4-08.マルク工房のマルク親方
秋季末休業を控えた闇の曜日に、クリスやマリエル、ユイと休業中の狩りについて打ち合わせ。
翌日には買い出しと、各実家・養護院への手土産である手羽先盛りを準備する。
「20万ポイントではランクアップしなかった」
ラッドの【通信販売】は、購入の累積10万ポイントで最初のランクアップをした。
さらに10万ポイントを積み上げたけれどランクアップはしなかった。
「次に上がるための要求はどんどん増えるのがお約束だもんな」
今後も取引額を積み上げるのは変わらない。
ただし、結果としての無駄はしょうがないが、貧乏性が浪費を許してくれないのだ。
安全な水とシリアルバー、手羽先での日々の補食に、ランクアップでコーラとポテチと肉まん餡まんが加わり、ハンドタオルのパッチワークも進めている。
補食のおかげでビタミン類も含めた栄養状態がよいため、ヨッシーを除きデブではない健康優良児としてすくすく成長している。
ヨッシーは……まあ、デブかな。ときどきセバスにお腹をたぷたぷされている。
「ツテがあるヤツァいいなあ」
「旨いもん食ってるんだろ」
「うらやましい」
オルガたちから見ても肌艶などの差はわかるらしく、あいさつ代わりに絡まれるのも最近のお約束。
砕いたシリアルを口に放り込むと満足気に去っていくが、それがかえって餌付けになっているのではとセバスは疑っている。
「ま、消えものを目の前で消費させる分にはな」
「あれでも養護院からのダチなんだ」
「ダメってわけじゃないんですよ?」
それもまた、学院生活の日常風景ってことで。
☆
光の曜日に帰省して、翌日に寮に戻る。
ヨッシーは手羽先の人として歓迎され、セバスはジュスティーヌとの約束通り、ベンジャミン兄さんとのアポをとってきた。
「ベン兄さんと会うのは闇の曜日となりました」
「ありがとうございます。一般寮で相談室の予約を入れておきますね」
そしてラッドは、近隣住民も集まってくる手羽先パーティの場で学院生活を語らされた。
「あれだ。都会のえりゃー
「いつの明治時代だよ」
でも、そういうことなんでしょう。
学院経由で探索者。
新規開拓された人生ルートに、年頃のお子さん本人やご家庭の皆さんが興味津々だからね。
憧れの時の人、マルク工房コミュニティの英雄様が、講演会や座談会を求められるのは当然だろう。
寮生活の小話でオルガたちが押しかけてきた時について、「客と一緒に床に座って」を拾われた。
まず、室内を区切るパーティション、背丈ほどの高さの木製の
部屋の4隅に配置されていたベッドが一方の壁に集めて寄せられ、室内中央との間に目隠しとなる衝立を設置。
もう一方の壁際とも衝立で仕切り、重厚なキャビネットと机の島ははこちらに。
三分割された部屋の中央部、窓寄りに大きめの丸テーブルとベンチが応接セットとして鎮座する。
すべてはマルク工房コミュニティの皆様のご厚意で提供されている。
「いいのかなー」
「いいってことに、するかしねーじゃん」
なお職人たち、去り際に次はどーするべなどと呟いていたので、これ以上のご厚意をどう謝絶するか悩ましい。
寮室にモノばかり増えても困る。
「入り口のところにポールハンガーとか?」
「あ、ちょっとした物置き用のカウンターテーブル的なものがいいかも」
「棒や剣を突っ込んどく、傘立てのような箱も欲しいな」
そういうコマい物をリクエストしておけば、大物は回避できるのではなかろうか。
ちなみに、休業期間ごとに荷車を押してやってくる職人たちの姿は方々で目撃されており、「学院に納品実績があるマルク工房」と、嘘ではないウワサが広まり、受注が増えた模様。
なんならウワサを聞いて「じゃあそこに頼むか」と、教員や事務員が注文出したり。
「それと、コレな。こっちは試作型トング」
以前、ボールペンの芯だけ抜き取って、怪しまれないガワにはめ込む案が出たが、ラッドは予備含めて12本のペン筒を取り出した。
「親父がさ、こんなのチョチョイだって」
「こんな細い中ぐり加工、チョチョイで済むか?」
道具・工具次第かな。
3色ボールペン1本追加で都合4本をバラし、端切れなどで隙間を調整しつつ、ペン芯をはめ込む。
プラスティックごみは、ラッドの【通信販売】の『買取』コマンドを通してポイントリサイクル。
コンマ以下でもポイント査定さえつくのなら、不都合なブツの処理にも使える、実質チートな
トングは、50cmくらいの細長い板2枚の片側端に、スペーサーとして厚めの板片を挟んで作られている。
2枚の板のバネ効果で、握れば先端がとじ、緩めればひらく。
「これでしゃがまずに魔石を拾える、かもしれない」
「そんな話もしていたなあ」
「どうやってスライムを狩るか考えていたころですねえ」
入寮したて、夏季の終わりごろだった。
学院パーティでは自粛し、今となっては1匹5分もかけていては非効率。
スライム殺しのために開発された【保温】魔法は、日々の湯沸かしに活躍している。
季節1つ分の時間で、物事・状況はどんどん変わっていくのだなと、三人はすこし感慨にふけった。
☆
第十一週の水の曜日から土の曜日までは、ダンジョンで2泊3日の狩り。
第六週の中休みでやったパターンの、メンバーがちょっと違うだけである。
3日目のファンガス農園
「ああん、ここらはマッシュ組のシマやぞ……って、まーたおまいらかいな」
「どうもどうも、お久しぶりです。例のアレ、いけますか?」
見張り番の威嚇も途中で呆れ声になり、笑顔をはりつけたセバスがスススっと近寄った。
「ああ、今だと5本やな」
差し出された手のひらに小銭と、袋状にした紙に入れた手羽先を2本のせる。
「お、なんじゃこりゃ」
「こちらのキノコのおかげで、縁あって手に入った手羽先なんです。おすそ分けにどうぞ」
「おいおい、いかんなあ。こんなところにキノコが5本、いや8本も落ちているぞ。ちゃんと拾っとけよ」
「いいんですか」
「いーのいーの。今週はたまたま出目が悪かったんだろうさ」
「「ハッハッハ」」
気ぃつけて帰れやの言葉を背に、セバスたちはファンガス農園を離れた。
「「なに、これ。なに」」
「やっぱり、あやしい」
初見のクリス、マリエルはドンビキだし、2回目となるユイはジト目になっている。
「いやー、このあやしさがクセになるんですよ。本当に」
ちなみに普段から、狩りでドロップしたキノコも組合買取値で引き取っています。
ポイントなんて、なんぼあってもいいですからね!
☆
魔石拾いの立ったり座ったりを面倒くさがった転生三人組が、ラッドの親父にでっちあげてもらった試作トングは、わりといい感じだった。
それなりの年齢まで生きた記憶がある彼らにとって、腰と膝を守るのはマストに近いからね。
「袋のほうも、どうにかしたいですね」
トングにより拾うのは確かに楽になる。
だが、魔石用の小袋を持った手で袋口を開け閉めは難しい。
決してユイが不器用というわけではない。
持ち回りで試した後、袋を持つ人とトングを持つ人で分担したくらいに面倒だった。
この問題については、地上に帰還後、釣り人の使うビクをヒントに改善を試みた。
小ぶりな編みかごに、ひもを引っ張ると口がきゅっと閉まる巾着袋を合体。
サイドポーチの一種としてビク巾着を腰に固定し、魔石回収前に袋口を開け、終わったらきゅっと閉めればヨシッ。
トング製作はラッドの親父たちの隙間仕事として。
ビク巾着はユイを経由し、ユイの母親監修の下、これまたお針子さんの隙間仕事として。
あわせてマルク親方が『魔石回収セット』として学院の売店に卸す。
ちょっと先の未来では、腰にビク巾着とマルク工房印のトングを装備するのが、ダンジョンに潜る学院生の標準スタイルになった。
儲けは大したことないが、自分の工房の品が学院や探索者界隈にも広まったことに、マルク親方は満足そうであったという。
☆
ちなみに狩り自体はいつも通り。
「レベルが上がったんだけど!?」
「1年くらいかかるって聞いていたんだけど!?」
レベルを2にするための霊格量、三人の推定ではコウモリ500匹分くらい。
三人基準での1泊2日狩りを5~6回やれば、一人頭それくらいの勘定になる。
「スケジュール固定化のおかげで講座単位も順調だし、この分だとイケる?」
「イケるイケる」
望外の成果にクリスとマリエルは盛り上がっている。
「悪いが、第二層メインになると最低でも2泊3日を見込むことになるぞ」
「「あ、そうね」」
「ほぇ~」
先日、先んじてレベル2にあがっていたユイちゃんは平和。
予備知識がなかったせいで、この時点でのレベル2が偉業であることを理解できていないのだが、平和は平和なのである。
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