都市伝説がすべて現実になった件

畔藤 

第1話 始まりの都市伝説


 消えた幻の大陸、世界を操る闇の組織、月に隠された真実。


 都市伝説、陰謀論、オカルト。

 人は怪しげな噂にまゆをひそめながらも、その魅惑みわくに逆らえない。

 やがて噂は伝説となり、怪談となり、昔話としてひとり歩きを始める。


 そして、ある日を境にそれらの“噂”は現実となっていた。


「う、寝ちゃってた? 今、何時だ?」


 バキバキと背骨を鳴らしながら、俺は時計を求めて目を上げる。

 デスクに散らばる書類、うさんくさい本が並ぶたな、セクシーなお姉さんのポスター……。


「ん? んんっ?」


 こんなポスター、貼った覚えがないぞ?

 まじまじとお姉さんの顔を見つめる。


「うわっ!?」


 ぎょろり。ポスターの目がまるで生きているように動いた!


「こら、百々ももっ! むやみに力を使っちゃダメだろう!」


 お姉さんの目がキョロキョロ泳ぐ。

 俺はドキドキする胸を押さえながらポスターに向き直った。


「のぞきは変態行為だぞ! 人の世で暮らす以上、そのルールには従わなくちゃ。いくら目で合図した方が早くても――」


 待てよ?


 気づけばポスターの目が情けなく垂れ下がっている。

 俺はしょんぼりしてしまった彼女の目にガムテープを貼って、事務所から外に出た。


「やっぱりそうか」

「……」

「おかえり、百々」


 そこに赤い和服を着た幼女が立っていた。


 おぞましさすら感じるつやのある黒髪。夕焼けに照らされるおかっぱ頭は、前髪だけが妙に長く両目を完全に隠している。


「お説教の続きだけどさぁ。到着の報告くらい言葉で伝えないとダメでしょ?」

「……ももはわるくない……」

「そうはいっても君の“目”はプライバシーを丸裸にする。百々だって、知らないうちにのぞかれるのは嫌だろう?」


 口をとがらせた目隠れ幼女はつまらなそうに小石をっている。


「まったく。次からは気をつけてね?」

「……もものこと、きらわない?」

「この俺が君たちを嫌いになれると思う?」

「っ! もも、すき!」

「ははは、この子は本当に調子がいいなぁ!」


「あのっ、こんにちは!」


 百々の頭をでつつ辺りを見回せば、キャリーケースの転がる音とんだ声が重なった。


「本日からお世話になるミア・ダートマンです! えっと、そちらの組織の方ですよね?」


 セミロングのブロンドに青い瞳が印象的な女の子だった。

 まだ幼さの残る顔つきは鼻筋がスッと通っていて、学校にいれば一気に話題をかっさらいそうな美少女。


 ずっと待ちわびていた期待の新人だ。


「ようこそ、日本へ! 俺はここの責任者をしている天中あまなか はじめ。これからよろしくね」

「……え。責任者っていうとまさか、組織のボス?」

「そうだけど、どうしたの?」

「じゃ、じゃあ、あなたがM2? うそ。あのマッドマスターの正体がこんなフツーのお兄さん!?」

「誰だよ、外国でその不名誉な呼び方を広めたやつは……」


 M2、マッドマスター。つまり、狂った主人。

 とんでもない風評被害だった。

 訪ねてきたメン・イン・ブラックを返り討ちにしたのも、接触してきたイルミナティに喧嘩を売ったのだって俺じゃない。


 イカれてんのはうちの構成員だよ!


「ふぅ。サッとだけど、君の経歴書には目を通してある。ちなみに俺は16才のミアちゃんよりずっと年上だからね?」

「し、失礼しました! ボス!」

「別にいいけどさ。しかし、ずいぶん日本語が上手いな」

「私、クオーターなんです。それで “こうなる前”は日本でも過ごしていた時期があって」

「へえ、そうなの? じゃ、この子の案内はいらなかったかな?」


 俺は腰にまとわりついているご機嫌な百々の頭に手を乗せた。


「い、いえ。この辺りの土地勘はなかったので助かりました。ええと、その方も“ここ”の人なんですか?」

「うん、君の先輩。ほら百々、キチンと挨拶したのかい?」


「……もも……。すきなものは、おにく……」


「やれやれ、ごめんね。この子はちょっと口ベタでさ」

「こ、こんな幼女に出迎えを任せるのはクレイジーだと思っていたけど、まさか本当に雇用しているとは……さすがM2」

「へ?」


 なんかミアちゃんの好感度微妙に下がってない?

 もしかして、百々が見た目通りのか弱い幼女だと思ってる?


「ご、誤解だって。一般人がたばでかかったところでこの子のエサにしかならない!」

「はい?」

「あ、最近はよく言いつけているから勝手には食べないよ」

「こ、この人は何を言ってるの……?」


 ミアちゃんが俺の正気を疑うような目をしていた。


「まさかドラッグキメてます?」

「んなわけないでしょ。ま、君みたいに普通の子が入ってくるのは素直に嬉しいよ。百々をはじめ、ここは非常に変わり者が多くてね」


「ふつう? 私に“いた噂”は――簡単に人を殺しますよ?」


「あはは、うちの子の多くは人じゃないから心配いらないさ」

「……は?」

「むしろ、まともな君の方がヤバいかもしれないなぁ」

「ホワッツ!?」


 この子、英国人のくせに末っ子オーラがすごい。リアクションが良くて表情がコロコロ変わるから揶揄からかいがいがある。


 いきなりウチの連中を紹介するのは刺激が強いかな?


「予定を変えて今日のうちに新人研修をやるか。アレを見た後なら多少の耐性もつくだろう」

「あのぅ、何かもの凄く不安なんですが」

「よし! そうと決まれば先に君の部屋から案内するよ。1階がオフィス、2階と3階が従業員寮になっていて――」


 俺は不安そうなミアちゃんを連れて、意気揚々と事務所に足を踏み入れた。



「表向きは留学生。ここは住まい兼アルバイト先としての扱いですか」


 荷物を部屋に移し、事務所でこれからの話をしている時だった。


「不満かい?」

「この……自由時間と休日という項目は?」

「文字通りの意味だよ。キチンと報酬は支払うから、買い物でも趣味でも好きに過ごせばいい」

『……UKでの扱いと違いすぎる。とても正気とは思えない……』


 決して悪い条件じゃないと思うけどなぁ。


 ボソボソ聞き取れない英語で呟くミアちゃんの顔はなぜか晴れない。

 

「私に憑く噂は故郷でトップクラスの知名度を誇ります」

「どうやらそのようだね」

「世界的な知名度はネス湖のものに劣りますが、クラシックな都市伝説の中では母国でトップクラスです」

「あぁ、そういやネッシーもイギリスだったっけ。本当にいるなら見てみたいなぁ」

「い、言ってる場合ですか! 私はその危険な噂を完全にコントロールできていないんですよ!?」

 

 しびれを切らしたようにミアちゃんが机を叩く。

 ツンと鼻にくる刺激臭と――微かな殺気。いつの間にか、部屋に卵が腐ったような匂いが漂っていた。


「私は……化け物です。こんな危険人物を自由にしていいはずがない……」


 そう言ってミアちゃんはグスっと鼻をすすった。よく見ると、その青い瞳には涙がにじんでいる。


「“噂憑うわさつき”。現実化した都市伝説が人や物に憑く現象か」

「……」

「たしかに普通じゃないけどさ。でも、これから一緒に動く俺たちもその道のプロ、もっと信用してほしいよ」


 大体ヤバいってつっても、ヨーロッパの島レベルだろ。世界には、もっとヤバいのがごまんといるんだぜ?


「とにかく! 俺はあくまで君を人として扱うから。多くの国や機関がそうするように君たちを拘束こうそくする気はない。“優秀な人材”として雇用し、正当な報酬となるべく快適な環境を提供するつもりだ」

「私、は」


「――なあ。そもそも君たちがどうしてそんな目にってるか、興味ない?」


「え?」

「俺は君のことを全部知っているわけじゃない。でも、この世界で何が起きているかは意外と詳しいよ?」


 ここからは自分の目で確かめるのがいいだろう。


「ついて来て。本日最後の研修を始めよう」


 立ち上がり、屋上へと続く階段を目指す。

 階段に足をかける前に首だけで振り返ると、慌てて後を追ってくるミアちゃんの姿が見えた。



「ミアちゃんはアポロ20号計画を知ってる?」


「アポロ? もしかしてステイツの月のミッション?」

「うん」

「あの……詳しくはないですけど、あれって17号で完了していましたよね」

「表向きはね。でも実際はそうじゃない。おおやけにできない隠された計画があったのさ」


 怪訝けげんそうなミアちゃんをよそに、コツコツ靴音を響かせながら階段を上っていく。


「月の裏側で彼らは奇妙なものを発見していた。全長約3.5キロの巨大な構造物だ」

「……ええと、それだと人が月に行く前からあったことになりません?」

辻褄つじつまがあわないだろう? だから、次は内部を調査という流れはごく自然な成り行きだと思わない?」

「それが……シークレットミッション?」

「そうだ。で、中に何がいたと思う?」

「な、何か見つけたんですか?」


「宇宙人がいた」


 閉ざされていた屋上への扉に手をかける。


「この世界がおかしくなったのはそいつを地球に連れてきたせいだよ」


 ドアのきしむ音、流れこむ冷たい空気。

 遠くの喧噪けんそうが風に乗り、都会の雑然とした街明かりが夜空を鈍く照らし出す。


「今夜は冷えるな」

「……ボスはジョークが下手ですね。いくら私が無知でも、とても信じられません」

「そっか。ところでミアちゃん」

「はい?」


「最後に君が月を確認したのはいつになる?」


 生き物は自分を害するものを自然と避けるようにできている。


「? いつってそんなのいつも、あれ……?」


 生存本能から一般人は目をらしてしまう。

 異常存在による大規模な認識障害――


「もう現実から目を逸らすな。噂憑きの君なら、あれの姿が見えるだろう?」


 俺は、本来夜を照らしているはずの月を見上げた。


「ひっ」


 夜空にそれはいた。


 月の表面からい出す白い巨人。

 肉眼で確認できる上半身は軽く月のサイズを超えている。異常なまでに滑らかな肌は光を反射し、不気味な無機質さを漂わせていた。

 顔のようなものはあるが、目も口もない、ただの平坦な白。その下半身は月と溶け合うように一体化し、まるで月そのものが肉体の一部であるかのようだ。


 その逆さづりのヒトガタが、星の重力に引かれるように、ゆっくりと、確実に地球へ向かって手を伸ばす。


 その腕は異様に細長く、関節が不気味にしなりながら、何もない空間で踊っていた。


 ――あれは落ちてくる。

 この星を、その巨大な手で掴み取ろうとしている!


「どうやら地球人が拉致らちした“同胞”を取り戻そうとしているらしい」

「……ぁ、ぁ……」


 直後、地鳴りのような怪音が空間にとどろく。


 オオオオォォォォッ――


 まるで、金属を無理やり擦り合わせたような不快な音色。


 都市伝説、アポカリプティックサウンド。


 ほぼ真空の宇宙から、やつが超常の手段で地球に放つメッセージ。


「このままじゃ世界が滅ぶ。だから俺は、普通じゃない力を持った者を世界中から集めているのさ」


 一刻も早く“彼女”を月に戻す方法を探さなきゃいけない。

 巨人の咆哮ほうこうが響く中、放心状態でへたり込んでいるミアちゃんに手を差し伸べた。


「君の力が必要だ」


 噂憑きだろうが、超能力者だろうが、化け物だろうが、こっちもなり振り構っていられない。


「頼む。俺を――世界を助けてほしい」

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