第6話




 瞳を開く。



【四大天使】の手により【召喚呪法】を施された者たちは、彼らの魔力を注ぎ込まれ、その供給を受ける形で存在出来ている。

 魔力を糧に生きるという概念がなかなか理解しがたいところだが、言葉で表現するならばそれは光の中にいるという表現が一番近い。


 ウリエルの側を遠く離れると、やがて闇が近づいて来る。

 この闇に完全に包み込まれれば意識も失い、魂が消滅して完全なる死が訪れるのだ。



 リュティスは光の中に目覚めた。


 天界セフィラに存在する魔術師たちは、生きる事にも個体差がかなりあるようだった。

 眠りをほとんど必要としない者もいれば、食事を必要としない者もいる。

 精神的に満たされることが何よりも重要なので、実際には何の肉にもならないのだが食事を生前のように必要とする者もいる。


【天界セフィラ】を統治する、

 熾天使してんしの居城【天宮】である。


 巨大な城で、敷地は広大だったが強力な結界で入れないよう封じ込まれた領域もある。


【天界セフィラ】は異界に位置する。

【エデン天災】で千年に一度開いた、【次元の狭間】。

 あの内側と同じ位階だ。


 ある時地上の魔術師がこの特異な場所を手に入れ、

 魔力に満ちたこの世界に、魔術師達の楽園を作った。

 ここは時間の干渉をほぼ受けないため、

 何百年もの時を老いずに、魔術研究に費やすことが出来る。

 

 当然、こんな場所があることすら【エデン】の人間は気づいていない。

 地上を襲ったあの災厄でさえ、ここにいる魔術師達には関りが無かった。

【次元の狭間】の活動や出現含め、

 この地に導かれた魔術師達は、魔術研究に時を費やす。


 この楽園の維持が、大いなる使命だという。



 リュティスは【天宮】を出て、北にあるウリエルの居城へと向かった。

 聖堂で、ウリエルが一時的に眠りについている。

 通常【四大天使】は一人が目覚めている時は他の三人は封印され、同時に複数が目覚めていることは無い。

 しかし最近頻繁にウリエルがこうして短時間眠りにつくことがあり、

【天宮】の魔術師たちも、異変は感じ取っているようだ。


 なにか、天界セフィラに異変が起きる前触れなのではないかとも言われている。


聖堂にやって来て、祭壇で眠っているウリエルを一瞬睨むように見上げたが、

 リュティスは側の机に並べられているものへと目を向けた。


【黒薔薇の館】から持ち帰ったものだ。


 埃をかぶったり酷く錆びついていたりしたが、

 今は綺麗に処置をされ、保管されている。

 ウリエルが目覚めたら【召喚呪法】を行使するのだろう。


 地上の精霊の異変は鎮まり始めているらしく、

 

 じきに【召喚呪法】は使えなくなるはずだ。

 地上からの魔術師の補填は出来なくなり、

 また【次元の狭間】が開くいつかの時を待つのだという。


 ここの魔術師達はそうして、閉ざされた空間の中で、

 時の劣化を受けることもなく限られた人数で活動を続けている。



 一本の、杖があった。



 見覚えは全くない。

 しかしリュティスはその杖を手に取ってみた。


 その途端、彼は強く眉を寄せた。

 今まで綺麗に忘れ去っていた何かを、突然思い出しそうな気がしたのだ。


 微かに感じた、魔力の波動。


 少し奇妙な感覚がした。


 それがあの【黒薔薇の館】全体を包み込んでいた、強力な闇の魔力の残照なのかはよく分からないが、リュティスにとってそれは好ましい類いの波動ではなかった。



(……あれは確か……)



 遠い、遠い昔のこと。


 必要無いと切り捨てた記憶は瞬く間に朽ち果てていった。


 こちらを無遠慮に見上げて来る翡翠の瞳を見下ろした時、リュティスはその波動を感じた。

 その人間との間に生むであろう不穏な未来を予見させるような、

 見通せない、深い影のような気配を。



『……魔相の出てる子供だな』



 その時衝撃も感動も何もなく、リュティスはただそう思っただけだった。





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