第3節:『黒牙の脅威』

【第14話】『君なら、できる』

 異変は、昼過ぎに起きた。


 朝食を終えた後、三人は広場で休んでいた。

 リーゼロッテは木の根元に座って本を読み、フィーナはルドと一緒に森の様子を見回っている。ユーリアは、つえの手入れをしながら、二人の様子を見守っていた。


 穏やかな時間だった。

 昨夜の重い話の後とは思えないほど、森は静かで平和だった。

木漏こもが広場に降り注ぎ、小鳥のさえずりが響いている。

 しかし――その平和は、長くは続かなかった。

 最初に気づいたのは、動物たちだった。広場にいたうさぎたちが、突然耳を立てた。狐のレナが顔を上げ、鹿のベルが落ち着きなく足踏あしぶみを始める。


「……?」


 ユーリアは手を止め、周囲を見回した。

 何かが、おかしい。空気が変わっている。

 さっきまでの穏やかさが消え、どこか張り詰めたような緊張がただよい始めていた。


「フィーナ」


 リーゼロッテが、本を閉じて立ち上がった。

 その紫色の瞳には、鋭い光が宿っている。


「分かってる」


 フィーナが、森の奥から駆け戻ってきた。

 その顔は、強張っていた。琥珀色こはくしょくの瞳には、明らかな警戒けいかいの色がある。


「ルドが教えてくれた。南から——人間が近づいてきてる」

「何人?」

「分からない。でも、一人や二人じゃない。たくさんいる」


 フィーナの声には、隠しきれない恐怖がにじんでいた。


「……来た。あいつらだ」


 密猟団みつりょうだん

 昨夜、フィーナが話していた連中。

 『ロナンの涙』をねらって、森を荒らし回っている者たち。


「どれくらい近い?」

「まだ遠い。でも……こっちに向かってきてる」

「偶然じゃないわね」


 リーゼロッテの声が、低くなった。


「私たちの存在に、気づいたのかもしれない。あるいは——」

「あるいは?」

「フィーナの居場所を、突き止めた」


 フィーナの体が、びくりとふるえた。

 ルドが、低くうなりながらフィーナのそばに寄り添う。


「……どうする」


 ユーリアは、魔法杖まほうじょうを握りしめた。


「迎え撃ちますか?」

「いいえ。まずは、相手の規模を確認するわ」


 リーゼロッテは、素早く判断を下した。


「敵の数も分からずに戦うのは無謀むぼうよ。私が偵察ていさつに行く」

「一人で、ですか?!」

「私一人の方が、見つかりにくいから」


 リーゼロッテは、ユーリアの方を向いた。


子犬こいぬちゃんは、フィーナと一緒にいて」

「……私が、ですか」

「そう。フィーナを、守ってあげて」


 その言葉に、ユーリアは息をんだ。

 守る。自分が、フィーナを。


「でも、私は——」

「大丈夫」


 リーゼロッテが、一歩近づいてきた。

 そして小声で、ささやいた。


「ねっ、子犬こいぬちゃん。あの子を守ってあげて」


 紫色の瞳が、真っ直ぐにユーリアを見つめている。


「君なら、できるよ」


 その言葉には、信頼しんらいがあった。

 からかいでも、皮肉でもない。本物の、信頼しんらい


「……分かりました」


 ユーリアは、うなずいた。


「フィーナは、私が守ります」

「うん。頼んだよ」


 リーゼロッテは微笑み、きびすを返した。


「一時間くらいで戻る。それまで、ここで待っていて」


 言い終えると、リーゼロッテは森の中へと消えていった。

 銀色の髪が木々の間に揺れ、やがて見えなくなる。

 残されたのは、ユーリアとフィーナ。そして、動物たち。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る