第36話 変なスパイ? 1
人通りが多い時間になって、やっと私達は宿屋を出ることにした。バンリは、準備をしつつ何か考え事をしているようでいつにも増して口数は少なくなっていた。
町の外に出ようとした時だった。ちょっと誰かの視線を感じる?とホークの肩の上に乗りながら辺りを見回すが、人がそこそこ多くて誰か分からない。バンリとホークも気がついているのかな?
外に出たところで、次の町や村に向かう人たちの流れの中に黒髪の女の子がいた。さっきのひとだな。そっとホークの耳元で「ねえ、後ろから来てる人……」と囁くと「気がついています」と小さく返事をされた。
つけられてる、と勘付かせないように普通のペースで歩き、どこかで撒くつもりなんだろうけど気配を遮断する魔法を使うには一旦姿を見られないところに隠れないといけない。急に目の前から消えたら不自然だし。
「次の街までどのくらいですか?」
バンリが隣にいるホークに尋ねる。この旅は、土地勘がない私達にはホークが頼りになってる。
「ええと、次は近い方ですね。一旦野宿をすれば翌日の昼にはつくと思います」
「なるほど……分かりました」
いつもだったら宿屋を出る前に話し合うのだが、今回はそんな余裕はなかった。
「次の街まで遠いのならどこかでペースを早めるか、落とすかであの後ろから来てる人の様子を見ましょう。明らかに私達をつけています」
バンリは後ろを見ずに言う。この度の道中で、何度も夜逃げをしたとバンリから聞いた。「私、夜逃げのプロなんですよ」と笑って話していたけど楽しいはずはないよね。どうやって追手を撒いていたのか聞いたら、まだ秘密です、とも言ってた。
数時間歩いたところで人は大分ばらけてしまって、見た感じはあの女の子はもういない。一休みしよう、とバンリに促されて座りやすそうな小岩にホークが腰掛けると、いなかったはずの人影がのろのろと現れた。
「あのお……もしかして、ナギの街に行かれますか?」
おどおどとして話しかけてきたその子は、やはり黒髪で、見た感じ日本からきた風だ。あんま私達と年は変わらない感じかな?私達はバンリも今髪の色を変えているけど、同郷の人なら顔立ちでなんとなくわかってしまう気もする。
「ええ、そうです。あなたも?」
バンリが短く答えると、その子は少しおどおどとしながら更に続ける。
「私もそこに向かってるんですけど、女ひとりでは不安なのでご一緒させていただけませんか?」
「……最初からおひとりだったんですか?」
バンリが無表情に返すと、その人は慌てて首を振る。
「いえ、王都の祭りに行ってたんですけど、わけあって途中で別行動になっちゃいましてぇ……」
女の子がひとりで旅してるのっておかしいもんね。普通はお金払って馬車とかに乗せてもらうもんじゃないのかな。明らかに様子がおかしいのでこちらも警戒してしまうのも仕方ないよね。
「私達、きっとペースが遅いので、行商の馬車とかが通るときにお声をかけられてみてはいかがですか?私達は猫を連れているので、馬車は断られたんです。あなた一人なら大丈夫でしょう」
冷たく聞こえて私はちょっと焦るけど、猫が喋るのはいけないと無言でホークの肩に乗ったまま様子を見る。お人好しのホークはちょっとおろおろしているこいつはそういうやつだよね……。
「あの、じゃあ、馬車が通るまでここで一緒に待っていてもいいんじゃないですか?」
ホークが甘いことを言う。しかしバンリも予測出来ていたのか、そうですね、と相槌を打つ。
港町に向かうこの旅路で、私達はいくつか約束をした。
人前では、お互いの名前を呼ばないこと。魔法を使わないこと。聞かれない限りこちらの情報は他人に何も言わないこと。
人前で呼ぶときの名前は予め決めてある。
「アイちゃんがそういうなら、仕方ないですね」
私が適当につけたホークの偽名をバンリが口にするので、思わず笑ってしまいそうになる。猫でよかった。人間だったら顔に出てるわこれ。
「はい、ありがとうございます、マリリンお姉様」
そしてこれも、私がバンリに適当につけた偽名だ。またもや笑いそうになったが私は猫のふりを上手にやり遂げた。バンリはマリリンという名前は合わない気がする。ちなみに私の名前はクロと言うことにした。
◇◇◇
「あっ、私はジュドーと言います」
ホークの横に腰掛けてその子は言う。日本の名前じゃないな……。偽名なのかな。
「ジュドーさんは次の街が最終の目的地なんですか?」
ホークがジュドーの目をのぞき込んで言う。一瞬目をそらし、ジュドーは言葉を探して「はい」と頷く。怪しい。
「ナギの街で働いています。本当は…王都で仕事も見つかるかなと思ったんですがうまく行かなくて」
「そうなんですか?王都は今の時期、いくらでも人手がほしい気もしますけど……」
ホークは小首を傾げる。確かに祭りの時期は忙しそうだししばらく滞在する人もいそう。秋や冬まで人手が欲しいかは分からないけど。
「あの、私あまり計算も得意じゃないし、読み書きも半端なので……」
「そうかあ……」
ホークは普通に相槌を打ってるけど、もしかしてこの子やっぱり日本人じゃないのかな?顔立ちはそういう感じなんだけどな〜。外見が変わる魔法もあるし、う〜ん。
大して盛り上がるような会話もなく、あたりさわりのない王との祭りの話などをしていれば、やっと馬車が遠くに見える。
ジュドーだけ乗せてくれるように交渉すると、快く引き受けてくれた。私達は猫が一緒なので、というと馬車を引いていた男は積み荷が食べ物だからなあ〜いたずらされたら困るからねと、苦笑していた。私けっこうおとなしい賢い猫なんですけど?と話しそうになったけどバンリの肩の上で理解できないふりをしておく。
ジュドーは分かりやすく名残惜しそうに私達の方チラチラ見ながら馬車に乗り込んでいった。明後日にはその街で会うだろうけど、何なんだろあの子。
「王都から私達を捕捉しにきたとしたら、演技が下手すぎて逆に怖いですねあのひと……」
見送りながらバンリが言う。
私達の不穏な予感は、程なくして当たるのだった。
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