3-06.一般通過魔術士枠



 探索科寮の食堂の片隅。

 初回の学院パーティ編成で第14号パーティとなった面々が自己紹介をすませた。


 育ちの関係か、初顔合わせにもかかわらずゆったりと構えているジュスティーヌや、自称その護衛ヴィオレットはともかく、ユイコニア嬢は明らかに緊張過剰で恐怖感すら察せる具合である。


「ユイちゃんすごいじゃん。【小治癒ライト・ヒール】って、それケガ治せるってことじゃん」

「「ヒーラー様イェーイ!!」」

「イ、イェーイ??」


 転生三人組はユイの気持ちを盛り上げようとした。

 そう、人をほめて気分をアゲアゲにするプロフェッショナル、売れっ子ホスト模倣なマインドセットで。


「……ごめん。いきなりこんなノリ、かえって怖いし怪しいですよね」

「イェーイ」


 迷った末に三人のノリにのっかろうとしたジュスティーヌは、完璧なタイミングで出遅れを披露。

 ヴィオレットは天を仰ぎ、なんとも言いようのない空気が場に漂う。


 アイスブレイク、失敗!


 だが、新宿ジュクナンバーワン・ホストを自身にフューチャリングした者が止まるわけにはいかない。


「ごっめーん。ここは簡単なゲームで親睦なんてどう?王様ゲームいっちゃう?」

「いや、ここは準備いらずのポッ〇ーゲームだろ」

「どっちもホスト思考から離れろ!」

「あぅあぅ」


 だいたいポッ〇ーないじゃん。10歳児じゃん。合コンじゃなくてダンジョン用パーティのマッチングなの。


「あんたたちも落ち着きなさいって。ユイ……も、初めてのことばかりでいっぱいいっぱいになっちゃってるのよね?」

「あぅあぅ」


 ダメそう。


「あ、そうだ。手羽先もうちょっとあるから、食うか?」

「いただきます」


 ジュスティーヌが食い気味に身を乗り出したが、「おめえじゃねえだろ」とのアイコンタクトに「そんなー」とアイコンタクト返し。


 一部以外、相互理解は着実に進んでいるようである。



   ☆



 結局、今一度手羽先を配布し、今度はハーブティを供し、時間をおくことでお腹も心も落ち着いたようだった。


「お茶までいただいちゃってすいません」

「いいえ、【保温】でいけますので」


 セバスの【保温】はホットプレートのイメージで発現。

 食堂に汲み置きされていた井戸水のため、消費MPも調整して、きちんと沸騰させている。


「【保温】ですか? ……いえ、聞いたことがないですね」

「あたしも。ただ、あたし火魔術士じゃないから」


 発言こそないものの、ユイも首をひねっている。


「ああ、加護ギフトも紹介しておいた方いいですね」

「伏せ札って考え方もあるんだろうが、俺たちのは直接戦闘に役立つようなモンじゃないからな」


 セバスはじゃあ改めて、と。


「僕の加護ギフトは【生活魔法】。魔術でいう小魔術(キャントリップ)階梯同等の魔法が与えられました」

「あ、だから探索科。……ごめん、バカにしてるように聞こえるわよね」


 魔術科は、魔術系の加護を得ていないと入れない。


「いえ。ただ、戦闘スキルじゃなかったので騎士科に入れなかった人もそれなりに居ますので、そっちは本当にご注意を」


 実家の力とか、当人の気負いとか、いろいろ面倒な人がいることが、探索科寮でのツテコネ活動で判明している。


「ハズレスキルって言われるのは慣れてる。俺の【個人倉庫】、この木切れくらいの大きさが仕舞えるポケットだな」


 現時点で125立方cm。

 ヨッシーの手のひらに乗る小さな積み木を示されては、そうね、くらいしか返しようがない。


「自分は【通信販売】。水を大きめのコップ一杯分手に入れるのに、小銅貨で20枚が必要。塩100gも同じく」

「いや、普通に買う方が安いでしょ?」

「コップ一杯の水にいくら払ってもいいという状況……うーん」


 ラッドの言葉に嘘はない。小銅貨1枚は10ポイントに変換されるから。


「私は【護剣術】を授かりました。普通の剣術と違って、魔力を使う技があるのですが、魔力を使うとお腹が減るんです」


 魔力とは生命力だからね。

 使ったら補充しようと、身体が栄養カロリーを求めるのは必然。


「胃腸が強くないと魔術士なんてできないって、それさんざん言われてるから」

「えっえっ、そうなんですか?」


「あんたも魔術科じゃない。……あ、えっと、もしかして何も知らないで入っちゃった系的な?」


 またしてもあぅあぅし始めてしまったユイコニアに対し、必死のフォローが飛び交う。


「もしかして、【祝福の儀】で魔術授かって、親御さんや周りの人と相談して、じゃあ魔術科だねってことで?」

「はっ、はいはい、そうです」


 どうりで幼年科で見かけた覚えがないとセバス。


 学院幼年科に入るには、親や家にある程度の社会的階層・地位・財力が必要になる。

 よって、周辺貴族家に仕える家人や官吏、富裕層の子弟が集う場になる。


 仕立て服は高級品だから、一般的に針子の収入は悪くはない。

 実際にユイも教養学校にでも行ったのか、魔術科に入れるくらいの教養を修めていることは確定。


「お母上がお針子さんでしたよね。ユイさんも、将来はその道に進まれる予定だったとか?」

「はい。わたしも多分、母みたいになるんだろうなって」


 父親の話が出てこない。

 寡婦は珍しいものではないが、社会的なハンデではある。


「今はどうなの? 街の衛視・魔術隊でも狙ってる?」

「え、えっと……わからないです。だって、パーティを組んでダンジョンに潜れとか初耳で……」

「卒院要件に一定の霊格レベルがあることも知らなかった? そっかあ……」


 このままだと、ユイは恵みであり祝福であるはずの加護ギフトによって人生を壊された人になってしまう。


 5人はすばやく目くばせを交わし合った。



   ☆



「えっとね、あたしはなんとダブルなのよ。風と闇の魔術士さまなのよ」


 属性魔術を二系統使える者を『ダブル』と称す。三系統だと『トリプル』。

 ヴィオラの、これでもダブルだと張る胸は、芳醇とは言い難かった。


「ま、当面置物でしかないけどね」

「魔力が足りないもんなあ」


 話が早くて助かるわとヴィオラは応じ、ジュスティーヌは知らない人は知らないのかと呟く。


「本当なら、ユイさんが普通なんですね。学院で、初めてのパーティで、加護ギフトの効用についても手探りで」

「あわわわ」


 単にユイがどんくさいというわけではなく、常識自体が異なる、知らないことばかりの、そのくせ重大な決定を迫られる、そういう状況にいっぱいいっぱいになってしまっている。


 そしてそれはユイに限った話ではなく、多くの新入生が直面している事態であろう。


「このパーティのやり取りの中で情報を埋めていけ、埋めてやれってのが学院の狙い、目的なのかも?」

「じゃあ、魔術科や魔術士について、ユイに説明してあげるのが先よね?」


 原因に見当がつけば、消化を促しつつ教えていくことが自分たちに求められる役割だと気づく。

 現状、ユイは、いじりたくはなるが、意地悪をしたくなる相手ではない。


「ふぇええぇぇ」


 幸い、キャパシティを超えるとすぐオーバーフローするので、その点は楽だった、かもしれない。



   ☆



 魔術に無縁・疎遠だった者が加護ギフトで魔術を授かった場合、いろいろと問題が起こる。


 まず、【祝福の儀】の直後、事故ないしは事件が起こるケース。


 無知ゆえにドカン。あるいは、これまでの報復にドカン。

 二発で魔力切れの気絶ができればまだよくて、三連射して無事死亡。


 これを自然淘汰と呼んでいいのか、結果として下層出身で魔術士として育つ者は少ない。


 むろん、育てば戦力になるため、統治者・行政サイドでは魔術を授かった者を集めようとはする。

 【祝福の儀】の会場外で魔術を授かった者はいるか、などと呼びかけるのもその一環。


 しかし、学院に入れるにも最低限の読み書き・計算を修めていないとダメ。

 囲いこんで教育するコストも踏まえると、数的ボリュームゾーンである平民層の多くが取りこぼされることとなる。


「だからまあ、ユイは運がよかったと思うのよ」


 誰かを傷つけることがない【小治癒ライト・ヒール】で、親や周囲も学院へ行かせようとしてくれて。


「魔術科でまずやるのって、倫理教育しつけよ」


 ポン付けで人を殺せる能力を手に入れたガキがいます。

 初手で心を折るか格付けでわからせるかして、法・罰則を叩き込みましょう。


 街内での特別に許可された場所を除く攻撃的魔術の禁止、街外でも迷惑行為は厳禁。

 ダンジョン内や上位者の指示であっても細心の注意を払うよう。


 でないと、よくて死刑、下手すると魔術奴隷として一生飼い殺し。


 なお、一部にバレなきゃOK、逃げきりゃOKという風潮もあるが、自己本位な連中はいつの時代どんな場所にでもいるからね。


 すくなくとも学院に入るまでヘマをしなかった子であり、させなかった親であるので、アウトローに育つことはほぼない。


「脅しが済んだら属性ごとの学習と実践なんだけれど、【ヒール】って射爆場じゃ意味ないわよね?」

「武術・体術の訓練に立ち会って、ケガ人に群がって見本と練習台にします」

「ほへぇ」


 ヴィオラが言い淀めば、学院幼年科を知るセバスが補足。

 ユイちゃんは、ユイちゃんしている。



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