第34話 ひとちがい

 何度かの野宿をしつつ、立ち寄る街や村の宿屋に空きが出ている時には遠慮なく泊まる事にした。お尋ね者になっている雰囲気もないではない。似顔絵の張り紙などがあるわけではないが、黒髪の女二人と金髪の男一人を探している、とちらりと聞いたことがある。私達は今は見た目は青髪の女(私)と黒猫(ミク)と金髪の少女(ホーク)なので、特徴も人数も当てはまらずどこでもスルーされている。何より、王都の祭りの後なのでいろんな一行が近くの村や街に立ち寄っている。多少のことでは目立つことはなかった。


 いくつかの道具屋や行商人から役に立ちそうな魔導具を買い、闇の皮袋にコレクションしていってるのでしばらくは何事にも困りそうにない。食料品も、もし数日山で遭難したとしても大丈夫なくらい袋の中に沢山詰めたし何よりこの中では時間が進まないのだ。私があれを取り出そう、と思ったものが基本的には手に触れるのも不思議だが、どんなに沢山物を入れてもすぐに探し当てられた。便利過ぎる……。問題は袋の口の小ささだ。どこかで似たような便利な袋はないか探してみたが、闇魔法の魔導具自体ほぼ売ってあることはない。15cmほどの入り口ではクッションや枕などは入りそうにない。


 サクラに持たされた金貨は確かに言っていたとおり十分過ぎるほどに入っていたが何があるか分からないので無駄遣いはしたくはなかったが、私が宿屋で働いていたいた時の給金とホークがごっそり持ってきていた貯金もそこそこあった。ホークは実家が大きな商家なので昔からお小遣いも貯めていたらしいが、お金の使い方が適当なところがあるので気をつけなければ……。ちょっと高い食事でも気軽に頼もうとするので、どこに行っても慎ましく生きていた私は多少焦ってしまうのだった。



「今日の街は宿屋の部屋が空いていました。猫も一緒でも大丈夫ですって!」

 うちの猫はトイレも人間と一緒のを使えます、賢いので、と言うと大体の街の人が笑うのだが実際に扉を開け閉めするところなどを見せると納得はしてくれる。もし爪痕や汚れなどを部屋に残せば弁償しますから、と言うと渋々泊めてはくれる。別に野宿でもいいのだが、あのテントがあるので。

 しかし、我々はお風呂に入りたい!


「やっぱり川で水浴びだと物足りないよね」

「ミクは猫なのにお湯は怖くないんですか?」

「別に」

 ミクと一緒に湯浴みに行くと、誰もいないのでこそこそと会話をする。夏なので川でも寒くはないのだが、無防備過ぎるので少し怖くもあるし、何より夏でもお湯で体を流したいと、昔から思っているところがある……。

 ミクも同意してくれたが、ホークは「俺は川でいいです……」ともじもじとして温泉などにも入りたがらなかった。女湯で人様の体を見てはいけないと思っているらしい。この宿のお風呂は小さいので誰かと居合わせることはない。使用中の札を掛ければ他の人は入っては来れない。ので、ホークもこの宿ではお風呂に後で入る予定だ。


 桶にお湯を入れてやるとミクは小さな体でそこに浸かり、生き返る〜!と中年の男性のような言い方で堪能する。私は基本的には疲労など殆ど感じはしないのだがこのぬくさが気持ちをリラックスさせてくれて好きなのだ。

「バンリも夏でも湯船に入る派?」

「ええ、もちろんです」

「わかる〜。夏でもあったかいお風呂に入りたいし、カレーも食べたい。そういやこの世界カレーないよね!?」

 確かにカレーは夏でも食べたい。けど、ない。

「あと、お好み焼きとかも食べたい。王都は日本から来た人が結構いたからか、和食に近いものはあったけど……ラーメンとかもないしなあ」

「ラーメン、いいですね。袋ラーメンとか好きでした。うどんのような麺類はこの世界にもありますけど……とんこつラーメンとか食べたいですねえ」

 うんうん、と桶の中でゆだりそうにしながらミクは頷く。猫の毛は濡れると体の細さがわかりやすくなり、こんなに小さかったのかと心配になる。

「そういや調味料入れとかも色々買ってみたんですが自分で作れるものは作ってもいいかもしれませんね。私は料理は得意ですよ。フライパンなら魔導具の袋に入らなくてもリュックに入れて持っていけますし」

「うんうん、つくろ〜!」

 猫も表情があるのだな、とよくわかる感じにミクはごきげんだ。闇の皮袋に調味料もたくさん入れているので、野宿するときに余裕があれば作ってみよう。



 私達と交代でお風呂に入ったホークはほかほかとして血色がよくなって部屋に帰ってきた。

「やっぱり川よりお風呂がいいでしょ〜!?」

 ミクが言うとホークは湯上がりの顔を頷かせる。お風呂は健康にいい……。ホークは隣のベッドに腰を下ろし、一息つくとさきほど買ってきていた飲み物を傾けた。

「お風呂気持ちよかったんですけど、夜は涼しくなったし、風邪ひかないようにしないといけませんね」

「確かに……。この国は秋は八月半ばには来る感じですか?」

 昔の日本と同じような感覚で、お盆がすぎればだんだん涼しくなって行くのかな?と思っているが正しい気温も分からない。

「日中は暑いんですけど確かに下旬には夜は寒いときもありますね。秋は9月上旬、冬は11月下旬くらいからって感じです。この国も広いので、港のある南方は王都より少しぬくいとは思います」

「ふんふん、日本とあまり変わらない感じかもね」

 毛皮を乾かしたミクがベッドの上でだらしなく寝そべりながら言う。夜の涼しやすさは助かる。昔の日本もそうだったんだけど、不老不死の私でも最近の夏はとてもつらかった。死にはしないとたかをくくってクーラーなしの部屋に住んでみたりもしたが死なないだけでつらさはある。拷問のような夏を過ごしてやはりクーラーのある部屋……と思い直したのだった。

「海を渡ったソアという国も暦の上では冬はありますが、雪などは降らないくらいですね。寒い日もあるとは思いますが」

 冬はあのテントで野宿は少し厳しいだろうか?もっと厚手の毛布を持ち歩ければいいのだが、闇の皮袋には丸めても分厚い毛布は難しそうだった。ミクの火魔法は暖を取るには熱すぎる。光魔法も暖かくはなるが、なにより魔力を消費し続けるので楽ではない。ミクも魔力が多いとはいえ無限ではない。私はいろんな闇魔法を練習してみたけど今のところは魔力が尽きることはなかった。魔力をを分けられたらいいのに。

「港町のルーメンまでは今の俺達のペースではあと一週間ほどでしょう。夏は嵐も来ることがありますし、船の出港は毎日はないはずなのでいつ渡れるかは分かりませんが、早めに着くといいですね」

 この世界にも台風のようなものがあるのかな?天気がいいといいのだけど。

 ホークの髪の毛を乾かすと、早めに明かりを消す。ホークは疲れを吐き出すように長く息を吐いた。日本では殆ど人と行動を共にしないので忘れがちだが、みんなは普通に疲れるのだ。私のペースで進みすぎないようにしたい。1日も早く、という目的ではないのだから。



◇◇◇


 野宿続きだったので久しぶりのふかふかのベッドは気持ちよかった。しかし私の枕元でミクは丸まって寝ているはずが姿がない。猫には夏は夜は涼しいといえども布団の中は暑いようだ。猫になって数日のミクは木登りなどもお得意で、目を離すとあちこちに忍者のようにいなくなって情報収集をしてくる。猫ならば確かに立ち聞きなどもしやすい。きっとまたお散歩してるんじゃないかな、と思えば器用にドアを開けて慌ててミクが入ってきた。


「バンリ、ホーク、起きて!窓の外を見て!あの黒髪の人、多分私かバンリと間違えられて捕まりそうになってる!どうしよう」

 ベッドから降りて窓の外を見てみると、遠目に見えるのは憲兵ふたりと黒髪の女性だ。腕を掴まれてどこかに連れ去られそうだ。もし私達と間違われているなら助けなければならないが、自分たちも危険に晒されることになる。私は遠いその人たちの姿を見ながら慌てずに闇魔法の詠唱をし始めた。

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