第14話 友達なんだしさ


 翌日の夜、夜はミクはどこからか借りてきた本をベッドで読んでいた。もう今日と明日は宿の仕事は手伝わない。明後日、迎えが来てミクは王都に向かう。

「なるほどねえ」

 独り言を言いながらミクは本をめくる。きっと、この熱心さとコミュニケーション能力で私よりもこの世界のことにはもう詳しいだろう。


「こわく、ないんですか」

 ミクが本を閉じたタイミングで尋ねると、ちら、とこちらを見やってまたベッドサイドに積んでいる本に手を伸ばす。

「怖くないってことはないけど、あの崖からチャレンジしたときが一番ドキドキしたよ」

「それはそうでしょう……」

「怖いけど、やるだけ。勇気を出してるとこなんだよ」

 ミクは正直にそう言う。二十歳そこそこの子が、単身見知らぬ世界に飛び込むのが怖くないはずがない。肉親を探し出すために頑張ろうとしているのだ。身内の存在など遥か昔に無くした私はもうその気持ちは思い出せない。誰とも深くかかわらずに事なかれ主義で縁を持たずに生きていたのだ。ミクのことが眩しく思える。

 しかし、いつの時代にもこうした勇気を持った眩しいひとたちは命を早く落としやすいのだ。


「いちおう、バンリには、感謝してるよ。言わなきゃと思ってたけど、あの日私を助けようとしてくれてありがとう。今の日本ってさあ、見てみぬふりって多いじゃん。赤の他人に声をかけてくれるの、すごいなって思ったよ」

「……いえ、私だって、普段はそうです。でも流石に、引き止めなきゃって」

 あの日、目的があってあそこにいたのだが、やはり命を捨てようとする人を放っておくことは出来なかった。 


「バンリって、頼られるの、いや?」

 いつも人を遠ざけようとする私の心を見透かすようにミクは問う。ぎくりと胸を跳ねさせながら、私はつばを飲み込む。

「正直に言えば、期待に応えられないかも、と思うと頼られるのは、苦手です」

「そりゃそっか」

 苦く笑ってミクは天井を見上げた。しばらく無言になったミクは何を考えているのか、よく分からなかったがこの子は短慮のふりをしていつも言葉を選んでいる。

「バンリは私のことが心配なんだよね。だったらさ、王都から月に一回、手紙を書くよ。ホークに昼間聞いたら検閲はされるけど出していいって。私たちはこの世界の文字読めるけど、ここの人たちは日本語読めないよね?だから、大事なことは日本語で書く」

 どう?とミクは提案をしてベッドに座り直す。私もミクにきちんと向き直り、深く頷いた。

「私もこの宿に一年はいないと思いますが、お手紙頂けたら確かに安心できます。私がいなくなるときはお手紙を出しますね」

「うんうん、そうしよう。おかみさんも心配そうだったしね」

 王都に着いた途端に、恐ろしい扱いを受けることはないと思いたい。聖女がいるという噂はもう広まっているのだから、いきなり体調を崩しただの、行方不明になっただの、そんな不穏なことにはならないだろう。

 ミクの提案に、少しほっとして私はどうやら知らずに笑ったようだった。ミクにも笑みがうつった。

「バンリはどっかでスローライフ目指してるんでしょ?どっかに家を買ったらそれも教えてね」

 友達なんだしさ、といつぶりかわからない関係をいつの間にか気づいてしまったことにミクのおかげでやっと私は気がつけた。




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