ウサギの存在感。
「これからどうするの?もう少し滞在するの?」
「いや、もう調査も終わったし、目的も果たした。だから今日中にはお暇するよ。」
「え?もう?俺なら気にしないしもっとゆっくりして行きなよ」
「ありがとう。僕もね、もう少し彗と過ごしてみたかったけど、そういうわけにもいかないよ。僕は調査報告しに帰らないとね。」
「そっか…残念…」
「彗…」
「え?」
「昨日…ちょっと言い過ぎたと思って…」
「あ、いや…。あんな風に誰かに言われたのは初めてだったけど、言われて良かったと思ってる」
「でもね彗…。ちゃんと優しいよ彗は。」
「え?」
「だってさ、初めて会った時、彗は僕の身体のこと心配してくれた。大丈夫なの?って。その後家に招いてくれて、お風呂にまで入れてくれて、湯上がりには喉が乾くだろうってお水も入れてくれた。それに、ふかふかの布団まで用意してくれた。」
「それは初めて見る生き物に興味が…」
「ふふっ。でもそれだけじゃないよね?お腹の減った僕に、適当に何か出すのではなく、僕が何が食べれるのか、何が好きそうなのか、どう料理するのがいいのか、一生懸命考えてくれた。厚かましくお餅を七個も要求したのに、ちゃんと焼いて出してくれた。」
「…なんか恥ずかしい…」
「調査の件もそうだよ。僕が覗き見してたことについて、怒りはしたけどキチンと事情を聞いてくれた。一方的に怒って怒鳴ってもいいくらいなのに。」
「それはだって、俺を心配してくれて…」
「うん、それはちゃんと事情を聞いてくれたから分かった事だよね?」
「…まぁそうだけど…」
「お祖母様の件はさ、確かに幼い彗にとって、とても傷ついたと思う。僕も時々…聞いているのが辛い程だった。」
「………。」
「けどね彗。お祖母様はきっと弱かったんだよ。君の母上を支えてくれるはずのお婿さんが亡くなり、母上は大変な苦労をした。お祖母様はそんな娘の…キミの母上の姿を見ているのが辛かったんだよ。そしてその上その娘…キミの母上まで亡くしてしまった。言いようのない悲しみや心痛、どこに持って行っていいかわからない怒りのような感情…それら全てを幼い彗にぶつける事で心の安定を測っていたんじゃないかと、僕は思う。」
「…つまり…八つ当たりの矛先だった…と?」
「単純に言えばそうなるかも知れない。彗…。キミはあの中で、誰よりも大人になる事を強要され、誰よりも大人でなければいけなかった。『子供らしさ』をどこかに置き去りにしてしまうほどに…」
「………。」
「彗が甘え下手なのも、頼っちゃいけないと思うのも、きっとそのことが強く心に刻まれてしまったせいだと…僕は思う。」
「…確かに…キミの言う通りかも知れない…」
「もっとさ、誰かに甘えて、頼って、もっとワガママになって、もっともっと弱いところをいっぱい見せて欲しいと、僕は思う。ひとりで…頑張らなくていいと…そう思う…。」
「やめろよまた泣いちゃう…」
「彗はね、優しいんだよ。ちゃんと誰かの心配が出来る。気遣いも出来る。人の悲しみを受け止める事も出来る。…僕の…自慢の友達だよ」
「せっかく……もうっ……何度も泣かせないでくれ…」
鼻水を豪快にかんでいる彗の頭を、スパイの真似事をしていたウサギ風宇宙人は、星を仕上げ磨きする時以上にふんわりと優しく撫でた。
「彗…彗はいい子だよ。僕はキミに会って、キミと話して、もっとずっと、キミが大好きになったよ。大丈夫。彗ならきっと、変われる。僕がビックリするくらい、友達もいっぱい出来るよ」
「…やめろよ…幼稚園児に言うみたいに言うな…。」
「だって僕にとっては彗は幼児と同じようなものだよ。僕が何歳だと思ってるの?」
「ふふっ…確かにな…。」
「彗…初めて笑ったね。」
「あ……」
「嬉しいよ。滞在中の一番の収穫だよ」
そう言って大人の余裕を見せつけながらウサギ風の元帥的なものはちょっと得意げに髭をひくひくさせた。それからふと気付いたかのように言い出した。
「…あ、そうだ。…そのね、集音器とカメラ…」
「あ、コレ?…もしよかったらさ、置いてってよ。」
「え?」
「いや、またさ、時々見たり聞いたりして、俺が大丈夫って思ってて欲しいんだ。それにさ、コレがあったらキミと会ってこうして話したってこと、忘れないから。」
「…そっか。…それでキミがいいなら…」
「うん。ありがとう。
ところでさ、キミはどうやって帰るの?」
「いや、それは知らない方がいい。」
「なんで?ひょっとしてロケット打ち上げに便乗して乗っていくとかユーフォ「あーっ!ストーップ!その言葉はそれ以上はキケンだっ!」
「なんでよ。ユーフォ「あーっ!だからっ!それはっ!しーーっ!」
「…とにかく…それに乗って帰るんだ…」
「あー…うん。ってかさっき、もうすぐそばまで来てるって連絡入ったから…」
「そっか…じゃあそろそろお別れなんだね…。また、キミに会いたいな。またいつか、戻ってくる?」
「…うん。戻って来るとしたら、次は五十年後か百年後になるかも知れないけどね。」
「…何だよそれじゃあ俺がもう爺さんになってからか。キミはさ…ってあれ?…ってか…、そういや俺、キミの名前…」
「…彗…。もし…僕に会いたくなったらさ。出雲に行ってみて。大きなお社があるだろう?あそこに僕と僕の仲間がいるから。ね?」
「…わかった。ねぇ、また…
ウサギ風の神の使役っぽい宇宙人らしき何かは、もういなくなっていた。
なんだよ。サヨナラとか握手とかないんかい…。
不意に何故だか少し、目の前の空間が広く見えた気がした。
突如現れて、そしてまた唐突に消えてしまった。
ただ数時間、一緒に過ごしただけのウサギに言い掛けて宙ぶらりんになった言葉の先の遣り処を失って、小さくため息が漏れた。
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