第21話 ありがとう
翌日の昼休みに、香川さんを通じて井龍をまねきねこ公園に呼び出した。しばらく家を出ないと宣っていたのに、どうやら幼なじみの頼みは断れないらしい。
スウェットで来るかと思いきや、気合の入ったセットアップで。制服に身を包んだ僕とヨアちゃまの顔を見咎めるなり、お前らか……と、ひどく不機嫌そうな顔をした。もっとも、用があるなら聞いてやるとでも言いたげな様子でもあったが。
終始、下を向く香川さんの表情から何かを察したのだろう。
(おまえみたいな、勘の良いイケメンは嫌いだよ)
そう胸中で嘯きながら、僕が代表して此度の『赤い女』事件の全容を語り聞かせた。
「まとめると『赤い女』なんていなかった――とまあ、そんなわけだ」
「そうか。桂華が」
「えーっと、それで。その、えー」
「迷惑かけたな、小金。よあきも。悪い……全部、俺の責任だ」
「?」
僕は分度器の半分くらい、首を大きく傾げた。
井龍がいきなり九十度近く頭を下げるものだから、こいつは本当に僕の話を聞いていたのかと、半ば疑心暗鬼になる。
幼なじみの責任は全部自分の責任ですってか。随分と立派な心構えだ。もしこの世にそんな聖人君子がいるとしたら、顔を拝んでやりたいね。目の前にいるこいつが、まさにそうだった。
「なあ、井龍。おまえアホなのか?」
「黙れバカ。……俺は、桂華に恨まれて当然なんだよ」
「ケイちゃんに、ご指名が入りました~♡」
「そんな、お客さんは僕じゃ不満ですか?」
上目遣いをしてみる。
「いいから下がれ。お前らのコントに俺を巻き込むな」
「うしし。マーくん、フラれてやがんのー」
「なんのなんの、ヘルプとしては上出来さ」
選手交代。香川桂華イン。木天寥小金アウト。
僕はヨアちゃまと肩を並べ、ベンチから観戦でもするかのように事の成り行きを見守る。顔を俯け、二歩前に出た香川さんを見つめる井龍の目は、優しさに満ちていた。
「ごめん……ごめんね、翔馬。…………私、翔馬の、こと」
「勘違いすんな、桂華。お前を傷つけたのは俺なんだよ」
「なあ、ヨアちゃま。井龍のやつ、なんかおかしなこと言ってないか?」
「しー。いまイイとこなんだから静かにしろし」
いいとこって……告白を見守ってるわけでもあるまいし。
「傷つけて、追い込んだ。勝手にフッておいて、お前に甘えた。あの時は、そのほうが居心地がよかったんだ。お前に恨まれて当然だ」
「違う……居心地がよかったのは、私……恨んで、なんか、ない」
「そうなのか?」
「だって……好きなんだもん、なのに、翔馬のトラウマにつけこんで……傷つけ、て」
「ああ。待った待った。そういうことか」
井龍はガシガシと頭をかく。
「てめえ小金、端折りすぎだろ、このバカが!」
「余計なことは言わないって約束だったんだよ、このボケ!」
ひとしきり睨み合うと、井龍はふわぁぁぁと気の抜けた嘆息をこぼし。
「……あのなぁ、桂華。お前は、あの女とは違うんだ。お前が自分を追い詰めて、追い詰めて、色々やらかしちまったなら、もうそりゃ仕方ねえよ。惚れた女が、本気で振り向かそうとしてくれた。目ぇ覚まそうとしてくれた。そこのバカが『綺麗ごと』だなんだと抜かしやがっても、こいつは俺がどう思うかの問題なんだ」
アホう。僕だって、そこまで野暮じゃないやい。
「……ほ、惚れて、え? でも」
「だよな、理由もなくフッたら……そう思うよな」
井龍はぽりぽりと頬をかく。
「あん時……別れを切り出したのは、その、あれだ。……歩行田って女に、もしお前が狙われでもしたらと思うと、夜も眠れなくてよ。ずっと惚れてんだぜ。俺も」
やっぱり、井龍はいいやつで、ただのいいやつだった。
てか、チョットマッタ。あいつ今サラっと告白しなかったか?
「ああ、くそ。バカか、俺は!」
「……しょ、翔馬?」
「ああ。おまえは大馬鹿野郎だ」
「うんむ。ウルトラバカですな」
「うるせえ外野! 黙ってろ! だってよそんな資格なんてねえだろ……俺に! 自分の都合でフッといて、幼なじみに甘えるだけ甘えて、より戻そうなんて……、ああくそ」
自問自答する井龍をよそに、ヨアちゃまがちょいちょいと袖を引っ張ってくる。
察し。
「そんじゃ、あたしとマーくんはお先に。後のことは、二人でごゆっくり。ぐしし」
「やれやれ。謝罪の場をラブコメ会場に変えやがって。おまえはラノベの主人公か」
そんな捨て台詞とともに、二人して立ち去ろうとすると、
「小金、よあき」
井龍が僕たちを呼び止めた。
香川さんの背中にさらっと手を添え、二人して頭を下げてくる。
「すまん、迷惑かけた! 恩に着る!」
「木天寥君……その、ごめんなさい。私……」
「謝罪はいらない。お礼ならヨアちゃまに。そして、どうかお幸せに」
「ギャル語に翻訳すっと『翔馬とケイちゃんしか勝たん』だってよw」
言ってない。とは、言えなかった。これがヨアちゃまの見据えていた未来だとすれば、脇役の僕が水を差すのは野暮なようが気がしたから。
「はぁ。なんだか空回りした気分だ……。よくよく思えば、個々の関係値があるんだもんな。何もしなくても、あの二人はくっついてたんじゃないかとさえ思えてくるよ」
「ちちち。好きなヒトを騙して得たカンケーよか、ケイちゃん自身が自分のことを嫌いにならないカンケーのほうが絶対ハッピーセットだから」
「ふむ。そういう意味では、今回のは空回りじゃなく遠回りだったのかな」
「そそそ。急がば回れ的な。マーくんは、その歯車なりよ」
「……人が気にしていることを、ずけずけと」
「つかさ、あの二人が結婚したら、都市伝説立証じゃね?」
「ん? あぁ。そうだな」
招き猫像の前でイイ感じになったカップルは末永く結ばれる。
嘘か誠かはさておき、どうか末代まで、お幸せに。
「諧謔、諧謔」
「かいぎゃく? なにそれ? かいじゃりすいぎょ?」
「洒落だよ。特に意味はない」
(――でも、無意味でもない)
意味がないように思えることにも確かに価値はある。ヨアちゃまと一緒にいる時だけ、僕の『日常』は、ほんの少しだけ『非日常』になる。ただそれだけのことが、こんなにもおもしろおかしく楽しいなんて。
――春休みまでの僕は、知らなかったんだ。心から礼を言う。
本来『有り』もしなかったこの感情を添えて、
〆 都市伝説レポート⑥ 赤い女
赤い女なんていなかった。
あの時、ヨアちゃまに、赤いワンピースを着た女を見た――と、言い淀んだこの口を今回ほど褒めてやりたいと思った日はない。さて、この噺を、ハッピーエンドで締め括る前に、もう少しだけお付き合いいただければ幸いだ。
なにせ、僕にはまだ、『
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