神敵の証を持つ俺、経験値1/10なのに世界最強だった件

はるはるぽてと

第1話 神敵の証を宿すもの


──神が最も恐れた生命は、ひとりの青年だった。


 


世界が沈黙した。

風も、空も、王都全体が――

“見てはいけないもの”を見るように息を呑んだ。


巣界門の前に立つ男は、

ただそこにいるだけだった。


にもかかわらず、

門の奥から現れた“神の守護者”は、

その男の名を知った瞬間、膝を折った。


「……貴様……

 なぜ、現世に生まれ落ちた……?」


声が震えている。

神の使徒が、恐怖を隠せずにいた。


レインは静かに、地面の土を靴で払った。


「そんな大層な理由はねぇよ。

 気づいたら、生きてただけだ」


守護者は後退するように後ずさる。


「その額の刻印……!

 神敵の証……!!

 世界の理を拒む古の刻印ッ……!」


レインは片手で前髪を払った。


額に微かに光る“禍々しき紋”。

それを見た瞬間――

周囲の兵士たちは剣すら握れず硬直した。


王女は両手で口を押さえ、

声にならない震えを体で受け止める。


民は泣き、祈り、膝をつく者まで現れた。


王都全体に、

一つの認識が広まった。


> ――この男は、“神が恐れる存在”だ。




レインは空を見上げた。

沈む夕陽の赤が外套に影を落とす。


(十年前の俺が見たら、笑うだろうな。

 “お前が神に怯えさせるわけねぇだろ”って)


巣界門から黒い霧が溢れ出す。

触れれば精神を焼き切るほどの瘴気。


それを浴びても、

レインは眉一つ動かさない。


守護者は震えながら吠えた。


「人類は本来、限界のない種だった……!!

 戦いの数だけ強くなり、

 死線のたびに進化し、

 遂には神をも――」


レインの視線が横に向いた。


守護者の声が止まる。


「……言わせたいのか?

 俺の先祖が“神殺し寸前まで行った”って話を」


守護者の瞳孔がすべて開いた。


「ッ、黙れッ!!

 だから我ら神々は、レベルという枷を世界に課した!

 成長には上限……経験は数値化……

 貴様らの狂った進化を止めるために!!」


王都の誰も知らなかった“神話の裏側”。


その真実を語る声は、震え、歪み、怯えていた。


レベルとは、

人類を弱体化させるための“神の鎖”。


それでも――

レベルに適合しない人間が稀に生まれる。


旧人類の生まれ変わり。

神のシステムを拒絶する異端。


戦闘経験だけを取り込み、

無限に戦闘本能を強化する者。


その存在こそが――


神敵の証を宿した者。


レインはゆっくり息を吐いた。


胸の奥底が、

遠い記憶の影に触れたように疼く。


(十年前……俺はただの最底辺冒険者だった。

 レベルが全然上がらない理由も知らず、

 経験値が1/10なのは運が悪いせいだと思ってた。

 でも……違ったんだな)


守護者は叫ぶ。


「貴様が動けば……世界が再び歪む!!

 神々の支配が揺らぐ!!

 だから――!」


雷光が走り、

門全体が青白い輝きを放つ。


守護者が魔法陣を展開する。


レインはゆっくりと歩を進めた。


「……俺を止めたいなら、

 神が直接出てこいよ」


あまりにも静かな声だった。


だが、その瞬間――

守護者は魔法陣を砕かれたように崩れ落ちた。


全身が震え、

声にならない悲鳴を漏らす。


「……な……なぜ……?

 なぜその程度の圧で……

 神の使徒たる我が……

 動け……ない……!!」


レインはため息混じりに答えた。


「多分、“思い出した”からだろうな。

 お前らが、昔……

 俺たち人類に恐怖した日のことを」


守護者の目が大きく見開かれる。


「やめろ……!

 その瞳を向けるな……!!

 旧き殺戮の血が……蘇る……!!」


レインは巣界門の前に立ち、

門の向こうの闇を見据えた。


(十年前の俺じゃ考えられねぇ。

 荷物持ちをして、囮にされて、

 それでも生きることに必死だった俺が……)


「……今は、違う」


王都全体が息を飲む。


レインは振り返らずに言った。


「終わらせる。

 神の鎖も、

 迷宮の呪いも。

 全部な」


外套が風を切り、

彼は門の闇へ踏み込んだ。


その瞬間――

世界は再び動き出した。


そして物語は、

十年前の最底辺冒険者レインへと遡る。


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