第3話 ガチの超能力持ちのオカルト研究部部長

 この世には、科学で解明できていない謎がある。将来的にいつか判明するとしても、それは紛れもない現実だ。


 ひらくにとって、その最たるものが超能力だった。彼がオカルト研究部に入ることになったおおよその原因でもある。


「超能力って、あなた……そんな前時代的な。今どき少年漫画でも超常の力のことを超能力なんて表現したりしないわよ」

「そんなこと言ってもあるんだから仕方ないし、証明することも簡単だ。はいこれ」


 ちゃり、と金属的な音を立てて物理準備室の鍵が机の上に置かれた。オカルト研究部の部室の鍵は、部活動時は部長が管理することになっている。


 なんらかの業者などが使う客人レンタル用の鍵とは別に存在する、普段使い用のだ。


「俺は一回部屋を出るから、アンタは鍵を内側から閉めてくれ」

「……えっ。どうして? なんのつもり?」

「いいから、ほら」


 拓は言った通り、席から立ち上がって部屋から退出していく。鍵は机の上に置いたままだ。


 洗美も当然『妙な要求』とは思ったが、やけに拓が自信満々なので押し切られてしまった。後に続き、彼を締め出す形で扉を閉め、内側から鍵をかける。


 ガチャン。


「こんなことに、なんの意味が——」


 ガチャリ。


「はっ?」


 。そして、なんの抵抗もなく扉は開き、拓が中に入ってくる。


「……あら?」


 洗美は目を丸く見開き、あからさまに驚いている。念のため振り返り、机の上を確認するが。


「違う。こっそり持っていったりしてない。物理準備室の鍵はそこに置きっぱだ」

「……そうね。鍵の形状も間違いなく私の記憶する物理準備室のそれそのものだし」


 ——えっ? 鍵の形状を一々覚えてるの?


 という疑問を挟む前に、洗美は可能性を排除していく。


「すり替えの線はなさそうだわ。じゃあ合鍵?」

「そう思うなら、次は俺の隣で見てみろよ。袖に鍵を隠すとかいう典型的な手品の可能性も潰せるよう、少し服を捲ってやるから」


 そうして今度は鍵を持った洗美も外に出て、鍵を刺して回す。問題なく鍵は閉まり、ドアは開かなくなった。


 次に袖をまくった拓がドアノブに手を——


「ストップ」

「ぎにゃあ!?」


 かけようとする寸前で、洗美が拓の手を握ってきた。


「……うーん。細工はないわね。確かにこれじゃあどう頑張っても鍵は隠せないわ。ピッキングの道具すら」


 洗美は拓の腕の肌を探り、筋肉と骨の位置に違和感がないかを念入りに確認する。それはつまり、ほとんど手を撫で回して揉み込むようなモーションだった。


 いきなりの異性の接触に動揺してしまう。あまりにも無遠慮なボディチェック。洗美は小柄ながら怪力なので、抵抗することもできない。


「おっ、おい! ちょっ……やめ! 気安く触るな!」

「あら失敬。確かめたいことはもう十分よ。どうぞ」

「……まったく。改めてよく見てろよ」


 拓がドアノブを握ると、鍵穴にはなにも刺さっていないにも関わらず、ガチャリと音を立てて鍵が開き、ドアは先ほどと同じように無抵抗に開いた。


「……なるほど」


 洗美は納得した。

 規模は小さい。実益も特にない。だが目の前で起こったことは紛れもなく超常現象。


「鍵のかかった部屋が他にあれば、いくらでも同じことができる。許可さえ貰えれば何度でもやるぞ?」

「いいえ。十分よ。ドアの方にも細工はないようだし。つまりあなたの超能力とは『鍵を開ける能力』ということね」

「前代部長はこの能力のことを——錬金神の合鍵ヘルメス・グリップと名付けた」

「能力名はかっこいいわね。顔を真っ赤にさせてるあなたはWackクソダサすぎるけど」

「……くっ!」


 能力名を言うのが恥ずかしかったのではなく、洗美に触られたことに対する動揺と照れがまだ残っているだけなのだが。そこは流石に訂正できなかった。


 会って喋って一時間も経ってない内に、しょうもない接触で意識していると思われたくない。


「まあ、ともかく。ここにオカルトの現物があることはわかっただろ?」

「ええ。信じるわ。ね」

「これ以上のオカルト研究部の実績はないだろ? あとは部員をなんとか一人増やせば……」

「認めないわよ?」


 急転直下すぎる断言に、耳を疑った。


「……な、なんだって?」

「それとこれとは話が別。これを単品でオカルト研究部の実績とはカウントできないわ」

「はあっ!? なんで!? だって今、信じるって!」


 意味が完全にわからなかった。だが疑問をぶつけられた側の洗美は、心底呆れ切ったように溜息を吐く。


「さっき言ったことの繰り返しになるのだけど。あなた、オカルト研究部の看板を下ろしたくはないのでしょう? オカルトの現物があったところで、まだ不十分よ。


 更に言うなら私は今日、ここに生徒会長として、校則の番人としてここに来たの。よ。学園の記録に残せる形の実績をよこしなさいと何度言わせるの?」

「な、なら研究文書を適当に急造して……」

「ここから先は個人的な、あくまで学友としてのアドバイスになるのだけど。オススメはできないわね」

「……どういうことだよ?」

「逆に聞くけど。あなた、目の前のオカルトが本物であると証明するのと、偽物であると証明するの、どっちが簡単だと思う?」

「へ?」


 急な質問に面食らうものの、一応拓は考えてみた。今回は能力を披露した結果、洗美はあっさりと信じてくれたが。


 経験則上、これはかなり稀なことだった。前代の部長からは考えられる限りで生徒が実行可能なあらゆる検査を受けたものだ。


 結果『学生が調達できる範囲の検査機器では、これが偽造であるという証拠が発見できなかった。よってオカルト研究部内で超能力は本物として扱う』という部長の根負けの形で決着を付けることになったのだが。そこに至るまでも一ヶ月の時間を要した。


 ここまで時間が経った理由はただ一つ。


「偽造であるという証拠を見つけるのは簡単だけど、偽造していないという証明は膨大な労力がかかるって話か?」

「研究対象が『本物の』オカルトという前提なら、その傾向は更に強まるでしょうね。なにしろ『この世に存在するありとあらゆる科学検査』を順番にして、そのすべてをクリアしたとしても結局『どれかの検査に不正か不備があった』とかの可能性は何度も同じ検査をしないと排除できないわけだし」

「い、いや……流石にそれを学生レベルに求めるのはハナから無茶だろ! 学校の部活なんだから、そこそこのレベルでも……」

「あなたが奇術開発部とかなら別になんとも言わないわよ。でもあなたの主張ではこの能力は本物のオカルトなんでしょう? ここをゆるがせにしてオカルト研究部を名乗らせるのは道理が通らないわ。


 ……あと、こんなことは言いたくないけど。『鍵を開ける能力』の効果的な細やかさも無視できないわね。興味深いと思ったのは事実だけど。怪奇現象と呼ぶには地味すぎるわ。だって『鍵の閉まったドアを開けたいのなら、鍵を用意すればそれでいい』のだもの。『人を蘇らせる能力』とかのレベルでド派手なら長い検査も不必要だったでしょうに」

「そりゃ極論が過ぎるだろうが!」

「ともかく。これをオカルトだと立証するには、仮に適当な急造の仕事だとしてもわ」


 ネックなのは結局そこだった。一週間でこの能力をオカルトだと証明するには時間が足りない。前代の部長が残した研究資料はすべて現存しているが、それをすべてかき集めたとしても洗美は『足りない』と言って突っ撥ねるだろう。


「あとついでに。これも生徒会長としてではなく、私が個人的に確認しておきたいことなのだけど」

「なんだよ?」

「……百歩譲ってこの研究が纏まったとして、あなたはそれを本当に学園に提出していいの? それって悪く言えばってことじゃないかしら?」

「……あっ」


 怒りで茹だっていた脳が急激に冷えていく気分だった。学園の知らない人間にまで能力が知れ渡る可能性に思い至り、軽く嫌悪感が湧く。


 しかし、軽いとは言っても無視できるレベルではなかった。ショボい能力だと侮られる前に、自分自身を研究資料にした痛いヤツだと嘲笑される前に。知らない人に噂されること、それ自体がイヤだ。


「……考え直します……」

「でしょうね」

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