ソアの国

第41話 バンリの名前

 ジュドーの母の手記で使える闇魔法がかなり増えた。何より日本へのゲートを開けるようになったのはありがたい。その後、深夜のセルフレジでこそっと猫のミクが買い物をすることにも成功したが大量には難しいので、たくさん買うときにはまた妹さんに頼まないといけないだろう。しかし日本でいま労働が出来ない以上、使えるお金には限度があるので基本的にはこちらの世界で食べ物を調達しないといけない。



 船旅はそうやって持ち込んだ物のおかげで快適なものになった。ゲートを開いてミクの部屋のテレビをみんなでベッドの上でごろごろと眺めることもできた。これが噂に聞く演劇などを見られる箱……!とホークも大喜びだったがゲートの向こうの日本語は基本的には通じていない。ローマの休日などは横から説明をしつつ見せてあげた。子供向けアニメなどのゆるい内容のものは言葉が通じなくても楽しめるようで、ずっとN○Kを流していたこともあったのでみんな退屈せずに過ごせていた。私が寝落ちするとゲートは閉じるし、めったに疲労を感じない私だけどこれは妙に体が重くなるのでまる一日開くのは難しいだろう。なのにホークとジュドーがテレビや配信ドラマやアニメにハマってしまって退屈な船内の生活は一気に楽しい引きこもりになった。私は頑張ってミクの部屋にゲートを広げないといけないけど……。

 でも、長生きしてみるもんだなと思ったことのひとつは間違いなくテレビがあったこと。だからこうして見せることができて嬉しい。

 ゲートをもっと大きくできないか、何回も試してみたけどやはりどうやっても私の体は入らなさそう。頭は通るけどどうやっても肩で引っかかる。

 魔力が高くても操作の仕方などは鍛錬が必要なのもここに来てからよく分かってきた。


 ジュドーは風と水の魔法の素質がある。両親が日本人なだけあって魔力は高いし、才能がある。小さい頃からこそこそと、人に見つからないように練習はしていたらしい。かまいたちのような鋭利な風を吹かせることもできるし、強風で相手を転ばせたり、風の流れを操って紙や草などなら自分の方に引き寄せることも出来る。水も、海の水や雨を集めて丸い玉を作ってみたり、それを水鉄砲のように発射したりもできる。何より嬉しいのは暑い日にいい風を吹かせてくれる。船室の中でもそよ風が吹くし、水魔法は水の温度を下げて凍らせることもできるので一緒に使えばクーラーのようだった。

 そんなわけで私達は船内で二週間近く、クーラーの効いた部屋でミクの部屋にゲートをつなげてテレビを見てゴロゴロと過ごしていたのだった……。



「ねえ、あんたたち……怠惰を極めすぎだよ。みんな筋トレとかしよう?」

「うう、このドラマの続きが気になるんです……」

 ミクのかわいい猫の手にぱしぱしと叩かれながらホークはゲートの先のテレビを指差す。これはやばい、取り上げなければ……。

「……さっき、部屋に入ってパソコンで電気代見たら、不在のはずなのに結構やばかった」

「電気代、そういや電力会社のマイページにログインしたら毎日の分リアルタイムで確認できますもんね」

 ミクと私の会話に、ホークとジュドーは首を傾げる。そういや光熱費の概念がないなこの国。油代はかかるからそれが光熱費になるかな。


「んとね、日本のああいう便利なものは、電気っていうの使ってるんだ。部屋を明るくするのもボタンを押せばつくでしょ私の部屋。あれも電気。料理をするIHっていうコンロも、あれも電気。そしてなんと使っただけお金を請求されます。んで、水もタダじゃないの」

 ミクの説明に、ふたりは顔色を変える。

「電気……!?雷とかのことですか…!?」

「そう、そういうのを人間で作って、それを使ってテレビを見てる」

「水は……井戸は……!?」

「川から組み上げたものを浄水して各家庭につなげて蛇口をひねったら出てくる。日本は魔法で便利なものがあるわけじゃないの。人が働いてて、それにお金を払って明かりや水を使うことができるんだよ」

 ホークとジュドーは衝撃を受けていろんな質問を次々と投げかける。

「日本の貨幣は持っていませんが、お金払います……!俺の貯金で足りますか……!?金を換金できますか!?」

「ま、いいよ。テレビは1日2時間までなら許す!」

 ミクは猫の手を器用に使ってVサインのような形を作る。2時間……!とホークは繰り返す。ホークは特にテレビを見すぎていた。なんなら、日本語をやや覚えるようになっていた。子供向けの番組は小さい子に言葉を教えるものもあるので簡単なものなら聞き取れるようになったみたい。


「一応、通帳にお金入れてるからしばらくは大丈夫だし、時間守って見てくれたらいいから。あと、ご飯食べながらもみたら駄目。これは子供の頃から行儀悪いって言われてきたしご飯の食べ方が汚くなるからね」

 楽しくテレビを見ている様子に水を差さないようにと我慢していたらしいミクが、珍しく真面目に説教をし始めている。


 ホークとジュドーはしょんぼりしていたが、ミクがひとつ息を吐いてから二人の手をぽんぽんと肉球で叩いた。

「分かってくれたらいいよ!あと何日かでソアにつくんでしょ?甲板で筋トレとかしてきな!」

「はい!」

「はい!」

 二人はいい子に頷いて部屋を飛びだした。ほっとして私はゲートを閉じる。


「ま、テレビを6時間くらい毎日みてたけどめっちゃ高くなってるわけじゃないし、私もご飯食べながらテレビ見るけどね。これでだらだらしてる時間も減るかなと思ってさ」

 ミクはため息をつきベッドの上で背伸びをする。

「そうですね。ちょっと私も疲れてきたところでした。テレビは楽しいんですけど……」

 私の借りていた部屋もその後ゲートを開いて覗いて見たが通帳から家賃や光熱費が引き落とされていたので、いなくなったその日のままだった。しかしミクが「な、なんにもない、テレビと布団と……服も三着くらいしかない……」とショックを受けてからもう行ってない。いつでも夜逃げできるように物をそんなに持たないのでワンルームの部屋にテレビと冷蔵庫と布団と少ない服だけ。台所の引き出しに通帳とかを適当に入れている。昔からだいたいそんな感じで生きていた。

 通帳だけミクに取って来て貰って、中身も十分入ってることを確認してほっとする。一応、部屋は借りたままにしておこう。どうせ誰も訪ねては来ないだろうし。


「そういやさ、二人きりのときに聞こうと思ってたんだけど……。通帳に書いてある名前、バンリじゃないよね。八尾望って、だれ?一人で生きてたんでしょ?」

「はい、そうなんですが……これは……訳があって。私は、この人から形だけ家族にしてもらっていて……」

 ヤオノゾミ。二十年ほど前に会った、二十代の女性。生きていれば今は四十半ばだろうか。

「ふーん。なんか、言いたくないのかな?と思ってたけど、聞いていいこと?無理に言わなくてもいいよ」

「いえ、言わなければと思っていました。多分……サクラが言っていた、元聖女の、呪いを解いてソアで暮らしている女性はその人かも知れませんから」

「はぁ?」

 気遣って小声だったミクの声はおもしろいくらいに裏返った。


 



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