第30話 ありふれた同事の物語

『同事(どうじ)』---他者と苦楽を共にするという意味の禅語。

これは同事の物語。


私は、うさきちと呼ばれていた。

白い毛皮に、ふわふわの綿がつまった小さな体。


みよちゃんがよちよち歩きをしていた頃から、ずっと一緒だった。


みよちゃんは、たくさんおしゃべりをしてくれた。


小学校で友達とケンカした日。

中学で初めて恋をした日。

高校生になって、進路のことで両親とぶつかった夜。


私は一言もしゃべれなかったけど、

うんうんと頷いて、ずっと聞いていた。


大人になったみよちゃんは家を出た。


私は窓辺に置かれたまま、静かに、ずっと待っていた。


長かったような、短かったような時間のあと、みよちゃんは帰ってきた。


「結婚するの。」


嬉しそうに笑う顔は、少し大人びていて、でも変わらなかった。


新しい家に引っ越すその日、私もそっと荷物に入れられた。


やがて、赤ちゃんが生まれた。


まだ小さなその手が、私をぎゅっと抱きしめる。

黄色にくすんだ私の体に、遠慮のない愛情が注がれる。


――バチン。


耳が取れた。


ああ、ここまでか。

捨てられてしまう。


私は箱に入れられ、知らない場所へ送られた。


箱が空けられると、優しい手が、私をそっと取り出した。


壊れたところを直してくれた。

白い毛皮がよみがえり、取れた耳も元どおりになった。


また、みよちゃんのもとへ帰ることができた。


私は声が出せない。


でも、みよちゃんが泣くときも、笑うときも、そばにいる。

みよちゃんが見てきた世界の喜びも、悲しみも、私は全部知っている。


それが、私の生き方。


これからも私は、黙って、でも確かに、そばにいる。

ふたたび、小さな手が私を抱きしめるその日まで。

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