里子も私の相手の方が長持ちして、あんただらしないね?とか言い合いして・・・」
「そんなことしてると、内藤くんの薬学部の女の子に振られて、万里子ちゃんも他の男の子に振られちゃって、後には情けない男女が残りましたってなるわよ!」
「そうなりそう・・・だからさ、小森さんが俺と付き合ってくれれば、スッパリとみんな精算できて、メデタシなんだけどなあ・・・」
「そういう共依存関係は私キライ!なんか、お互い傷を舐め合っているみたい。もっと、女とベッタリしないで距離をおきなよ。セックスがお互いの人質みたいじゃない?そういう関係、私にはできない。お互いの距離感を保って自立しながらのお付き合いじゃないとダメ・・・って、内藤くん、今、『小森さんが俺と付き合ってくれれば』って言ったね?それ、告白してるって話し?」
「え?そう受け取ってくれなかったの?」
「・・・やれやれ・・・ハッキリ言って、内藤くんとは付き合えません。でも、良いお友達でいたいというなら、絶交しないでいたげるわ。私のノートもみたいでしょうし」
「それ、俺、フラれたの?」
「率直に言って、そう受け取っていただきます」
「まったくなあ、小森さん、俺のタイプなのに・・・」
「内藤くんは、セックスできれば女の子は全部自分の好みになるんでしょ?私はイヤです」
「残念だなあ・・・」
「授業始まるわよ。ボケーとしてないで、授業を聞きなさいな。ちゃんとノート取って!」
まったく信じられない。ベタベタしたり、セックスしたり、浮気したり。そういう男女関係は、極度のお互いへの依存心がある。私にはできないなあ。
これじゃあ、しばらく彼氏ができないだろうけど、全然惜しくない。私には学問がある!男なんてしばらく願い下げだ・・・って、小森雅子、2月の手袋の男の子と女の子を思い出してどうする?・・・なんか、気になるけど、出会えないね。仕方ない。
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第3話 明彦との出会い
20世紀のいつか、雅子大学3、明彦大学2、良子大学1
ゴールデンウィーク前の金曜日の午後4時だった。金曜日は学科が早く終わってしまう。二号館を回り込んで、部室やサークル室の固まっている棟屋の二階に行った。ニ号館、2513室で、部屋はまだ真新しい。部室のドアを開ける。誰もいなかった。
何もすることがない。石膏デッサンもする気がない。私はメンソールのタバコをふかした。去年からタバコを吸うことを始めてしまったのだ。20世紀だ。部室でタバコを吸って何が悪い?間接喫煙なんて言葉が存在しない時代だった。タバコを吸う女の子は男性にモテないってわけでもない。21世紀と違うのだ。
豆を挽いてコーヒーを淹れる。パーコレーターを電気ヒーターの上に置いた。いい匂い。できたコーヒーをカップに注いでいた。ノックの音がして、男の子が部室に入ってきた。
「すみません。入部希望の者なんですが」と彼は言った。あの、去年の2月、合格発表で手袋を落とした男の子だった。彼の顔をジッと見てしまった。彼は怪訝な顔をしたが、まさか、手袋を拾っただけの女なんて覚えていないだろう。
私は一人部室のベンチシートに座っていた。彼の彼女を意識してショートヘアをちょっとだけ茶髪に染めた、なんて彼は知らないだろう。我ながらボイッシュに磨きがかかったと思っている。懲りない内藤くんは、私を見てため息をつくのだ。私はキミのものになんかならないよ。って、おっと、彼だ、彼。
去年、2月14日のバレンタインデーの日、合格発表だった。私は、2年次の履修科目の提出をするのに大学に行った。彼は私とすれ違った。その時、彼が手袋を落としたことに気づいた。「キミ、ちょっと」と彼に声をかけた。「手袋落としたよ」と彼の手袋を拾って渡した。
「ありがとうございます」と彼は言って手袋を受け取った。「どういたしまして。もう、落とさないでね」と私。2年次の履修科目の提出で急いでいたので、すぐその場を離れた。
彼は可愛い子を連れていた。受験生で合格発表を見に来たんだろうけど、ウチの大学で女の子連れなんて珍しかったから覚えていた。その女の子がちょっと茶髪のショートボブ。白のとっくりセーターに黒のミニ、黒のタイツだった。ネイビーブルーのダッフルコート姿。コートが同じで彼とペアルックだった。
髪の毛を染めてるなんて不良っぽいと思った。でも、髪を軽く染めるのもいいかもしれない?私、彼女みたいにコケティッシュに見えるかな?今度、やってみようということで、それ以来、ちょっと茶髪に染めてみたのだ。
彼女のファッションが私のファッションみたいじゃないの?なぁ~んて考えた。彼女の顔も私に似ていた。彼の好みがあの子なら、私だって彼の好み?なんてね。
その彼が目の前にいるのだ。
私は立ち上がって「あら、季節外れの入部希望者ね?」と素知らぬ顔で彼の顔を見て言う。私より背が15センチくらい高いかな?ブルーのボタンダウン、黄色のセーター、黒のチノパンツにデッキシューズ。
私はというと、黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、私の自慢の白い脚にフィットしたチノパンツにスニーカー。あら、お似合いよね?って、忘れちゃいけない。彼には彼女がいるんだった。
「二年生で出遅れの入部希望者です」と彼が言う。「二年生から部活なんて珍しいわね。どうぞ、歓迎するわ」と言って私が座っていたベンチシートの横をパンパンと叩いた。隣に座ってねってこと。
私は本棚からノートを持ってきて「ここに記入して」と彼にノートのページを指し示した。氏名、生年月日、住所、電話番号、学生証番号、所属学部学科、美術部でやりたいこと欄などなど。
彼がノートに記入しているのを覗き込んだ。「名前は、宮部明彦くんって言うんだ。物理科の二年生ね。ふ~ん、私は雅子、小森雅子よ。よろしくね。化学科の三年生よ」
「あ!小森さん、先輩なんですね?」やっぱり、私を覚えているはずないわねえ。
「先輩って言っても、宮部くんは五月生まれじゃない?私は同じ年の一月生まれだから、四ヶ月年上なだけよ」
「ちょっとだけお姉さまなんですね」
「でも、年上には変わりないわね。部費は月に千円だけど、持ち合わせある?」と聞いた。
「じゃあ、今年度の残り、十一ヶ月分、まとめて払います」と言う。
「リッチやなあ」と思わず方言が出てしまった。田舎の子だと思われるかしら?あれ?でも、私の方言を聞くと、私の顔をジッと見た。え?方言好きなん?
私は彼に自分は京都出身だと説明した。普段は標準語で話しているが、何かの拍子で京都弁が出るのよ、と。ぼくは横浜なので、方言って新鮮なんです、と彼が言う。
GWも過ぎて、週にニ、三日、宮部くんは部室に顔を出すようになった。体育会系の部活でもないので、部員は三々五々集まっては、とりとめのない話をしたり、急に部員同士がモデルになって、クロッキーなんかをしている。
彼は、部員同士の話を黙って聴いている。彼はだんだん慣れてきて、雅子さんと私を呼ぶようになった。ちょっとうれしい。私も彼を明彦と名前で呼ぶようにした。明彦と呼ぶと内藤くんが私を見る。馴れ馴れしいかな?
私の方言が出るたびに明彦は私の方を見る。ゾクッとするのね?時々、明彦と部室で二人っきりになる。そういう時、私は、わざと京都弁で喋る。
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第4話 あんな可愛い子と別れるって、どういうことなんだろう?
20世紀のいつか、雅子大学3、明彦大学2、良子大学1
もうすぐ夏休みというある日の金曜日、その時も私と明彦が部室で二人っきりになった。もう夕方になっていて、陽も暮れかかっていた。
「ベラスケスの『宮廷の侍女たち』を見にプラド美術館に行きたいわね」と彼に言う。
「ぼくも行きたいですよ、プラド。バイトで旅費を貯めて来年ぐらいに行こうかなあ」
私はニコッと笑って「あら、うちも来年の夏ぐらいに行きたいなって思ってて、貯金してるんや」と彼の顔を見た。「ねえねえ、明彦、うちと一緒にプラド行こう?どう?私と一緒じゃダメ?」私たちはベンチシートに隣同士で座っていた。私は明彦に顔を寄せてボソッとたずねてみた。ドキドキした。
「いいですよ、雅子さんとヨーロッパ旅行なんて楽しそうだ。でも、ぼくで良いんですか?旅のお供が?」
「明彦とやさかい一緒に行きたいねん」
「ぼくとだからスペインに?」
「そう。明彦とだから行きたいのよ。あ、もう日ぃ暮れてるわぁ。遅くなちゃったね。明彦、この後予定ある?」と言った。今日は特別サービス、いつにもまして京都弁の出現頻度を多くした。
「なあ、これから、明彦、居酒屋に飲みに行こ」
「いいですよ、雅子さん」
「そのさんづけ、止めて。雅子でええわ。じゃあ、決まりね。神楽坂、上がったとこにええ居酒屋があるのよ。うちのマンションの近くなんだけど」私のマンションの近くよ?誘い方、際どいかしら?
「わかりました。行きましょう。じゃあ、雅子って呼びますよ。実は、雅子、その雅子の京都弁、ゾクゾクしちゃうんですよ」
「感づいとったわ。うちが方言で喋るとうちの顔を見てモジモジするんやもの。キミは標準語しか話さへんものね。物珍しいのかしらね?それで、どうゾクゾクしとったん?性的にゾクゾクしたん?」と大胆なことを私は言ってしまう。
「そ、そうです、実は・・・」
「エッチな男の子ねぇ?」
「だって、雅子、可愛い顔してるし、ボイッシュだし」
「あら、おおきに。キミのタイプなん?うち?」
「ハッキリいってそうです」
「私、年上よ?」
「学年が一つ違うだけでしょう?それに同じ年生まれで、数ヶ月しか生まれた月は違わないでしょう?じゃあ、雅子はどうなんです?ぼくのことどう思っているんです?」
「直球で聞くわね。うちもキミのこと、タイプよ」
「うれしいです。じゃあ、ぼくたち、付き合っちゃいませんか?」
え?ええええ?「もっとすごい直球でくるわね。ええよ、初めてあってから、明彦が好きやってん。って、私、すごいこといってるね?」自分で言っていて恥ずかしい。顔が火照る。
「うれしいです。ぼくは最初に会ってから雅子が好きでした」
「今度は私がゾクゾクするわ。ああ、もっと言って」
「ぼくは雅子が好きです」
「ちょっと待って。明彦、キミ、付き合っている子がいるんじゃないの?」あの子はどうしたのよ?私、二股かけられるような女じゃないわよ?
「実は、高校三年の時から高校の同期の友人の1歳年下の妹と付き合ってました。でも、別れちゃって。今は、付き合っている女性はいません」え~、ウソついてない?あの合格発表の時の可愛い子とは別れちゃったの?あの子は友達の妹だったの?本当に?
「本当?今は誰とも付き合ってないの?」
「ええ、いろいろあって、今年の2月に別れちゃったんですよ。その話は・・・その内します」あら?結構深刻そうなことなのかな?立ち入って聞いて良いような感じじゃないわ。
「ええわ。今はその話を聞かんとおくわ」
「雅子、ありがとう。ちょっと込み入っているんですよ」
「了解!ほな、神楽坂のうちの知ってる居酒屋に行きまひょ」
だけど、気になる。あんな可愛い子と別れるってどういうことなんだろう?気になるなあ。
気になる、気になる、気になる、気になる、気になる、気になるぅ!
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第5話 彼女はぼくから逃げ出したんです
20世紀のいつか、雅子大学3、明彦大学2、良子大学1
私が明彦を連れて行ったのは、神楽坂を十分くらい登ったところにある、一見普通の居酒屋。私の部屋から徒歩5分。壁中に「ししゃも 250円」とかメニューがベタベタ貼ってあるようなところ。でも、かかっているBGMは、ジャズがメイン。「ここの店長がジャズ好きなのよ」と明彦にいう。私たちは、ちょうど空いていたので、掘りごたつ形式のテーブル席に向かい合って座った。
店員さんがお通しを持ってきて、私たちは適当にビールとか、おつまみを注文した。すぐ料理とビールが運ばれてきた。
「じゃあ、私の大好きな明彦に乾杯」
「ぼくもぼくの大好きな雅子に乾杯」
グラスを合わせた。
「ねえ、今の私の気持ち、わかる?」と明彦に聞いた。ずるい私は上目遣いしている。これ、万里子みたいじゃない?
「ハイ?どういう気持ちですか?」
「あのね、もう口から『気になる、気になる、気になる、気になる、気になる、気になるぅ!』という言葉が溢れ出そうなの」
「何がそんなに気になるの?」
「明彦は『今年の2月に別れちゃったんですよ。その話は・・・その内話します』って真面目な顔で言った。立ち入って聞いて良いような感じじゃあなかった。でも、気になる。だって、明彦は覚えていないかもしれないけど、私、去年、あなたとあなたの彼女を見ているの。去年の合格発表の日。私が学科の履修科目の提出で大学に行った時。バレンタインデーだったから覚えている。2月14日。スケッチブックを抱えていて、男の子と女の子のカップルとすれ違った。その男の子が手袋を落とした。手袋を私は拾って彼に渡した。それがあなただった」
「手袋を拾ってくれた女性は、黒とオレンジの定番マルマンのスケッチブックを胸に抱えていた。Masako Komori とオレンジの部分に黒のマジックで書いてあった。美術部なのかな?とその男の子は思った。拾ってくれた女性に『ありがとうございます』と言って手袋を受け取った。女性は『どういたしまして。もう、落とさないでね』と言って頭の上で手をヒラヒラさせて行ってしまった、そういうことでしたね?」
「え?なぁ~んだ。私のこと、覚えていてくれたんだ?」
「ええ、スケッチブックがポイントでした。理系の大学でスケッチブックを抱えているなんて、建築科か美術部関係かなって。だから、一瞬だったけど『Masako Komori』というサインが目についたんです。ぼくの彼女が『明彦の好みの女の子は見ちゃダメ!あの人、好みでしょ!髪型も雰囲気も私に似てたわ!ムカつく!』って言ったので、ますます記憶に残ってしまったようです。手の甲をすごくつねられて、『入学して彼女を見たら35メートル以内に近づいちゃダメ!』って言われました。それが今年の4月に美術部に行くと、その35メートル接近厳禁の女性が部室にいるじゃないですか。驚きましたけど、雅子がぼくのことを覚えていないようなので、その話はしなかったんです」
「ふ~ん。私が明彦の好みなんだ。あの子、顔、姿格好が私に似てる。彼女、私と同じショートボブで、白のとっくりセーターに黒のミニ、黒のタイツ、ネイビーブルーのダッフルコート着ていた」
「よく覚えているなあ。でも、雅子はあの時、髪は染めてなかったですよね?」
「髪を染めるのは不良!なんて古風なことを思ってたけど、彼女を見たら、あら?軽く茶髪にするのもありじゃない?と思って、その後、この色になったの」
「そんなことがあるんですね。髪を染める雅子の動機が彼女だったなんて、不思議な縁だ。え~、その女の子が別れた彼女です。名前は仲里美姫、美しい姫と書きます。彼女が『私のことはヒメと呼んで』というのでヒメと呼んでました。高校の同期の友人の妹で、ヒメが小学校6年生、ぼくが中学校1年生からの付き合いで、合格発表の時は、彼女は高校2年生でした」
「あんな可愛い子と別れちゃったんだ」
「ねえ、雅子、ヒメと雅子は顔と姿形が似てる。雅子が『あんな可愛い子』というと、雅子が自分をあんな可愛い子と言っているようなものですよ」
「・・・自画自賛?」
「ただ、雅子とヒメは外見は似てますが、性格、考え方はまったく違います」
「へぇ~、どこが違うの?」
「雅子は他人に依存するのが好きじゃない。男性に依存するのはまったく好きじゃない。ヒメは、自立を嫌って、ぼくに依存してました。その点が違います」
「あら、私のこと観察していてくれたのね?依存かぁ、私、それはダメだな。美術部の吉田万里子にはなれないわね」
「ああ、一時期、内藤さんと彼女は付き合ってましたね。あれはベタベタでした。でも、ヒメは万里子みたいなぶりっ子じゃないくて、性格は雅子みたいにハッキリしているけど、ワガママでツンツンしているくせにぼくに依存してたんです。別れたって言いましたが、正確にはぼくから彼女は逃げ出したんです」
「え?どういうこと?」
「長い話になるので、端折りますが。ぼくは親に無理を言って、実家から大学に通える距離なのに一人暮らしをしてます。部屋代と光熱費は自分でと思って、1年次はバイトばかり。ホテルのバーで早朝までとか。週3、4日。カメラマンのスタジオで助手のバイト、絵のアトリエで子供に絵を教える。それで、彼女にアパートの鍵を渡して、ぼくが忙しくない時は泊まっていいよって、彼女の両親の承諾も得て半同棲みたいにしてました」
「彼女、去年は高校3年生でしょ?親もよく許すわね?」
「勉強が嫌いで、ワガママで依存的だから、彼女の両親はぼくをちょうどいいお目付け役兼家庭教師と思ったんじゃないですか。放っておくとどこかに飛んでいってしまうみたいな子ですから」
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第6話 彼女、試験を全部すっぽかしたんです
20世紀のいつか、雅子大学3、明彦大学2、良子大学1
「でも、明彦は、その美姫ちゃん、ヒメを今でも好きなんでしょ?」
「小学校の頃から6年間ですからね。妹みたいだったし、ワガママには慣れてました。彼女の最初の相手はぼくでした」
「なるほど。それで?」
「最初は調子がよかったんです。それがだんだん、ぼくのバイトが忙しくなって、週末も暇じゃない時が増えていって。深夜に帰るとヒメがポツンと部屋で待ってることもありました。かまってやれなくなった。一緒の時も、受験生なんだからって勉強を教えようとすると、まとわりついて、彼女はセックスに逃げたり」
「彼女、今は大学生なの?浪人してたりして?」
「いいえ、いくつかの大学の願書は出したんですけど、試験を全部すっぽかしたんです。それでいろいろありまして。ぼくの部屋には彼女の荷物がそのままです」
「えええ?」
「雅子、さっきね、思わずあなたに付き合っちゃいませんか?って言いましたが、ぼくはこんな状況なので、ああいったのを後悔してます。撤回します」
これってどういう状況?好きな男の子に告白されて、付き合い始めようとしたら、前の彼女とゴタゴタがあって、その彼女の荷物はまだ彼の部屋にある。彼女が戻ってきたらどうなるの?彼は彼女の元に戻る?ええい!面倒!
「撤回することを撤回して。いいわよ、キミの言うそういう状況であっても、私と付き合って。彼女は私よりも1年ちょっと下なのかな。年子の妹みたいなものね。その妹と男を取り合うバトル?いいじゃない?受けて立つわ!」
「雅子、おかしなことを言わないで」
「まあ、いいからいいから。私、キミが好きなの。合格発表で偶然会ってから時々キミとヒメを思い出してたんだ。なぜかは知らないけど、気になった。だから、お試しでもいい。私と付き合いなさい!明彦」
「わかりました。でも、内藤さんみたいに複数の女の子と付き合えるほどぼくは器用じゃない。一人を選ばなければいけない場合もあるでしょう」
「内藤くんと吉田万里子みたいな関係はイヤ。ああいうベタベタして、セックスを人質にしているみたいな付き合いはイヤだよ。付き合いだして、俺の女、私の男みたいな所有感を持つのもイヤ。彼氏彼女に見せつけるように浮気するのもイヤだ。明彦、キミとはそうはならないと思う。だから、撤回しないでね。もっと私を知ってほしい。それから、ヒメのことをもっと知りたい。聞かせて」
「雅子がぼくをお試ししてください。ダメだ、こりゃあと思ったら引導を渡して欲しい。ヒメの話は・・・詳しく話していると朝になっちゃいますよ。そういう他人の男女の話、聞くのイヤでしょ?」
「何言ってんの。関西女は、大阪のおばちゃん、他人のゴシップ、噂、大好きなのよ。あれ?万里子も大阪じゃない?明彦、一つ条件があります!」
「条件?なんですか?」
「吉田万里子には近づかないで!彼女に近づいたら、即刻別れます!」
「だけど、彼女と学科がかなり被ってるんですけど?」
「それは許す。私に内緒では許さない!」
「雅子には全部話しますよ。ぼくは隠し事やウソがつけるほど器用じゃない」
「よし!契約成立!じゃあ、ヒメの話は、千夜一夜物語のシェヘラザードみたいに寝物語で朝まで話して頂戴。あれ?あの王様が生娘の首をちょん切る動機が、奴隷と不貞した奥さんのせいだったわね。じゃ、ヒメの話は一時おしまい。私たちの話、しない?」
「雅子は変わってるね?」
「そうかしら?」
しばらく、プラド美術館やスペインの話をした。マドリードまでいくらかかるのかな?直行便はでてるのかしら?少なくともニ十万円くらい必要かな?ユースホステルなんて泊まりたくないわね。ちゃんとしたホテルに泊まりたい、なんて。
ねえねえ、一緒の部屋しか空いていなかったら明彦はどうする?ツインですか?違うわよ、クイーンサイズのダブルよ。ええ?ベッドの両脇に離れて寝ます。え?襲ってくれないの?ええ?雅子、ぼくに襲われたいの?そういうシチュエーションだったら襲われてもいいかな?仕方ないでしょ?ちょっと、雅子、シチュエーションだから仕方ないの?そうそう、明彦だったら仕方ないわね。雅子、そういうのってぼくはできませんよ。あら?男の子なのに据え膳食べないの?私、美味しくないのかしらね?いやいや、十分美味しそうですけど?じゃあ、食べちゃえば、私を?明彦だったら、喜んで食べられてあげるけどね。雅子、ぼくをからかってません?あら、私、かなり本気よ。
こういうじゃれ合いっていいなあ、と思った。
私は、ボートネックの橙色のサマーニットのプルオーバーに白のピッチリしたミニスカート姿。素足。長袖を肘のちょっと下までまくりあげる。襟ぐりの広い服から濃紺のブラのストラップが見える。サイズが大きいので、時々ずり下がってくるのを直す。私の鎖骨の下くらいまで見えてしまう。明彦もチラチラ見てる。ヤバい!万里子みたいだ!
掘りごたつの下で、つま先で彼の脚を踏んでみた。お尻を前の方にずらしたので、脚が彼の脚と交差するようになった。彼の脚を挟み付けてやった。脚が熱い。
「雅子、脚を絡めてきてるんですけど?」
「あら、私に脚を絡められるの、好かんの?明彦は?」
「い、いいえ、雅子に絡められるのだったら嫌じゃない。好きです」
「うわぁ~、うちがゾクゾクしてまう」脚をさらに締め付けてやる。
「雅子の脚の体温が伝わってくるんですよ」
「我慢できない?」とテーブル越しに顔を寄せて、小声で「勃ってまう?あそこが固なってまうの?」と囁く。
「雅子、すごいこと聞きますね?ハイ、正直いってそうです」
「うち、正直な男の子って好きやで」
「あ!でも、雅子、もう十二時過ぎ、総武線の終電の時間です。残念ながら。飯田橋の駅まで走らないと」
「連れないこと言わへんの。うちのマンション、すぐ近うやさかい。ウチで飲み直そ。帰らんといて、泊まっていったらええのに。それとも外泊なんかしたら誰かに怒られる?」
「そんなことありませんよ。千駄ヶ谷のアパートに帰って寝るだけ」
「ほな、ウチに泊まってく?」
「でも、雅子、それって・・・」
「けったいなこと想像してん?エッチなこと?そやけどなぁ、その通り。キミが想像してる通りのことうちも想像してんねん。もう、付き合うてもうているんやさかい、ええんやろう?キミの想像通りのことだってしても構わへん。うちは高校二年の夏、敦賀に海水浴に行って、処女すてたん。そやさかい、気にすることもあらへん。明彦もヒメと経験してる。お互い経験してるんやさかい、問題あらへんわ。うちも付き合うてる彼氏はいないんだから。一人ボッチ同士、丁度ええんちゃう?」
我ながら積極的だ。思いつきだけど、付き合う最初の日に女である自分の部屋に男を誘う私って!知り合って二ヶ月半とはいえ、今日まで付き合ったわけでもない。いいんだろうか?いいんじゃないの?
ただ単に泊まるだけってわけでもないわよ。今晩は私、吉田万里子的な行動にする!これで、明彦と私が体を通じて、彼氏と彼女の関係になっちゃってもかまへんやろ?・・・我ながらすごい!
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