2-12.探索科寮入寮



 探索科寮への入寮が決まったことで、激しい動揺がラッドの家を襲った。


 確かに、学院に行くと言い出したことは知っていた。

 探索者登録をしてダンジョンに潜っていることも知っていた。


 だが、すでに学費と寮費を稼ぎ出し納め終わったとは知らなかった。


「すまん……すまん……」

「いや、親父が謝るような事じゃないだろ?」


 そういえば、学院に行く、学費は稼ぐくらいは言ったが、互いに時間を取って向き合い、ちゃんと話をしていなかったなと今更ながらにラッドも気づいた。


 親が何もしないから、自力で稼いで家を出ていくことにした宣言と取られてもおかしくない状況。

 いや、実際そう受け取られたがための詫びなのか。


 ひたすら謝る父親と、どうしたもんかと押し黙ってしまったラッド。

 学院帰り、入寮報告ついでのご挨拶で、そろって出向いたヨッシーやセバスの居心地の悪いこと。


「ま、まあ、とりあえずこちら手土産の手羽先になります」

「すまん……すまん……うまっ!」


 親父の叫びがきっかけになり、母親や跡継ぎの兄のみならず、職場仲間でもある隣近所の人まで顔をだす騒ぎになり、こっそり手羽先を補充すること3回。


 エール酒も入ってやいのやいのと、むしろ当事者以外が騒がしい話し合い(?)ですったもんだはあったが、親の責任なんだから探索科の3年分の学費と寮費は出すと言い出し、ラッドも特に意地を張ることなく受け入れた。


 季節当たりクオルタ銀貨2枚、通年で8枚は、工房雇われ職人であるラッドの父にとって出せない額ではない。

 むしろ、こんなに安くていいのと驚いて、またご説明でごたごたと。


 ご家族へのご説明中にも、家庭小物から家具までを手がける木工職人集団らしく、寮生活で必要になるんじゃないかと三人分の食器類から小物入れ、果てはキャビネットを運んできて持っていけと言い出す始末。


 ありがたいことはありがたいが、と逡巡するセバスだったが、入寮の日に運べばいいねんと、すっかり酔っぱらった親父殿は胸をたたいた。


「ていうか、僕が二人を取り巻きスカウトって思われてないですか?」

「身なりは大事。すごくわかんだね」


 かつてオルガたちに噛みつかれたように、平民枠とはいえ属する階層が違う三人がつるんでいれば、身分的上位がリーダーだと思われるのは残念でもなく当然。


 転生云々説明する気はなく、勝手にカバーストーリーつくって納得してるなら寝た子は起こすなの精神でいこうとなった。


 養護院でも、おめでとう、これからも元気でと声をかけられるヨッシーに対し、言葉はやわらかいものの超意訳すれば「おめぇがウチの若いモンたぶらかしよったんかワレぇ」と院長ハゲに詰められたセバスは仏頂面である。


 セバスの家では手羽先の返礼にと、母上お手製の巾着袋を渡され、「うちの子をよろしくね」で終了。


「だって、予定や見通しは話してるし」

「ああ、うん。セバスは前世からそうだもんな」


 サプライズを本当に突然やったらサプライズにならないんですよとは前世セバスの言である。


「じゃあ、来週の水の曜日に」


 なお、オルガたちが狩りから帰ってきた時、手羽先は残っていなかった。


 弱肉強食、先手必勝。

 強かでなければ、養護院では生き残れない。



   ☆



 夏季第十一週の半ばにあたる水の曜日。


 前住人の退去した探索科寮の一室には、本来の備品であるベッドと机以外にも家具類が残され、かすかに残る生活臭が居抜きめいた雰囲気を醸し出している。


 特段の思い入れでもなければ、持ち出すのが面倒な大荷物をそのままにし、次の部屋主の処分に任せるのが慣例だとか。


 これは寮に限った話ではなく、アパートや一軒家などでもそう。

 運送関連のインフラ具合の上で、大物家具類まで根こそぎ運び出すほうが手間になるからだ。


 不要な場合は、食堂の隅まで運んでおけば時機を見て処分される。

 逆に食堂に出されたものが欲しければ、自室に持ち込んでいい。


「放置露店バザーみたいな?」

「欠けた陶器カップなんかも並んでるから、骨董市的な?」


 掘り出し物は、多分、ない。


 ともあれ、まずは掃除から。

 荷物を台車に載せて運んで来たラッドの父親と兄も手伝ってくれた。


「なんの染みだ、これ。カンナかけてもダメだわ」

内閂うちかんぬきもガタがきてやがるな。直しちまうぞ」


 家庭用品の木工職人であって大工ではないのだけれど、いざダメダメ・ポイントを目にしてしまうと手を出さずにはいられないらしい。


「もういっそ床板全部張り替えてぇなあ」

「いやいやいや、十分ですって。これ以上はまずいですって」

「だっておめえ様よお、最低三年はここで暮らすんだろ?」


 普通の生活の範囲でなら割り当てられた部屋の原状回復義務はないが、壁・床・天井を貫通するような穴あけは管理人さんの許諾がないとダメ。

 寮長に話を通したうえでなら、壁や床の張り替えはOKです。


 これは要らんとなった年季感だけはすごい飾り棚を食堂まで運び出し、部屋の雰囲気に比してとても重厚なキャビネットを運び込み。


 備品の机は食堂ではなく備品庫まで返却。

 気持ち大型になった机を4つ、部屋の中央に寄せて島を作る。


「チッ。ベッドは持ってこなかったな」

「親父、さすがにベッドはまずいって。工房長が持ってけってモンに入ってなかったって」

「ケチがよ」


 木工職人の親子は、昼過ぎに、幸せそうな顔をして手羽先盛りの木皿を大事に抱えて帰っていった。



   ☆



 少ない手荷物を配置し、ベッドに詰める寝藁などの配給品を受け取り、事務棟の売店に買い出しに出かけ、買ってきたお出かけの際の南京錠的な外鍵をつけてみて、両隣の部屋にあいさつしようとしたら空室で。

 顔を見せたと思ったら俺らの部屋はどこだと言い出したオルガたちを寮長のところに案内し……


 日もだいぶ傾いた頃合いになって、ヨッシーが宣言した。


「ここが、俺たちのハウスだ」


 なんということでしょう。

 木工職人とその子で見習い弟子が半日仕事の範囲で手を入れただけで、薄汚れた野郎どもの巣が、築6年の地方ビジネスホテルの一室くらいに劇的変化を遂げています。


「ここまでやってもらってよかったのかなあ」

「まあ、いいんじゃね?」


 探索科の寮は、一般寮に比べれば外観内装で見劣りするが、機能上は必要十分といえる。

 貴族科専門の……寮というよりレジデンス的なものは比較対象ではない。


 一般寮と同様に左右に別棟で男子寮・女子寮にわかれ、中央棟に水場や食堂等の共有部や設備がまとめられている。

 原則四人部屋。


 寮生の取りまとめ役、寮内自治のかなめとなる寮長や寮長補は、在籍年数を基準に人格なども考慮して選出。

 滞留年限の近づく現ヴィルハイム寮長は、今期ともうすぐ始まる来期の2期を通しての就任となる。


「これで寮費、1季クオルタ銀貨1枚って、安いよなあ?」

「探索科だからね。兄さんの一般寮はもっとするらしい。学費も」


 その一般寮だって、学外で宿に泊まり食堂に通うことを考えたら、圧倒的な安さとなる。


「それこそ仕官を目指すのでなければ、最低年限の3年で出ていこうなんて考えなくていいわけで」

「俺たちの場合、居座れるだけ居座るのが『お得』か」

「どうせ自分たち、成長デバフ持ちだしな」


 年限に達していなくても、滞留審査くらいはあるけどね。


 ともあれ、入寮したことで転生三人組の事実上の学院生活がはじまった。ついでにオルガたちも。



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