第8話 『攻撃』を受けているッ!

 やや時は巻き戻る。


 学園内で発見された空き巣のような痕跡は、まだ空き巣だという決定的な証拠がないため警察への届け出は見送られていた。


 しかし学園内で簡単な調査をし、これは空き巣であるという確信さえ得られればすぐにでも届けを出すという方針で、生徒会長と風紀委員は一致していた。


 していた、のだが。


「ふむ。現場には鍵。こじ開けた形跡は窓にもドアにもなし。しかしながら、お料理研究部の証言は『部活仕舞いにはキチンと道具も食材も片付けていた』ということでおおよそ一致……これは……迷宮入りだな!」

「は?」


 風紀委員長のセリフが妙にポンコツじみていた。洗美はあまりに杜撰ずさんな物言いを、最初は冗談かなにかだと思った。


「……あなたらしくない笑えない言葉ね。熱でもあるの?」

「ん……? 僕は健康だが? それはさておいて、もう打つ手がないな。どうする? 迷宮入りか?」

「えっ」


 ここに来て、洗美はようやく気付く。


「ど……どうしたの? わよ?」


 最初はパトカーではなく救急車の出番かと疑ったが、少しの問答の末、その必要がないことがわかった。


 というより、救急車に乗せたところで手に負える話ではないという確信を得た。


 どういうわけだか、風紀委員長の知能に問題は見られない。

 しかし、代役に風紀委員の副委員長に捜査の相棒を頼むと、今度は彼女の頭が急激に悪くなる。


 まさか、と思って片っ端から代役を取っ替え引っ替えした結果『空き巣疑惑の事件を調べようとすると、洗美以外の全員が例外なく頭が悪くなってしまう』という怪現象が発生していることがわかった。


「全然わからない。僕たちは雰囲気で捜査している」

「ちゃんと頭働かせて捜査してくれないと困るのよ?」


 通常ではまず考えられない現象。悪い夢でも見ているのか、と頰をつねってみるが、普通に痛いだけだった。


 しかし、痛みで冴えた頭で一つだけ思い出す。


「……超常現象、ね。そういえばつい昨日だったわね。そういうのを目にしたの」


 洗美が生まれて初めて体感した、本物の超常現象。その翌日すぐにまた別の怪現象に遭遇したのは、果たして偶然なのだろうか。


 妙なことは続くものだ、と簡単に結論を出してしまいたかったが、少しだけ関連性が見えなくもなかった。


 何故なら――


◆◆◆


「鼻はいい方なのよ。マフィンの甘い匂いが私をここまで導いてくれたわ」

「け、警察犬かアンタは!?」

「昨日言ったはずよ。アンタじゃなくて洗美と呼びなさい。さて……事件はおおよそ解決と言っても過言じゃないでしょうけど」


 ジロリ、と洗美がフィナの姿を睥睨へいげいする。昨日よりも二倍近く冷たい目だった。今にも飛び掛かって首でも絞めるんじゃないかと不安になるくらいに。


「……早速話が違うぞフィナ。暗示で誰もお前を犯人だと特定できないんじゃなかったのか?」

「我に聞くな。一番驚いているのは間違いなく我だぞ」

「……あー、洗美。この子は、えーっと……」

「待て」


 フィナが冷や汗をかきながらも、余裕のある表情を繕って拓を制す。


「安心しろ。我はとっくにこの学園の生徒だ。そういうふうに文書も、人々の記憶も改竄した。目の前のこいつですら例外ではない」

「あ? 本当か?」

「もちろんだとも。その証拠に……」


 小声での相談を打ち切り、フィナは輝かんばかりの笑顔で挨拶した。


「やあ生徒会長! おはよう!」

「そら、元気よく挨拶すればちゃんとこのように会話が……なにィ!?」


 成立してなかった。それどころか、洗美の目線が余計に冷たくなっただけだ。機嫌を大きく損ねたのか、額に青筋まで浮かべている。


 いよいよ平静を取り繕えなくなったフィナが、瞠目してソファから立ち上がる。


「ばっ、バカな貴様っ……何故我の暗示のまじないが通用しなんだ!?」

「……暗示? あー……なるほどね。やっぱり。風紀委員たちの頭が急に悪くなる怪現象は、人為的なものだったわけね。意図はわからないけど、ひらくくんが新しい超能力者を連れてきたってところかしら?」


 すっと、時間経過ごとに冷たくなっていく目線がふと拓の方へと向けられた。

 目を合わせて拓は確信した。今にも爆発しそうなほど、怒り狂っている。活火山の中身を見ているような身の毛もよだつ恐怖だった。


「ともかく。Judgement私刑開始ってことでいいわよね? 罪を犯すだけでもムカつくのに、更に変な能力に胡坐あぐらをかいて私たちを出し抜こうとか。生徒会長舐め舐めペロペロ罪の容疑で五体を順番にブチ殺し刑よ」

「ジャッジメントの日本語訳がおかしくないか貴様ッ!? ええい、大怨霊を侮るなよ人間風情が!」


 ビキ、とイヤな音が響いたかと思うとフィナの手に入れ墨のような文様が浮かんでいた。見ているだけで気分が悪くなるような、得体の知れない雰囲気を纏っている。


「こうなったら直接的に、呪いを貴様の身体に叩き込んでくれる! この手で触れて、我がちょっと呪文を唱えるだけで、貴様の心臓はとても具合が悪くなろう! いざ!」

「……は!? 待てフィナ、それは流石にやりすぎ――!」


 止める暇もなかった。


 目で追えない、という表現しか見当たらないスピードでフィナは移動していた。

 人並み以上の身体能力を持つ洗美も、いきなりのことに対応が追い付かない。


「――ッ!? 早っ……!?」

「貰ったぁ!」


 そしてフィナは洗美の胸を鷲掴みにすると。


「……あ?」


 鷲掴みにして、終わった。


「……は? は? えっ? ま、まさか……嘘であろう……!? おお、神よ……!?」


 いや、違う。揉みしだいていた。洗美もあまりのことに目をパチクリさせるばかりだ。理解が追い付いていない。


 拓も同様だった。目の前でなにが起こっているのか、まるでわからない。


「き、貴様……その童女のような体格で……えっ!? うそっ!? その背で……!?


 おっぱい、デッッッ――」


◆◆◆


 その日。部室棟の三階、物理準備室の窓から人が飛び出した。原因は、生徒会長のマッハパンチ。


 ドアからではなく窓から飛び出したわけなので、当然そのまま自由落下。


 大怨霊だったので大怪我はしなかったが、何重もの衝撃を叩きこまれたせいで、しばらく行動不能に陥ってしまった。

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