第22話 ホークのよろこび

 バンリさんは、初めて会った時から不思議なひとだった。黒く長い髪、瞳。絶世の美人、というわけではないのだが、ひとつひとつのパーツがとてもやわらかく幼さを残したまま、やっと成人の年齢くらいかな、という印象のひとだ。俺には、とてもきれいなひとだな、と思えた。

 宿の食堂に行けば目を合わせてはくれるが、基本的に俺には無表情で不愛想だ。だからと言って、冷たいわけではない。所作は雑ではないし、何事も丁寧で気遣いも出来る。宿屋の仕事以外の場所で迷子の小さいこどもに優しくしているところを見かけたことはあるが、あんなにいい笑顔を見せるものなのだと、胸がときめいたのだった。



 同時に宿に働きに来たミクさんとは真逆の印象だった。年齢はふたりとも、自分とあまり変わらない風なのだが、元気で勢いのあるミクさんとは違い、バンリさんは基本的に物静かで、用がなければ口を開かない。人と関わろうとしない。相手のことを何か尋ねたりもしない。興味がない、というわけではない、何かを恐れているのだ、と気が付いた時には、ほっとけなくなっていた。


 しかしそれも、どう考えても迷惑だったのだと過ごす時間が長くなるほどに反省するばかりなのだった……。



◇◇◇



 宿に部屋が空いてない、というので一緒の部屋を取らざるをえなかったが、変な喋る鴉がやって来たり、バンリさんがとても年上らしいことを聞かせられたり、俺のあまり賢くない頭ではついていけない事ばかり最近起きていたのに更に考えないといけないことが増えた。


(黒髪のひとたちって、みんなエルフ並みに長生きなんだろうか……)


 王都でたまに、魔力をあまり持たない黒髪のひとたちを見たことはあるが、何歳なのか聞いた事はない。どこからか王都にやってくる黒髪のひとたちは、まずこの国の出身ではなく、特別な魔法を使えないのであれば城に呼ばれることもない。あまりあの人たちは王都の人間に馴染んでいる風には見えていなかったが、バンリさんの言うようによその世界から来たのであれば、帰れずに王都に住まうしか選択肢がなかったのだろう。逆に、この世界からどこかに飛んで行ける、という話は聞いた事がなかった。では、バンリさんたちも元の世界に戻れはしないのだろうか。


「……あの」


 寝ようとランプを消すバンリさんに声をかけるが、そのまま炎はふっとなくなった。


「なんですか?」


 閉じた窓から差す細い月光では、バンリさんの顔は見えない、もっとも、表情が見えたところで何を考えているのかを理解するのはなかなか難しいのだが。


「答えにくかったら、何も言わなくていいんですけど……。あちらの世界に、ご家族は……」

「ああ、今は……いません。子孫だったら、まあ、いますけど」

 子孫!?何気にショッキングなことを聞いてしまった。まあ、長生きされているのだったら、そういうこともあるんだろう。

「だったら、その、やっぱり、あちらの世界に戻りたいですよね……」

 もっとショックな返事が来るのを予想しつつ追加で質問すると、バンリさんはベッドにもぐりこみつつ、ふふ、と小さく笑った。


「私は、この世界結構気に入っていますよ。ミクの大脱走に付き合った後は、ここでのんびり生きるところを探したいと思っています」


 今、許されるなら大声で万歳三唱をしたかったが多分怒られるので「本当ですか、嬉しいです!」と声を抑えめに言った。気にいっている存在の中ではきっと自分は小さいものなのかもしれないが、それでも、帰りたいと言わなかったバンリさんに安堵してその日はすとんと眠りについてしまった。




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