第12話

 マイクの彼女に聞く。


「そもそもあなた方はどういった意思をもってこちら側とコンタクトを取ることにしたのでしょうか?」


 彼女は澄んだ声でゆったりと明るく答えた。


「私たちはこの宇宙の中で孤独でした。ええ、それなりに文明が発展してきたわけですけど、どこに目を向けてもそこにあるのはただの岩、ガス、不毛な土地ばかり。そんな中やっと見つけたのがあなた方『人類』なのです」


「それなりに発展したとは?」


「えっと……恒星間で物体を送ることができたり、そちら側でダイソンスフィアと呼ばれる構造物を数百年前に建造しました」


 かなり先を行っているか。ダイソンスフィアの建造計画はまだまだ途中だし、おさらく彼ら言っているような完全に恒星を覆い、すべてのエネルギーを吸収するようなものではない。

 そもそも恒星間で物体を送るなんてことどのようにしてやっているんだ? まともな方法なら時間がかかりすぎる。


「今回の物体――私たちが白い球体と呼んでいるものが恒星間で来たことは分かりました。しかしながらどのようにして送られてきたのかについてまだ説明がありません。それに、物体を送れるのならばあなた方自身がこちらに来てもよかったのではないですか?」


「もちろんそうしたいのはやまやまなんです。ですが物体を送るには莫大なエネルギーが必須。もちろん核心はありました。知的生命がこの惑星系に存在すると。

 ……しかしもし理論が間違っていれば、送り出した彼らは何も得ることなくその地で生活を営まなければならなくなる。そちらでは倫理的――と言える制限から数光年程度の惑星系でしかジャンプは行いませんでした」


 一応の制限はあるわけだ。それに彼らの倫理観は人類よりも先を行っているとしか言いようがないな。人間だったら真っ先に乗り込もうとするだろう。


 ――彼女はどこか自分の意志ではないような言葉を話す。当たり前に考えればあちら側にも同じようにチームを組んでやっているはずだ。

 さっき言った通り莫大なエネルギーをわざわざ使っているのだから、それくらいしないと辻褄が合わない。


 しのめさんに確認したら、

「微小な重力異常が通信している最中起こってる。もしかしたら、いえ、確実に彼らは重力の操作方法を身に着けている」と言われた。


 しかしこうも一気に情報が来るのはきついな。頭の中はまだまだ整理しきれそうにもないし、ここからはしのめさんに代わってもらおう。俺が知っている中で一番の知能を持つ彼女ならきっと有意義な会話になるはずだ。


 俺はマイクを彼女に明け渡し、彼女たちの会話とただ見つめた。

 ――しのめさんの口からは理解できないほど素早く難解な言葉があふれ出る。この瞬間のために考え続けてきたのだろう。あの時アイドルだのなんだの言われていたしのめさんとは違い、本当に「知りたい」という彼女か顔をのぞかせていた。


◇◇◇


 しのめさんが真っ先に聞きたいことはあらかた聞き終えたみたいだ。時計を見ると午前四時。ファーストコンタクトから三時間以上経過していた。

 話続けられる彼女も彼女だが、それに答えるあちら側には驚きだ。終始声は変わらず同じ人間が対応していた。「人間」と呼んでいいのか分からないが、俺たちの会話は人間のそれそのものだった。


 最後に次回の通信時間を説明し、いったん通信を切り上げる。

 切る瞬間、あちら側の彼女は言った。


「これからもよろしくお願いします。あ、ちなみに私の名前はファーティマです。覚えていてくださいね」


 ぶちッと通信は途絶。球体で起こっていた重力異常もなくなったみたいだ。


 俺たちは椅子に預けて全身の力をゆっくりと抜く。

 ファーストコンタクト――人類が夢見てきた瞬間が今この部屋で繰り広げられたのか。実感が持てないな。手にはじっとりとした汗が薄く広がっている。

 あ~、現実だったのか? それとも俺は居眠りでもしてんのか?


 しかししのめさんはブツブツと俺に理解できないことを呟き、上司はニヤッとした顔を天井に向けていた。

 俺はセオリー通り頬を指でつねるとやっぱり痛い。ま、そうだよな。これで夢だった時なんて知らんし。俺は腕を天井に向かって思いっきり伸ばす。グ、がぁぁ。こわばってんな、俺。


 だけどそろそろ現実に戻らないとな。二人に向かって声をかけた。


「お二方、そろそろ動きませんか。俺の夢じゃなかったらファーストコンタクトは目の前で起こりました……よね」


「そうね。浅木君の言う通り。じゃ、まとめましょう」


「しのめさんはまだそこにいてください。俺が書くものとか取ってくるんで」


「でも」


「いいんですよ。また連絡来るかもしれないし、俺みたいな雑用係は分からないですから」


 しのめさんは何かを呟いた後、「分かった。お願い」と言った。

 俺は部屋を出て、壁に掛けてある黒板に短いチョークを見つけた。すぐになくなりそうだけど、とりあえず書けりゃいいか。

 すぐに部屋のドアを開け、さっき分かったことを黒板に殴り書きで連ねる。


◇◇◇

・彼らは重力を利用してあの球体を送り込んだ(球体の正式名称は――情報収集型反応器。エネルギー源は吸収した各種電波)


・球体は反応がなければ明らかにおかしい電波だけを収集し、あちら側には送らず補完する。


・統計的にメッセージだと分かった時だけあちら側にデータを送信し、通信を確保する(通信は電波ではなく、微小な重力井戸による物理的な運搬。これなら球体を送り込むよりエネルギー消費も少ないとか)


・こちら側に気が付いたのは半世紀ほど前。

(注)会話は翻訳機を使って行っており、彼らが発する言葉が真の意味を伝えているのか分からない。そもそもどこまでの言語データがあるか不明。


・彼らは炭素生命体。水を利用している。

◇◇◇


 ……これで完成? いや、最後にこれだけ残ってた。


・彼らは友好的(に見える)


 そうだな。今のところは友好的にこちらと接してくれている。宇宙船そうなんてことにはならない方が絶対にいいし、ファーストコンタクトではそのことを確認できた。


 あちら側の彼女――ファーティマさん個人も人当たりがいい。

 直接会えたらいいんだがな。俺はファーティマさんを信じたいけれど、歴史はそれを良しとしない。


 『我々はインディアンになるわけにはいかないのだ』と言った慎重派の顔が浮かんでくる。

 チッ。言いたくはないがあの人の方がはるかに正しいことを言っている。どこまでも宇宙は理性的で感傷なんて待ってくれない。宇宙人も悪しからず。


「しのめさん、さっきの会話からどう思いました?」


……「そうね。う~ん、まだつかみきれないってところ。彼らが知っていることはおそらく私たちの百倍以上。こっちが束になっても太刀打ちできないほど強大で大きすぎる」


「全貌がつかめないですね」


「ええ。最後に一瞬だけ変わったケイルって人もどうなのかな。ファーティマの上司みたいだけど、ファーティマと違って彼女はどこか隠しているようにも見えるの」


「どこぞの上司みたく、ですか」


 俺は上司に顔を向けた。いつも飄々としているだけだが、宇宙船を操作できる。謎ルートで球体監視衛星のデータを引っ張ってくる。そもそもなぜ球体調査に駆り出されたんだ?

 今更考えてみたが、この人はいったい何者なんだ?


 上司はそんな目線に気が付いたのか、いつも通り顔をニヤッとして臭いことを言った。


「え? 俺は秘密結社の一員だ……なんてこというとでも思ったか。浅木もまだまだだなあ。もうちっとだけ考えてみろ。たまたまだよ、たまたま。俺は慎重派にも推進派にも所属してないからな」


「そういうことでいいですよ」


「おいおい、信じてくれよ」


 俺たちはまたチョークを黒板に押し付けた。カタカタと小気味いい音が部屋の空気を揺らがせていく。

 まだ始まったばかりだ。これからセカンドコンタクト、サード、フォースとつなげていけばいい。そんな期待を込め、黒板を白で埋め尽くした。


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