第23話 だからやるしかない
怪奇現象。今までの拓にとって実在するオカルトと言えば、まず自分の超能力、次にフィナだった。
それ以外の怪奇現象と聞いても現実味はないが、話は段々と不気味になっていく。
「警察の皆さんも裏取りはしたんだよな?」
「もちろん。ただし、被疑者以外の生徒には一切ノータッチで教師陣のみにね。だって既に高画質での証拠が残ってたし、青龍堂……ああ、学校というより私の家ね? そっちの方から圧力もかかってたらしくて」
「アリバイのある人間が別の場所で窃盗なんかできるわけない。ならアリバイが嘘か、映像自体に証拠としての見落としがあるかの二択だけど。後者ならむしろ青龍堂が状況を悪化させてるじゃないか」
「返す言葉もないのだけど。言い訳はさせてほしいのよね」
溜息を一つ吐いてから、苦しそうに洗美は言う。
「証拠が映像一本に絞られてしまった警察の人たちは、それはもう映像自体を徹底的に検分したのよ。編集や合成などの映像そのものの真偽を調べるところから始まり、特殊メイクのような被り物の可能性、生き別れの双子の可能性、映像からわかる範囲の全身の骨格を歯並び一本に至るまで徹底的にね。で、結局『紛れもなく本人』と断定されたの。映像自体の質もカメラが中々の高級品だったから割と楽だったらしいわ」
「まあ部員の証言なんかいくらでも捏造できるっちゃできるが、それでもなんか……」
「辻褄は合ってるけど納得がいかない? そうね、私もアリバイの方こそが真実じゃないかって思い始めてる。だって、この映像を見せた上でも『証言が変わらなかった』のよ? 嘘だったなら口を閉ざすか、もっと無理矢理な証言を重ね塗りするかだと思うのよね」
だが警察が全力で真偽を精査した映像がここにある。これを突き崩す方法は皆無だろう。
「そう。普通に考えれば事件はこれで終了。私も多少の違和感は無視して日常に戻る……はずだったわ。その子を見るまでね」
「フィナのことか?」
そういえば、先ほどから完全に身内の話になっていたため、フィナが話に入ってこなかった。
申し訳ないことをしたな、と思いながら彼女を見ると。
「メトロイド、オモロイド」
また二百年前のゲーム機で遊んでいた。
「あれ!? それゲーム開発部に返したはずなのに!」
「もう盗んでないぞ。ちゃんとゲーム開発部の部員に許可を取って借りたのだ。暗示抜きで」
「い、いつの間に!?」
「知らぬのか。ゲーム開発部の部員は我と同じクラスだ」
「……ん? 待てよ。お前のクラスって……」
「我のファッションには合わないからリボンネクタイは外しておるのだが。携帯はしているぞ。ほら」
フィナがブレザーのポケットから取り出したのは『一年生』のシンボルカラーである緑のリボンネクタイだ。
それを見て、拓は初めて知った。学籍的に言えば、フィナは拓たちの後輩なのだと。
「一年生に潜り込んでたのか……!?」
「手間を考えると一年生に潜り込むのが一番簡単だったのだ。二年生、三年生に潜り込むとなると、その分だけ捏造しなければならない記憶や記録が増えてしまうからな」
「話、戻すわね?」
また脱線しそうになった話題を、洗美が戻した。
「単純に見た目からしたら別人だとはわかるのだけど。その子の姿形、かなり前代部長のマネよね?」
「ああ、なんか俺の中の理想の部員を汲んだらこんな形になったとか……自分で言ってて死ぬほど恥ずかしいが」
「で。更にさっきのアリバイと映像の証拠の話に巻き戻るのだけど。もしも他人に化ける超能力者がいたら、この事件は真に解決すると思わない?」
「……あ!?」
ガツン、と側頭部を殴られたような衝撃だった。洗美の推測が、それだけ突飛だったから。
「ほ、本気で言ってるのか!? ありえないだろ、そんなの!」
「ありえない……? 本当にそう? フィナちゃんを見てもまだそう言える?」
ぐうの音も出なかった。存在の無茶さで言えばフィナの方が余程の代物だった。
「で、でも。もしもその推定超能力者がいたとして、だ! 捕まえたところでどう証明する? 超能力なんて『なくて当たり前』の代物を、どうやって警察に説明するんだ?」
「いいえ。説明する必要はないわ。みんなが幸せになれるいいアイディアがあるの」
「いいアイディア?」
「フィナちゃんに『事件そのもの』を消してもらう」
驚きの感情すら一瞬消え、思考が空白になる。
その
「大したものよ、彼女。生徒や教師の思考の暗示だけでなく、あらゆる文書までもが完璧に捏造されていたわ。どこをどう掘っても『フィナーレフィルム・ゴールコンダ・ネペンテスは青龍堂学園に通うイギリスからの留学生である』としか結論付けることができなかった。その事実に反しているのは唯一、私の記憶だけ。本当に頭がどうにかなりそうだったわ」
「そ……その能力を、トレーニング部の部長に適用しろっていうのか!? バカな! 不可能だろ!?」
「言ったはずよ。少年法を笠に着た隠蔽工作で、まだ彼の名前は全国区にはなってないの。事件が発覚したのもつい最近。裁判所がどうこうみたいな段階にすら進んでないわ。今なら間に合う……いえ、
「それだって暗示をかける最低限の人間の中に、警察が含まれてるわけだろ!? 世間一般的に考えて許されるはずがない!」
「バレればね。バレなければ許す許さないの段階にすらならないわ」
話を進めれば進めるほど、確信したくない現実が浮き彫りになっていく。この生徒会長は、本気だ。本気で許されざる手段で生徒を救おうとしている。
到底正気の沙汰とは思えなかった。この話に乗るだけのメリットなどほとんどない。
「さて。私の話は以上よ。質問か異論はあるかしら?」
「異論はないけど」
ひとまず、そこだけは誤解がなきように宣言した。
「……いくつか詰めないといけない部分がまだあるだろ?」
「素敵ね。結論の速い男は大好きよ」
洗美は今まで拓が見た中で一番の笑顔を拓に向ける。そこまで喜ばれると、理由のわからない罪悪感が芽生える。そんな心底からの感謝の表情。
そんなものを向けられる筋合いはない、と拓は思う。大事なものがかかってる時点で、計画そのものに乗ることは確定だったのだから。
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