第16話 ひとりでいきるために

 この国に来たときは、春の初め頃だったはず。もう夏が近かったが、日本の夏程は暑くならないらしい。扇風機のようなものも恐らく必要ではない。一年はこの世界も十二ヶ月、毎月は三十日丁度だ。一日は二十四時間。時計とカレンダーを見て、元の世界と同じだな、と思っていればこの概念は大昔に黒髪の魔女が持って来たらしい。たまに、この世界は大きな魔力を持ってきた日本人が地球そっくりに作ってしまった場所なのでは、などと思うことがある。


 

 ミクが王都に向かってひと月が過ぎた頃、やっと手紙が一通届いた。この街から王都へは馬車で三日ほどかかる。天候にもよって前後はあるが。


『バンリもおかみさんたちも、みんな元気?私は元気だよ。王都では今のところ何も特にはやっていません。なんかたまに聖石にパワーを入れろみたいなこと言われてやってる。あとお勉強みたいなやつね。ご飯はおいしいです!また手紙書くね』


と実にラフな口調で文章が書いてある。手紙の下の方に、日本語で心配しないで大丈夫だよ、という走り書きと一緒にスマホの絵文字でよくみるような笑顔のマークも添えられている。


「この文字は読めないけどなんだい?あんたたちの国の言葉?」

「そうです。心配しないでって書いてあるだけです」

「ふーん、なるほどね」


 聖女には特別な魔法を使う人間が必要、というよりはその聖石に注ぐ魔力が求められているのだろう。しかし、ホークのくちぶりからすれば前の聖女は魔力が尽きて引退、というからには無くなるまで絞り取られるのだろうから恐ろしい。もし私が聖女として呼ばれていれば、この生命力を魔力に変えているはずなので永遠に聖女をやらなくてはいけないのではないか。



「そういやアンタ、こないだ火傷してたのもう治ったのかい?」

 数日前に鍋に腕を当ててしまって数センチ火傷を負ったのだが、ものの数分で完治してしまった。

「すぐに冷やしたので、あの時赤くなっただけで済んだみたいです。お騒がせしました」

「ならいいけど、気を付けなよ。せっかく綺麗な肌なんだからねえ」

 おかみさんの指摘にどきどきしながら、気を付けます、と頷く。夏場は特に気を付けなければ、手足を晒していることが多いので傷の治りの早さには勘づかれやすい。いつもひとところに留まるの長くて十年、短くて一年と言ったところなのだが、怪我などの治りの早さや目の前で事故に遭ったのにすぐに蘇ってしまう様子を見られればもうその街にはいられなかった。怪我をしても死にはしないので、つい雑に行動してしまいがちになっているが、急な引っ越しや夜逃げまがいのことは出来るだけ避けたい。戸籍がない私には、新しい住まいや職場は簡単に見つけられるものではなかった。


 幸い、この世界では戸籍や身分証、証明写真など必要がない。近代の日本ではマイナンバーのカードが必要な場面など、かなり生き辛くなっていた。ここではそちらの面では心配はない。案外日雇いの仕事だってある。




◇◇◇



 ミクがいなくなってから、やはり人手不足の問題が再上昇したこの宿には、長年働いている中年の女性がいた。腰を痛めやすいとのことなので、もしかして、と思い定時のあとにマッサージをしてみることにした。

「いやー、バンリさんにマッサージしてもらうと、調子がいいの。なんか揉んでもらったところがぽかぽかして、痛いのとかしびれが消えてて。もうほとんど完治してるんじゃないかしら」

 五十手前のメリーは、今日もマッサージのあとに気持ちよさそうに背伸びをして見せた。ぎっくり腰などは炎症のはずだから、私の治癒魔法は切り傷、擦り傷、炎症、毒、しびれには効果があるのでほんの少しづつ使ってみることにした。一気に治療すると驚かれるだろうから。色々と試してみたことがあるが、シミや皺などには効果がない。老化に伴う現象は回復しないらしい。古傷にも効果がない。そして病気にはまだ試したことはない。感染症にも効くのだろうか?いつか試してみたいが……。

「うちの旦那も腰が痛いって言ってるから、そのうちお願いしてもいいかしら?おやすみの日とかにうちにバンリが来れたらいいんだけど」

「はい、いいですよ」

 やった、と笑顔を見せてメリーは休憩用のベッドから降りる。


 メリーの家は宿の近くだ。もうお子さんふたりは自立して家にはいないらしい。息子は出稼ぎに王都に行っている。まだまだ働ける歳だから、とこの宿屋に半日ほど働きに来ているのだが、このところは腰を繰り返し痛めて休みがちだった。今ぎっくり腰の炎症を治したところで、筋肉が衰えていればその場しのぎになりそうなものだが、私の治癒能力のちょっとした実験も兼ねている。

 ほとんど死にかけていたラズの大きな怪我も治癒魔法で治せたので分かりやすくはあったが、他のどういう症状に効果があるのかはこの先のために知っておきたい。

 しかし、最初に山賊に襲われたときにも聖女という魔力の多い人間は何かに利用するために狙われることもあるのだが、決して目立ってはいけない。


 私は怪我は治るし年は取らないが、腕力もないし攻撃魔法は今のところ使えないのだから。






◇◇◇




 そう言えば、闇魔法は試したことはないな、と急に寝る前に思い立った。自然の何かに関する魔法、火や風にはまったく適正がなかった。治癒魔法は適正というよりこの無限の生命力を利用しているだけ、という感じもある。


 魔法の本に載っていた闇魔法で何が出来るのか、と改めて調べてみれば、時空や重力の操作、それと月の夜にだけ発動できる呪文などがあった。決して悪い魔王とかが使うものではないらしい。魔王はこの世界にいるのかはわからないけど……。


「そういえば、今日は月夜だ……」


そっと裏庭に出て、指先に小さく魔力を集めて初歩の詠唱を試す。


(下がれ)


 庭になっていた木の枝にイメージを送ると、そこだけ誰かが掴んで引っ張ったように、ポキっと音を立てて折れた。


「おお……」

指定したものに重さを与える魔法が使えた。闇魔法は適性があるっぽい。けど、戦闘に生かせるかどうかと言われたらあまり想像ができない。足止めくらいだろうか。ちなみに逆に軽くすることは難しい。闇魔法では重たくすることだけができる。

 後で時間を見つけて練習しよう。ひとりで旅に出た時に、戦う術がないのはこの世界では不便すぎる。


 もうひとつ、月夜だけ唱えられる闇魔法があるのを試したかった。ミクが私たちの部屋に置いていった黒猫のマスコットがあるのだが、それに動きを想像して詠唱すると、すっと立ち上がって歩き始めた。

 無機物の操作。これは便利かも、と思ったが例えば武器を持たせて戦わせるなどはできない。歩け、走れ、止まれ、以外いまのところは難しそうだった。



「こんなもんか。また今度練習を……」

 地面からマスコットを拾い上げようとしたときだ。背後に気配を感じて振り返った。

「バ、バンリさん……。今……?それ歩いていませんでした?」


 ホークがいた。

 私は今貯金いくらだっけ、明日にはどっか行かなきゃ、と思いながら気が遠くなりかけてしまったのだった。 







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