第13話 はわわ! 人々の嘆きと悲しみが溢れちゃいました!

「人の手で作られた怨霊。ただ人々の恐怖たれと命じられるだけの自動人形オートマタ。それが産まれたばかりの我だった。今ほど強力でもなかったしな」

「ん……本当だ。なんかあのときより烏の眼光がボヤけてるような……」


 どこを見ているのかわからない、というよりは『なにを見るべきか』という判断に理性が一切伴ってない印象。


 ちょうど産まれたての赤ん坊が手足をばたつかせながら周囲を見ているような感じだった。


 見た目は烏の死骸を固めて作ったドームなので、そんな可愛げは微塵もないわけだが。


「なるほど。これがフィナちゃんの本性というわけね」


 ふと、洗美の感想が出た直後に少しだけ、フィナの語りが途絶えた。


「……様付けで呼べとまでは言わんが、なんでそう気安いのだ。ガキどもめ」

「あら。続きをどうぞ、フィナちゃん」

「チッ」


 フィナのことは声しか聞こえないが、この舌打ちを聞けば今どのような顔をしているのかは即座にわかる。


 だがヘソをやや曲げたくらいで幻影を中止するほど我を忘れたりはしないようで、フィナはすぐにシナリオのレールへ戻った。


「産まれたばかりの我に、不動産屋は命令した」

『これからいい感じにこの屋敷を宣伝するから、ギリ死なない程度に住人を呪って怖がらせてねー。よろぴこぴこ』


「かっっっる!?」


 拓が自分の耳を疑うほど軽い要求。盛大に前準備してやっと生み出した怨霊に頼む内容とは思えないくらい、発言の内容が軽薄だった。


「ほぼ自動人形に等しかったとは言え、この時点で我の意思が皆無というわけではない。このとき、我は内心どう思っていたのか。よく覚えてないが、返事の内容は覚えている」

『かしこマリトッツォー』


「だから軽いってば!」

「……拓くん。マリトッツォって、なんだったかしら?」

「あれだよほら、イタリアのクリームとか挟むお菓子!」


 拓と洗美の間で、まったくなんのためにもならない解説が繰り広げられてしまった。そのくらいの軽さだった。


「邪道そのものの不動産運用は、商売としては上手くいった。最初にこの屋敷を買い付けた一族に、それとなく姿を見せてから、深爪の呪いやニキビの呪い、果ては口内炎の呪いなどをあの手この手で付与しまくった」

「地味じゃね? いや、確かに不快感は凄いけどさ……」

「最初の一族は呪いに耐えかね、あっさりと屋敷を不動産屋に返却。当然、悪霊の噂はそこを起点に燃え広がった。


 次は最初より高値で別の一族に売る。また呪いに耐えかねて一族が屋敷を返却。不動産屋は更に高値で別の一族に……という調子で繰り返したのだ」


 それらの説明を幻影付きで見ていた洗美は、呆れたような顔で溜息を吐いた。


「なるほどね。幽霊屋敷の幽霊と、物件を売買する不動産屋が裏で組んでるんだもの。そりゃ住人の憔悴しょうすい具合も、弱みを突くベストタイミングもLeak out筒抜けよね。不動産屋はこの商売を続ける気なんだから、物件の返却の条件も『その内に相手がこの家を手放したくなるはずだ』という前提で組めば損も最小限でしょうし」

「不動産屋も当然そのつもりだったはずだ。だが悪事というものは長くは続かなかった。限界が来たのは、我が産まれてから五年後のこと」


 幻影が場面転換し、また屋敷の外を映し出す。


 不動産屋は、新しい一族に幽霊屋敷の内見の案内をしていた。


 様子がおかしくなったのは、その一族が屋敷に入る前のことだ。突然、綺麗な外行き用のドレスを着ていた少女が吐き始めた。


 なんの前触れもなく。急に具合が悪くなったかのようにしか見えないほど。


「呪いの規模がな、急に苛烈になったのだ。我の意思には無関係に。不動産屋にとっても予想外にな。


 もっと端的に言うなら。入ろうとすると……いや近付いただけでも、とても健康が悪くなるのだ」

「……なにが起こったんだ?」

「設計ミスならぬ、というヤツよ。つまらぬ間違いをしたのだ」


『なんだこれは!? フィナーレフィルム、これは一体どうしたことだ!?』


 不動産屋の悲鳴が響く。


『五年前より、なんかこう……烏の量が増えてないか!?』

「へ? 増え……た? 死骸が?」


 いつの間にか場面は屋敷の中に入っていた。拓が改めて、幻影のフィナーレフィルムを見てみると——


「……ふ、増えてるーーーっ!? ていうか膨れて溢れてるーーー!?」


 拓が初めてフィナーレフィルムを見たときよりも、幻影の中で産まれたばかりのフィナよりも。


 屋敷の部屋を完全に埋め尽くし、通路にはみ出すレベルで烏の死骸が波打っていた。当然だが、あまりにも凄惨な光景だ。食事後に見る光景ではない。


「上限をな、設定し忘れたのだ。『フィナーレフィルム・ゴールコンダ・ネペンテスは千匹の烏の死骸によって構成される』とか無難な設定にしておけば良かったものを、この不動産屋は作成時に『無数の烏の死骸によって構成される』と我の設定を適当に盛った。


 当然、我のことを作ったときの烏の死骸は『無数』というほどではない。数えればちゃんと数え切れるレベルの現実的な多数でしかない。


 次に、我のことを構成する他の要素だ。異国の呪具は不動産屋が軽々しく扱っていい範疇はんちゅうを超えただった。これを我らが知ったのはもう少し後だったがな。


 そして最後に、唯一この時点のイギリスで間違いなく無数とカウントしていいものが存在し、それをうっかり不動産屋は組み込んでしまっていた。烏の死骸が無数に存在しないのなら、別の材料で水増しして帳尻合わせをしてしまおう。そんなバグが、我の中で発生してしまっていたらしい」


 拓は思い出す。


 フィナの材料は、烏の死骸、異国の呪具、そして——


「人々の嘆きと悲しみ……!?」

「小僧、大正解だ」

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