第六話『マゼンタ色の……』

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 その日は、村じゅうが白い霧に呑まれていた。

家も森も輪郭がぼやけて、世界がふわふわ溶けていくみたいだった。


 パン屋さんの匂いのほうへ歩いていたとき──

赤紫マゼンタ色が、霧の向こうでゆらりと揺れた。


「……だぁれ?」


 ひらひらした髪。

 知らないおねえちゃんが、にこっと笑った。


「アタシ? アタシはね、伝承師でんしょうしさん」


「でんしょーし……?

 きょう、霧すごいよ? こわくないの?」


「うん、すごいね!

 でもね、伝承師でんしょうしには“やること”があるの」


 そう言って、おねえちゃんは胸をぽんと叩いた。


伝承師でんしょうしはね、世界中を回って、いろんな出来事を言葉にして集めるの。

 それを“んど”っていう神様に捧げるのがお仕事なの!」


んど……?」


「うん。世界のいろんな“おはなし伝承”を聞きたい神様だよ」


 かみさまにおはなしを届ける人……?

ちょっとすごい。なんだか楽しそう。


「ねぇ、この村の“素敵なこと”って、なにかない?」


「すてき……えっと……パン! パン屋さんのパン、おいしいよ!」


「それだ! 案内して?」

「うん!」


────


 パン屋に着くと、おじさんがいつもの声で迎えてくれた。


「おお、コク!

 ……そっちの嬢ちゃんは旅の方かい?」


伝承師でんしょうしです!

 パンが美味しいって聞いてきました!」


 …


 おねえちゃんはパンを二つ買って、僕の手にもひとつ置いてくれた。


「え……?」

「教えてくれたお礼だよ!」


 はぐっと食べるおねえちゃん。僕も真似してかじる。

……やっぱりおいしい。胸がふわっとあったかくなる。


 食べ終わると、おねえちゃんは紙をとりだした。


「あの、このパンの美味しさ、伝承にしてもいいですか?」


「えっ……パンを?」

 おじさんが目をまんまるにした。


「伝承ってね、特別な英雄の話だけじゃないの。

 人が大切に思ってることも、あったかい出来事も……

 そういうの全部、ゑんど様は喜んでくれるから!」


「へぇ……神様が、こんなパンでねぇ……」


「パン、すっごく美味しいもん!

 かみさまだってきっと好きだよ!」


 僕は胸を張って言った。だって……本当にそう思ったから。


────


 次の日の朝、霧はウソのように晴れていた。

 森も家も、くっきりみえる。


 けど──

 赤紫マゼンタ髪のおねえちゃんは、どこにもいなかった。


「……もう、いっちゃったの……?」


 返事はない。

 でもパン屋の前に立つと、昨日よりもいい匂いがして……胸が少しだけあったかくなった。



 きっとどこかで、

 “ここのパンはすごーくおいしい”

 って、かみさまに伝えてるんだろうな。


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