【第18話】『体が、勝手に動いていた』

男たちは、五人いた。

全員が武装している。剣を抜いた者、弓を構えた者、槍を構えた者。

その目には、獲物えものを追い詰めたハイエナのような光が宿やどっていた。


「見つけたぞ」


先頭の男が、下卑げひみを浮かべた。


獣人じゅうじん小娘こむすめだ。首飾りもしてやがる。間違いねえ」

「ガルド様に報告だ。手柄てがらは俺たちのもんだぜ」


男たちが、じりじりと距離を詰めてくる。

フィーナが、後ずさった。ルドがうなり声を上げ、フィーナをかばうように前に出る。


退け、化け物が!」


槍を持った男が、ルドに向かって突きを繰り出した。

ルドは身をひるがえしてかわしたが、男たちの包囲は着実にせばむ。


「大人しくしろ、小娘こむすめ抵抗ていこうしなければ、殺しはしねえ」

「……っ」


フィーナの顔が、恐怖で強張こわばっている。

五年前の記憶が、よみがえっているのだろう。あの夜と同じ——武装した人間たちに囲まれ、逃げ場を失った状況。


——駄目だ。


ユーリアは、つえを構えた。

考えているひまはなかった。体が、勝手に動いていた。


「下がって、フィーナ!」


さけびながら、フィーナの前に飛び出す。

男たちの視線が、一斉いっせいにユーリアに向いた。


「なんだ、こいつは」

「魔法使いか? 構うな、やっちまえ!」


弓を持った男が、矢を放った。鋭い風切り音が、耳をかすめる。


——間に合え!


「ラディウス・ルーチス——光輪結界スクートゥム・ステラルム!」


短縮詠唱と共に、魔法杖まほうじょうかかげた。

光が、杖の先端からあふす。金色こんじきの輝きが広がり、ユーリアとフィーナを包み込むように——半円形の結界が展開された。

矢が、結界に衝突しょうとつする。甲高かんだかい音と共に、矢ははじき飛ばされる。


「なっ——」


男たちが、驚愕きょうがくの声を上げた。


「結界魔法だと!?」

「くそ、魔法使いがいるなんて聞いてねえぞ!」


男たちの動きが、一瞬止まった。

そのすきに、ユーリアは結界を維持したまま、フィーナの方を振り返った。


「大丈夫ですか?」

「……リア」


フィーナの目が、大きく見開かれていた。

驚きと、困惑と——何か別の感情が、その琥珀色こはくいろの瞳に渦巻うずまいている。


「なぜ——」

「話は後です。今は——」

「おい、ぼさっとするな!」


男たちが、再び動き出した。


「結界なんざ、力押しで壊せばいいんだ! 全員でかかれ!」


五人が、一斉に結界に向かって突進してくる。

剣が振り下ろされ、槍が突き出され、結界に衝撃が走った。


——重い!


ユーリアは、歯を食いしばった。

結界魔法は、得意な分野だ。三級さんきゅう監察官かんさつかんの中では、かなりの腕前だという自負もある。

けれど、五人同時の攻撃を防ぎ続けるのは、容易ではなかった。

一撃ごとに、魔力が削られていく。


「ぐ……っ」


足が、後ろにすべる。

結界に亀裂きれつが入り始めた。このままでは、長くは持たない。


「リア!」


フィーナの声が聞こえた。


「大丈夫、です……! まだ——」


その時、結界の向こうで——男たちの動きが止まった。


「な、なんだ——」

「うわあああっ!」


悲鳴が上がった。

見ると、男たちの背後から——銀色の光が、ほとばしっていた。


「遅くなってごめんね」


聞き慣れた声が、響いた。


子犬こいぬちゃん、よく頑張ったわ」


リーゼロッテだった。

銀色の髪が、風になびいている。その手には、淡い光を帯びた魔法杖まほうじょう

そして——その周囲には、無数の光の粒子りゅうしが舞っていた。

星のように輝く、金と銀の光。


「て、てめえ——」


男の一人が、剣を振りかぶった。

けれど、その剣が届くより早く——光が、男を貫いた。


「ぐああっ!」


男が、吹き飛ばされる。

続けざまに、光の矢が次々と放たれた。一撃、二撃、三撃。

正確無比せいかくむひな攻撃が、男たちを次々と打ち倒していく。

わずか数秒で——五人の男たちは、全員が地面に倒れしていた。


「……すごい」


ユーリアは、思わずつぶやいた。

これが、元特級とっきゅう監察官かんさつかんの実力。

圧倒的な魔力と、洗練せんれんされた技術。自分とは、比べ物にならない。


「殺しては、いないわ」


リーゼロッテが、こちらに歩み寄ってきた。


「気絶させただけ。でも、しばらくは動けないでしょうね」

「リーゼロッテ様……」

「お、子犬こいぬちゃん」


リーゼロッテが、にっこりと笑った。


「やるじゃない。ちゃんと守れたね」


その言葉に、ユーリアは——少しだけ、救われた気がした。

守れた。フィーナを、守ることができた。


「結界、もういていいよ。敵はいないから」

「あ……はい」


集中を解くと、光の結界がゆっくりと消えていった。

途端とたんに、どっと疲労ひろうが押し寄せてきた。

ひざが笑い、その場に座り込みそうになる。


「大丈夫?」

「はい……少し、魔力を使いすぎただけです」

「無理しないでね。よく頑張ったわ」


リーゼロッテが、ユーリアの肩を軽く叩いた。

その手は、温かかった。


「……リア」


背後から、フィーナの声が聞こえた。

振り返ると、フィーナが——複雑な表情で、こちらを見つめていた。


「なぜ——かばった」

「えっ……?」

「お前は、私を信用してないって言ったじゃないか。まだ迷ってるって。なのに——なぜ、私をかばった……」


その問いに、ユーリアは——正直に答えた。


「分かりません」

「……は?」

「分かりません。ただ——体が、勝手に動いていました」


自分でも、驚いていた。

考える前に、動いていた。任務のことも、規則のことも、何も考えずに——ただ、フィーナを守らなければと思った。


「でも——今、あなたを守りたいと思いました。それだけは、本当です」


フィーナは、しばらく黙っていた。

その琥珀色こはくいろの瞳が、れている。困惑と、驚きと——そして、何か別の感情。


「……変な奴」


やがて、フィーナは呟いた。

けれど、その声には——温かみがあった。


「本当に、変な奴だな。お前は」

「……そう、ですか」

「でも——」


フィーナは、少しだけ目を伏せた。


「ありがとう。……助けてくれて」


その言葉が、胸に染み込んだ。

フィーナが——初めて、心からの感謝を口にしてくれた。


「いえ……当然のことを、しただけです」

「当然?」

「はい。あなたを守ると——約束しましたから」


フィーナの目が、わずかに見開かれた。

そして——ほんの一瞬だけ、その唇に笑みが浮かんだ。

すぐに消えてしまったけれど、確かに——笑ってくれた。


「さて」


リーゼロッテが、倒れた男たちを見下ろしながら言った。


「この連中は先遣隊せんけんたいみたいね。本隊は、まだ南にいるわ」

「本隊……」

「ええ。三十人以上いる。頭目は、ガルドという男」


リーゼロッテの表情が、引き締まった。


「夕刻に、総攻撃をかけてくるつもりらしいわ。時間がないの」

「どうしますか」

「まずは——」


その時、森の奥から、別の気配が近づいてきた。

ユーリアは、咄嗟とっさに杖を構えた。

けれど、リーゼロッテは動かなかった。


「大丈夫。敵じゃないわ」

「え……?」


木々の間から、一人の女性が姿を現した。

黒髪に、鋭い目つき。年齢は三十前後だろうか。その身のこなしには、どこか見覚えがあった。

——監察官に似ている。

そう思った瞬間、女性が口を開いた。


「久しぶりね、リーゼロッテ・アステリア」


その声には、皮肉と——かすかな敵意てきいにじんでいた。


「いや——元特級とっきゅう監察官かんさつかん殿、と呼ぶべきかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る