第15話

 上司に計画について話していないか聞かれた。

「話していません!」そう言ってはっきりと答えたかったが、案内役の人に話してしまった。それもその娘さんにも話していいですよ、なんて言ってしまった。

 ……あほ。アホ。


 今更悔やんだところで遅い、そらすように聞いた。


「どうして話していないか聞くんですか?」


「それがな、慎重派の連中の中で俺たちの行動が漏れているみたいなんだよ。ま、データを無理やり引っ張ってきているから仕方ないんだが、さすがに一日ぽっきりでばれるなんてな……」


「あ、すみません。すみません!」


「言ってたか」


「はい、案内役の人に昨日の夜言いました。すみません。こんなことになるなんて思っていなかったので、その。すみません……」


 上司はニヤッと笑った。俺は怒号が降ってくると思っていたから、この笑みの意味は全く分からなかった。どうして怒ってないんだ? 逆に切れすぎて笑みを浮かべて……

 俺は次の言葉を待つ。

 じっと頭を少し下げ。


「別に怒っちゃいないさ。しのめ研究員だって自分の母親に言ってんだから。お前も彼女の大して変わらん。そんなことよりもどこから漏れたのか確認したいから聞いただけだよ」


「あの、」


「ん? ああ、別にこの計画から降りろなんて言わねえよ。現状察知されているが、今お前を手放すわけにはいかない。だからこそ、お前は自分のできることをしろ。雑用係としてな」


 もっと慎重に行動すべきだった。人の喜ぶ顔も大事だが、この計画を前に進めてからでもできたはずだ。


 俺はいっそう顔を落とした。

 上司は俺の前から動かず、ただそこに立っている。怒っている人特有の熱気はなく、ただ俺を見るような静かな風。

 実際には一分ほど、けれども体感では明らかに長く、ただじっと上司のすることを待っていた。


「浅木、さっさと顔上げろ。お前をなんで呼んだの知ってるだろ。しのめ研究員と対等に分かり合えるかもしれないって呼んだんだ、今こそお前が活躍する場所なんだからさっさとしとけ」


 上司は強引に俺の頭を持ち上げた。


「起きろ。動き続けろ」


 俺の尻を叩きドアに放り込む。俺は上司に何か言わなければならないことは分かっていながら何も言うことができず、ただドアが閉められるのを待つだけしかなった。

 しのめさんはファーティマと話をしていたが、俺が戻ってきたことに気が付くと、すぐにマイク前を変わってくれた。


 ヘッドセットを頭にかぶり、ファーティマの涼やかな声を聴く。


「浅木さんですね。しのめさんと今さっき文化について話してたんですよ。私たちの文化はすごく面白いみたいで」


「……そうですか」


「はぁ、はい? あ、それで私たちの文化で『川流し』っていうのがあるんです。川流しは別の恒星に向かって今願っていることを送ります。それでその恒星で焼かれるのを確認したら夢がかなうとかどうとか。面白いですよね」


「面白いですね。川に向かって願いを流すみたいに、別の恒星でやるってところが、スケールがとても大きいというか」


 ファーティマさんは楽しそうに声を上げていく。二つ一緒に食べることで美味しくなる食べ物。コルテアの美しい景色。そして文化の粋を尽くした建造物。

 もちろん現物は見ていない、けれども頭に直接送り込まれたようにありありと想像できてくる。


 そして何より彼女の声はとても美しい。

 耳を通り抜けるような……これだとニュアンスが違う。頭の中にすっと入ってくるような明るい声。

 俺の誤りもこの声で溶かしてくれればいいんだけど。


 俺ができること……事前に手を打てること。


「しのめさん、こちら側に何か送っていただくことはできますか?」


「送るですか? それはちょっと」


 まあ断られるわな。けど。


「今まで言っていなくて申し訳ないのですが、この通信を聞いているのはたった三人しかいません。僕――浅木、そしてしのめ研究員と上司。これだけしか計画について知っている人はいないんです。現在地球では慎重派があなた方とコンタクトを取らないように計画している。どんな手を打っているのか知らないけれど、もう話せなくなるかもしれない」


 ……このまま通信を途絶させるわけにはいかない。彼らが友好的かどうかなんてもうやめだ。こっちが信じれば相手も信じてくれる。今回は幸運にもコルテアから信頼してくれたんだ、絶対恩を返すべきだよな。


「俺のせいなんです。俺のせいでこの交流は途絶されるかもしれない」


 彼女の答えは返ってこない。そうだよな、こんな大きいこと一人で決められるわけないもんな。

 今日中に、とは言わないし言えない。彼らの決断にすべてをかけるなんてことはできない。これは俺たちの問題だ。彼らには一切関係がないし、ただ交流を深めたいだけ……


 しのめさんが俺の肩をポンっと叩いた。


「ねえ、それってどう言うこと。俺のせいで交流が途絶されるとか言っていたけれど」


「その、俺、計画を案内役の人に漏らしてしまったんです。さっき上司に呼ばれたのもそのせいで。まだ正確にばれているのかはわらかないんですけど、相当焦っていたので時間の問題化もしれません」


 しのめさんは目を見開いた。すぐに顔を背け、俺に背を向ける。彼女の長く色素の落ちた黒髪は彼女の心を透過してはくれなかった。しかし彼女は言ってくれた。


「ごめんなさい。私もお母さんに言ったの。お母さん口が軽いから言うべきじゃないなんて分かってたんだけど、その、お母さんのおかげで化学が好きになれたし、ここまでこれたから……」


……「本当にごめんなさい」


 俺は何も言えない。そもそも言うことができるのは上司しかいないのだから、俺はしのめさんに向かっていった。


「俺たち言っちゃったものどうしですね」


「そうね」


「俺はコルテアの人たちと交流を続けるため動いてみようと思います。彼らが俺たち人類にとってどれだけ手助けになるか。そして彼らがどんな思いでこちらと交流を取ったのか」


「分かった。私も協力させて。絶対に彼らを守る」


 俺としのめさんは互いの視線をまじわせた。しばらく見つめあう状態が続いたが、すぐにファーティマからの返答が伝わってきた。


「本当に申し訳ないです。私は今すぐに送りたいんですけど、上司のケイルが一か月ほど考えさせてと言っていて。あの人頑固だから話を聞いてくれないんですよ」


 彼女は上司についての愚痴を言い始めた。初めは優しかったが、段々と声が大きくなっていき「ほんっと、いっつもわけ分からないことばっか言っててホント、疲れますよ!」と完全に愚痴モードに突入した。


 俺としのめさんが決心した雰囲気とは全く違う。けれどもそんなファーティマの声は俺の耳に強く残っていった。

 ――こんな風に話してくれてんだ。やるしかないだろ。

 彼女はまだ言い足りないのか、酒が入っているのか、「あぁぁ、疲れますよ~」と愚痴をこぼし続ける。


 俺はファーティマに向かって一つだけ聞いた。


「ファーティマさん、」


「ふ?」


「あなたは地球についてどう思いますか。今知っていることだけでいいんです。想像でもいいからどう思っているかだけ聞きたい」


……「そうだな。私たちコルテア人は戦争に明け暮れていました。これはいろいろの正体です。自分たちで作った知能と争ったり――ま、今は和解して仲良くやってますけど。コルテアは混乱に満ちていた」


 彼女は考えている。コルテアから椅子をきしませる音や、ドアを開ける音、換気扇のような音が聞こえる。


「でも、私たちは同じ惑星の中にいる。地球の人ともっと話せるといいですね」


 だよな。

 ファーティマに礼を言う。


「ありがとうございます。今日から毎日同じ時間で待っているので、コルテア側の結論が出たら教えてください。それと愚痴を言いたいときも」


「わっかりました! それじゃあまた明日?」


「また明日」


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