7
「なぁ、明美ちゃんって誰だ?」
そっと川野に向かって聞いた。
「あ、あ、あの子は、俺のせいで死んだんだ。」
それだけ言うと川野は電車の外に出ようとした。その瞬間嫌な予感が頭をよぎり、鶴野は必死に川野が電車から出るのを抑えた。
どうしても外に出ようとする川野は泣いていた。そうして格闘しているうちに電車のドアが閉まった。やっとの事で川野が落ち着いた。
「なぁ、説明してくれ、明美って誰なんだ?お前のせいで死んだってどういうことなんだよ。」
川野は黙ったままだった。
鶴野は近くの柱を強く殴り、目を覚まさせようとした。
「次の駅に着くまでもう時間が無い。何か情報になるかもしれない。早く話してくれ。」
川野はゆっくりと口を開けて話し始めた。
「俺がまだ、小学生ぐらいの時に、仲良くなった子だ。あるとき、一緒に山に遊びに行った。そん時俺は楽しく崖を登ってたんだよ。それで、お前も来いって明美ちゃんを誘った。そのまま足を踏み外して崖から落ちて死んだ。俺が、あんなとこに行かないで1人だけで楽しんでたら。」
川野はしゃがみこんでしまった。
だが、慰めている余裕はない。すぐに次の駅だ。
『次は上野に止まります。近くの上野動物園ではパンダが見られます。お急ぎにならないようにお願いします。』
こんなアナウンス流れたか?初めて聞くものだ。
ここで降りた方がいいのか。違うアナウンスが流れたということはさっきとは違う結果になるのではないのだろうか。落ち込む川野をよそに、鶴野は頭をフル回転させた。結果として出た答えは駅のホームを見ることだった。誰でも思いつくような単純な答え。明日になってから考えればいいや、みたいな感じで少し胸糞悪いが今はどうしようもない。
上野に着くといつものように扉が開いた。
するとそこには男が立っていた。中学生ぐらいだろうか。学ランを着た男が立っている。川野はそれが誰なのか分からなかった。鶴野は平然な顔を保っている。
「なぁ、あれ、誰だ?」
川野が聞いてから少し間が空いた気がする。
「分からない。」
人が違うだけで、御徒町と状況は同じ。この中で外へ出ることは自殺行為になると2人は思った。ホームに立っている男は何かをしてくるわけでも、話しかけてくる訳でもない。ただ、こちらをじっと見つめてくるだけだ。別になんともない表情。だが、感情が感じられないのは確かだ。真顔のはずなのに、なんとなく恐怖を感じてしまう。
扉が閉まり、電車が走り始めた。
次は鶯谷。
時間と駅だけが過ぎていく。今の自分たちにできることは一体なんだろう?
状況を整理することしかできない。
・東京駅から山手線に乗り、品川方面へ向かったはずだが、逆方向に行く「回送電車」というものに乗ってしまった。
・中にいた乗客は2人。どちらも駅を降りて消えるか死んでいる。
状況を整理していると、鶯谷に到着した。
2人は一旦作業をやめてドアの外を見た。
またもや、ホームには川野が明美ちゃんと呼んだ人物が立っていた。
川野はまた駅のホームへと出ようとした。それを必死に止める鶴野。なぜそんなにも出たがる?出れば死ぬかもしれないんだぞ。それに、死んだ人が蘇るなんてありえない。つまり、今目の前にいるのは明美ちゃんではない。この回送電車が見せる悪い何かなんだ。川野を抑えるのに必死だったのでそれを叫ぶ余裕はなかった。
最初は立って抑えていたが、あまりに力強く抵抗するため、2人とも尻もちをついた状態になった。そのままでも川野は暴れた。早くドアが閉まってくれ。そう願うしか無かった。
少ししてドアが閉まった。
ここでようやく川野の抵抗が止んだ。
2人ともハァハァと息を切らしていた。近くにいた駅員が少しニヤッとしているように見えてこの状況も相まってイライラした。
立ち上がり、もう一度状況を整理することにした。
まだ尻もちを着いたままの川野に呼びかけた。
「さっきの続きからもう1回状況を整理しよう。」
返答はなく、変わらぬ体勢でドアの方を見つめているだけだった。
イライラしていたということもあり、壁を思いっきり殴った。ドンッという音にびっくりして川野がこっちを向いた。
「いい加減にしろ!今はそうやってられる暇はないんだよ。状況を整理する方が先だ。じゃないと2人ともあの世行きだぞ!」
怒り任せに叫んだ。親しき仲にも礼儀ありという言葉を根本から無視したような発言になった。川野に向かって怒りをぶつけたのは初めてだ。日頃から温厚な性格でいることを心がけている鶴野であっても今のこの状況では精神が乱されているという証拠だろう。
川野の腕を掴んで立ち上がらせ、もう一度途中から状況を整理し始めた。
・乗客2人が残した言葉
「オリチャイケナイ…オリチャイケナイ…アタマガマッシロダ…モウナニモカンガエラレナイ。」
「あら、本当?実は私もなのよ。白いオムライスを食べに来た帰りなのに、やっぱり都会は怖いわね。1回次の秋葉原で降りてみようと思うの。」
この2つだ。恐ろしく役に立たない情報だが、今はアリの涙程度の情報でも集めておかなければならなかった。
・駅員に話しかけたが、同じことを繰り返し話すだけ
・停車駅には川野との関わりがあった「明美ちゃん」がいる
・明美ちゃんだけではなく、見知らぬ人もホームにたっていた
ここまでが今の状況。ダメだ。何も分からない。
「そういえば、上野でパンダのアナウンスが流れたっけ…」
川野がボソッと呟いた。一応頭には入れておこうと思った情報だ。
このままではまだ情報が足りない。電車の中、電車の中。そうだ、電車の中に何かヒントがあるかもしれない。
壁にはポスターなどが貼られていたはず、何かそこに記されていれば分かるかもしれない。
車両の中を確認した。
今いるのは1号車両。この電車は何両編成なのだろう。とにかく、進むしかない。とりあえずはこの車両の中の探索。そんなに時間はない。探索をしている間にも駅を通り過ぎていく。開始と同時に日暮里に到着した。
なるべく外は見ないように探索を開始した。
1つ目のポスターを見つけた。色は白黒。内容は迷路、最近流行りのリアル脱出ゲームの開催を示したもの。迷路の形は円状であり、チェックポイントなどはなく、ただ純粋に迷路を楽しむためのイベントのようだった。
スマホのメモに情報を書き込み、少し考えた。迷路?何も分からない。
「迷路が何かを示しているのか?」
「迷路ならハズレの道とか行き止まりかあるよな。で、スタートとゴールがあって。」
「それだ!これが指し示すものが分かった。」
鶴野がそう言った矢先、西日暮里に到着。扉が開いたが、2人は気にする事はなかった。
「恐らくは『スタートとゴール』これだ。スタートは東京駅。そして、ゴールがあることを意味してる。つまり、しっかりとしたゴールを見つけられればこの電車から出られるかもしれない。」
「そのゴールってどこなんだよ。」
「それはまだ分からない。とりあえず、この車両はいい、次の車両に行こう、ここのポスター、全部同じだ。」
鶴野が言うように、1号車両の壁に貼られているポスターは全て同じもの。ここで探索する意味は無くなった。
2号車両へ移動する。
壁を見たが、ポスターはない。頼みの綱が切れたかと思ったが、鶴野があることに気づいた。
「上のがそうだ。」
ポスターはないが、上から暖簾のように垂れ下がっている広告があった。
そこに書かれていた内容は宗教的なものだ。恐らく、地方は日本か?そこら辺の宗教はあまり知らないが、ここのものを現実と結びつけるのはあまり良い考えでは無い気がした。文字だけで成立させられている広告なんてなかなか無いと思うが、この電車の中でなら不思議ではない。
やはり、この車両にある広告は全て同じもの。
そして、書かれている内容はこうだ。
『可能性を感じるのです。あなたたちは無限大の可能性を秘めています。純粋な心を神に委ねるのです。』
2人は呆然と見ていた。それが何を意味しているのかまでは分からなかった。
メモをしている間に田端に止まり、発車した。駅を気にする暇はない。
鶴野は必死に考えた。川野も考えたが2人で頭をフル回転させたが、答えは出なかった。鶴野は頭を掻きむしり、川野は考えているが諦めが顔に浮かんでいた。
そもそも、これが本当に何かを示しているのかすら怪しい。これは自分の仮説に過ぎない話だし、間違っていれば死ぬ可能性は大。だが、何も行動を起こさなければ状況は変わらないというのはとてもしんどいものであった。
考えても答えが出ないから、3号車両へ移動してみることにした。
そうしようとした時、駒込に到着した。
運悪く、ドアの前に川野が立っていた。川野はもちろん、ホームを見てしまっていた。そして、ドアを出てホームへと行こうとする。間一髪のところで腕を掴んだが、振り返った川野の顔は絶望に満ちていた。目からは涙が溢れ、必死にホームへ行こうとしている。
「ダメだ。死ぬぞ!あれは明美ちゃんじゃ…」
「そんなこと分かってるんだよ!」
急に大きい声を出されて驚いた。さっきまでとは様子が違う。まるで、抑え込んでいたものが爆発したような。
「毎回、明美ちゃんを見ると頭にフラッシュバックが起きるんだよ。あの時の記憶が鮮明に見える。その度に死にたくなるんだ。罪悪感に押しつぶされそうで。だから、もういいんだ。行かせてくれよ。その手を離してくれ。」
「ダメだ。負けるな、一緒にここから出よう。」
川野は小さく首を振ると鶴野の手を振り払い、ホームへ出てしまった。追いかけようとしたが、出たら死ぬという恐怖とドアがちょうどよく閉まったため叶わなかった。
「川野ぉ!」
ドアの窓から少し見えた。
見えた光景は、川野が姿を大きく変えた明美ちゃんに胸を食いちぎられる場面。
次の駅は巣鴨だ。
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