武装法人二階堂商会 ――転生社長は異世界を株式買収で武力制圧する!
InnocentBlue
第1章 最初の買収 ― 村を傘下に入れる
死んだはずの俺を迎えに来たのは、天使でも魔王でもなく――企業の秘書だった。
――ここは戦場ではない。
――だが、故郷の日本でもない。
血と硝煙の戦場を抜けた瞬間、世界はまるで嘘のように静まり返っていた。
草の香りが肺を満たし、柔らかな風が頬をかすめる。目を開けた二階堂漣司の視界に映ったのは、石造りの質素な家々が点在する、高原の小さな村だった。老人が鍬を振るい、子供たちが羊を追いかけ、遠い空には翼竜がゆったりと弧を描く。荒廃した戦場からの落差に、ここが異世界なのだという実感が改めて突き刺さる。
漣司の脳裏に、再び例の声が響いた。
――《スキル発動条件:対象組織を評価中》
――《対象:レンドル村。人口82人。生産資源:小麦、羊、井戸水》
――《現在、盗賊団の脅威により自立困難。買収可能性:高》
思わず口元が歪む。
「……初仕事ってわけか」
村の広場へ足を踏み入れた瞬間、ひどく痩せた老人が立ちふさがった。白髪は乱れ、手には震える杖。だが何より、こちらを見つめる怯えた瞳が、この村が抱える恐怖を雄弁に物語っていた。
「旅のお方、ここは危険です。今はお引き取りを……」
老人の言葉を断ち切ったのは、空気を裂くような甲高い叫びだった。視線を向けると、村を囲む木柵の向こうで埃が舞い上がり、粗末な鎧に身を包んだ盗賊どもが雪崩のように姿を現す。
汚れた鉄片を寄せ集めたような武装。蛇のような笑み。数は三十以上。村人が抵抗できぬことを完全に理解している、残忍な捕食者の目。先頭の男が唇を吊り上げ、木柵越しに怒鳴った。
「女と食料を差し出せば、命は助けてやる!」
その脅しは、村にとっては絶望の宣告。だが漣司にとっては、むしろ好都合だった。
脳内に浮かぶ企業ロゴ。。漣司は冷静にポケットに手をやり――そこにあるはずの携帯も名刺もない代わりに、脳裏に契約書のようなイメージが浮かんだ。
――《オプション発動:臨時子会社化。報酬:戦果の分配》
次の瞬間、漣司の背後で闇が揺らぎ、黒衣の女魔術師が静かに姿を現した。長くダークな銀髪の髪は夜の闇のように滑らかに垂れ、切れ長の瞳は氷のような冷たさを帯びていた。
その名はリュシア・アークライト――漣司がこの世界に転生した瞬間、自動的に
「社長、状況を確認いたしました。対象はレンドル村。盗賊の侵入を受けていますが、損害は最小限に抑えられます」
その声は落ち着ききっており、感情の揺れは微塵も感じられない。
「どうなさいますか?」
「決まってる。最初の買収は、この村だ」
その瞬間、リュシアの瞳が静かに細められる。興奮も畏れもない。ただ、膨大な計算が無音で走り出した気配だけが周囲の空気を引き締めた。
漣司は盗賊団の前へと一歩踏み出す。木柵越しに並んだ粗暴な男たちの視線が、異世界の場違いなスーツ姿の男へと集中する。だが漣司の声は、戦場の残響を吹き飛ばすほどに強く響いた。
「レンドル村は二階堂商会の傘下となった! 手を出すなら、我が社の利益を侵す行為とみなす!」
空気がひび割れたような感覚が走る。村人は呆然とし、盗賊たちは一瞬反応を忘れた。ぽかんと口を開けた盗賊の頭が、数拍遅れて形の悪い笑みを歪めた。
「商会? はっ……商会だと? ふざけやがって! 一人で何ができる!」
その瞬間、漣司は手を掲げ、頭の中で契約を結んだ。
――《戦闘ユニット起動。子会社:獣人傭兵団「牙の旗」》
大地が微かに震え、土煙が巻き上がる。そこに現れたのは、筋骨たくましい獣人戦士たち十余名。大斧を振りかざし、漣司の背後に整然と並ぶその姿は、圧倒的な戦闘力と威圧感を放っていた。
盗賊たちの目が見開かれ、息を呑む。しかし、漣司の背後にはもう一つの静かな恐怖が立ち上がろうとしていた。
リュシアが動く――微動もせずに、両手をゆっくりと掲げる。
その指先から白く輝く魔力が流れ出し、空気を震わせながら周囲を凍らせる。冷気が肌を刺すように迫り、呼吸が一瞬、凍りつく。地面に触れた瞬間、霜が盛り上がり、氷の瘤が瞬時に形成される。
砂塵が氷の光に反射し、細かい粒子が空中で煌めき、戦場全体が白銀に染まる。
盗賊たちは慌てて身をかわす間もなく、凍てつく地面に足を取られ、表情が凍りつく。その冷徹な静寂の中で、獣人傭兵たちは息をひそめ、次の瞬間を待ち構えていた――まるで死神の一団が息を潜めて獲物を狙うかのように。
「――制圧魔法:氷牢フロストセル」
凍てつく光の柱が一瞬にして盗賊たちを取り囲む。悲鳴を上げる暇すら与えず、巨体の頭領格は白銀の氷に絡め取られ、身動きひとつできなくなる。残る者たちは恐怖で震え、獣人戦士の斧の一振りと、リュシアの氷の壁に挟まれ、絶望の叫びを上げながら散り散りに逃げ惑った。
一瞬の静寂が戦場を包む。風が運ぶ冷気に、残った砂塵が光を反射して、戦場全体が銀白に輝く。
村人たちは息を飲み、膝をついて漣司にひれ伏す。長老の声は震え、かろうじて言葉が絞り出される。
「……あなたは、我らを救ってくださった。いったい、何者なのですか?」
漣司はゆっくりと胸を張り、低く、静かに、しかし全身に力の宿る声で答えた。
「俺は二階堂漣司。武装法人二階堂商会の代表取締役だ。この村を買収し、守り、育てる。お前たちは今日から社員……いや、パートナーだ」
その言葉と同時に、再び声が脳裏に響いた。
――《買収完了。レンドル村を二階堂商会の子会社として登録》
――《資産評価:小麦畑+20、家畜+15、人的資源+82》
――《役員配分:リュシア=CFO、牙の旗=戦闘部門》
漣司の胸に、かつて株式市場で味わったあの高揚感が再び流れ込む。数字が現実に変わり、土地と人、戦力がすべて掌握下にある感覚――異世界であっても、それは変わらない、紛れもない支配の実感だった。
唇がゆっくりと笑みを描く。市場を飲み込み、企業を次々と子会社化してきたあの時と同じように、今度は小さな村が、手の中で一つの企業体となった。漣司は広場に立つ村人に向かって、契約書のように頭の中で条件を提示する。
「まずは役割を決める。畑を管理する者、家畜を世話する者、守備に当たる者――全員がこの村の価値を高める社員だ」
リュシアは手元の帳簿を浮かべるように操作し、即座に人的配置と資源の配分を計算する。
「村の生産効率は、現状の五割増を目標に設定します。戦力と食料、労働力のバランスは最適化済みです」
村人たちはまだ戸惑うが、漣司の力強い指示とリュシアの論理的な手腕を目の当たりにし、徐々に安心と信頼の色を取り戻していく。
戦闘の興奮が冷めたその瞬間――ここで生まれたのは、単なる恐怖や威圧ではなく、計算された秩序と経済的支配だった。異世界の村が、一つの企業体として静かに動き始める。
血と魔法と契約書が交錯する世界――戦いの後に残るのは、経営の論理と戦略だけ。そして、二階堂商会の異世界経済戦争は、静かに、しかし確実に加速していく。
「よし……最初の案件は成功だな」
リュシアの冷たい瞳がわずかに光を帯び、口元に僅かな笑みが浮かぶ。
「社長、これからどうなさいます?」
漣司は周囲を見渡し、静かに、しかし確固たる声で答えた。
「決まってる。この世界には無数の村、町、国家がある。全部まとめて――俺が買い叩く」
風に揺れる二階堂商会の旗の下、村人たちは戸惑いながらも歓声を上げる。小さな村の買収は、異世界の地図に新たな力の印を刻んだに過ぎない――だが、この一歩が、やがて大帝国の秩序を揺るがす巨大企業グループの礎となる。
戦闘と契約、血と数字、恐怖と期待――すべてが交錯する中で、漣司の目には冷静な決意が光っていた。
――二階堂漣司の異世界経済戦争は、今、幕を開けたばかりだ。
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