第二話『青年とダンジョン』

 ダンジョンの中は、思ったよりずっと明るかった。

ところどころ、地上の木漏れ日がそのまま落ちてきたみたいで、ほっとする。


 足音をできるだけ小さくして進む。

地上より魔物が多いのは分かってるし、油断したら噛まれるのは僕だからね……!


 シュルッ──と足元を何かが横切った。肩がびくっと跳ねる。


 ……チュウルだ。

ネズミ型の魔物で、足が触手のようにウネウネしてるちょっと気味悪いやつ。

これがいるってことは、やっぱり……。


 案の定、カプリコットがドスドス走ってきた。

小ぶりなスイカを二つくっつけたみたいな丸い体に、でっかい手。

可愛い顔してるくせに、顔の半分が縦に割れて大口を開ける。


 ──あれ、子どもの頃に初めて見て泣いたなぁ。

 普通、口だと思う位置にも“口の模様”があるせいで、余計怖かったんだ。


 僕は息をひそめ、その場でぴたりと固まる。

下手に動けば、すぐこっちに向かってきそうだ。


 チュウルは奥へ逃げ、カプリコットもそのあとを追って消えていった。


 ……よし、ひとまず大丈夫。


 ここって、弱い魔物ばっかりなのかも。

よし、とりあえずこのまま進んでみよう。


 と──


「……あっ!」


 視界の先に、ぽつんと宝箱があった。

しかも、開いてない。

ここのダンジョンって、もしかして誰も来てない?


 胸の高鳴りが抑えられずに、思わず駆け寄る。

ひんやりした金具に触れ、そっと蓋を開けると──


 キラッ、と赤紫の光が跳ねた。


 細身の刃を持つ短剣だ。

柄頭には赤紫マゼンタ色の宝石が埋め込まれていて、見た目以上に重みがある。


「……え、短剣?」


 いや、これ……結構いいやつじゃない?


 僕の今の短剣はスティレット型で刺突特化だ。

でもこれは、しっかり刃がついてる。切れる。

攻め方の幅が広がるの、めちゃくちゃ嬉しい。


「やった……!」


 思わず声が漏れた。

宝石だって、いざとなれば売れる。

──いや、売らないけど。多分。


 嬉しさで胸がじんわり熱くなる。

こういうのに出会えるから、やっぱり冒険はやめられない。

 ──もっと奥には、まだ何かあるかもしれない。

 そんな期待が湧き上がった、その時。



 ふわり、と

花の香りが鼻先を撫でた。



 ……え?

ダンジョンの中で、花の匂い?


 足が自然と止まる。

胸の奥が、ざわっ……と冷たく揺れた。


 怖い。

けど、気になる。


 風はほんのり温かくて、奥へ奥へと誘うように流れていく。


「……ちょっとだけ、覗くだけ」


 自分に言い訳しながら、短剣を握り直す。

ヤバいのがいたらすぐ逃げればいい。

逃げられれば、だけど……。


 僕は用心しながら、そっと

その花の香りの漂う奥へと歩き出した。

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