第7話 道中の襲撃

 早朝、ラズは大きな荷車に農作物をもりもりと積んでいた。私はヘラからお下がりの服などをひとつもらい、袋に詰めていた。この世界に来たときの服は薄手のパーカーとトレーナー、ジーンズ。ミクも似たようなものだった。この世界では少し目立つので、ヘラのお下がりはありがたい。黒髪が目立つのなら頭巾のようなものも欲しいが、街で買ってもいい。

 この先の路銀はどうしたものかと思っていたがラズの知り合いが宿で住み込みで働ける人間を探しているらしいのでそこを訪ねてみることにした。お金を貯めて南の大陸に渡る。港までもかなり遠いようなので暫くはそこに留まることになる。ミクにもお金は必要だが、二人とも雇ってもらえるのかは交渉してみなければ。


 結局、荷物をあれこれと持たされてしまった。大きめのリュックを担ぎ、お世話になったヘラ、マリナ、カーターに手を振り別れを告げる。

 ラズは荷車に積んだ作物を引きながら森の街道を進まねばならないので、荷車を私達も時折後ろから押してやりながらゆっくり進んでいく。

「いつもこんなに沢山売りに行ってるんですか?」

「いや、ふたりがちょっと押してくれるのを期待していつもより積んだよ」

 笑いながらラズは言う。私は肉体労働は慣れたものだったし歩くのも苦ではないが、現代っ子のミクは二時間程歩いたところでもう疲労を顔に浮かべていた。

「ミクさんは無理しないで大丈夫ですよ。私が頑張りますから」

 力こぶを作るポーズでそう言うと、ミクは遠慮なくこくこくと頷いた。

「少し休憩にしようか。やっぱり積みすぎたかな」

 ラズも苦笑して道の端の岩に腰を下ろす。マリナたちと同じ赤髪は汗を含んで重そうに下がる。小春日和の今日は、歩いていれば少し暑く感じた。

 ふと、荷車に目をやれば隅の方に長剣が乗せてある。それと何か黒い砲丸のような玉。

「魔導具だよ」

 私の視線が何を見ているのか分かったのか、ラズが言う。魔導具、魔法の本に書いてあった魔力を込めた使い切りのアイテムだ。

「物騒になってきたからね。山賊に会うこともある。安い魔導具だけど一時的な目潰しのための閃光弾や煙幕弾とか乗せてるんだ。まあ俺も剣術には少し覚えはあるけど人数が多ければどうなるかわからないからな」

「山賊に襲われたことあるんですか?」

「一度あるけど、街までは野菜を持っていくだけだからお金はまだ手元にないし、帰りは荷車は軽いから早足で帰る。前に遭遇したときは荷車を置いて魔導具で目くらまししてから走って帰ったよ」

「なるほど……」

 そうすると、今私たちは結構足手まといなのではないだろうか。若い女は人さらいが目的の輩から見ればいい獲物だろう。

 ミクは二十歳そこそこで、スタイルもいい。ショートボブの黒髪で、目鼻立ちもはっきりしていて美形の部類に入るだろう。私は肉体的には十八くらいで中肉中背。顔は普通。客観的に見てそうなのだとは長い人生を経て分かる……のだが、若い女というだけで人買いにはいい値がつけられるかもしれない。護身用の小刀を持たされたがこんなもので山賊に太刀打ちできるとは思えない。

 ただ、昼間はこの街道は人通りがないこともない。今日も村に向かう役人のような人たちとすれ違った。山賊は人の少ない夕方から夜に出やすいと聞いたので、この時間帯が比較的安全ではあるらしい。


「さて、行こうか」

 ラズが立ち上がり私とミクを見やる。ミクをは長く嘆息してやっと腰を上げた。私は無尽蔵に体力があるのでいくらでも歩ける。腕力があるわけではないのでそこは悲しいんだけど。


 この森は背の高い木はあまりなく、街道も広めで見通しがいい。周りに変な気配もないので早く街の近くまで行きたい。荷車を押しながら、いつの間にか太陽は大分上まで登っている。きっともうすぐだ。


 そう思ったときだった。


 急に周囲が霧に覆われたように真っ白になる。もしかしてこれが魔導具なのか、と周りを見渡してももう方角が分からない。いつの間にか手を伸ばしても荷車はない。複数人の足音が聞こえる。


「黒髪の女だそうだ」

「どっちだ」

「いたぞ!」


 低い声の会話が聞こえる。ラズの声ではない。いたぞ、というからにはミクが連れ去られそうになっている?


「ミクさん!ラズさん!」

 呼んでも二人とも返事はない。私は刃物で切られても死にはしない。盾になることはできるが反応がないということはもういない?それか口を塞がれている?気絶している?

 いろんな想像が頭を駆け巡っている間に、ドサ、と重たい音が数メートル先で聞こえた。そちらに何かある!おそるおそる踏み出して進めば、足元に何か当たった、真っ白な視界の中、地面の近くに手を伸ばしてやっと見えたのはラズが倒れている姿だった。

「ラズさん!」

 その体に触れて驚いたのは、血がすでに大量に出ていることだ。手のひらがぬかるんで、思わず震えた。

 少しマシになってきた視界の中、ラズに手をかざすと治癒魔法を唱えた。まだ生きてるから、効いて欲しい!燃えるように腕が熱くなり、ラズの体は光った。

「う……」

 僅かにうめいてラズは目を開けた。このまま倒れていてくれたらやつらには見逃してもらえそうだけどミクは!?立ち上がりまだ靄の中の周囲を見渡すが、ボン!と破裂音が聞こえ続けて男たちの叫び声がする。

 何かの熱源があちらにある。ミクが魔導具を使ったのかも知れない。ゆっくりと晴れていく視界の先に、逃げていく大柄の男たちと、立ち尽くすミクの姿が見えた。荒い息を整えながらミクはこちらを振り返る。

「あ、なんか……魔法の本に書いてあったやつ、練習したんだけど、私、火の魔法使えるみたい」

 少し焼けて縮れた前髪で、ミクは笑った。

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