俺の事をオタク呼ばわりする奴と同居する事になったのだが、婚約前提で過ごすようになってから彼女の様子がおかしい?

譲羽唯月

第1話 いつも俺の事をオタク呼ばわりする子と同居する羽目になった

 七月の放課後。

 教室の中に蝉の声が容赦なく耳を突き刺していた。


 夏休みシーズンに差し掛かった時期の教室は、もう誰も彼もが開放感に浮かれていて、騒々しい。


 相坂巴月あいさか/はづきはいつもの窓際の中央列の席で、ブックカバーをつけたライトノベルを開いて無言で読んでいる。

 ページをめくる指先だけが動いて、クラスメイトの笑い声も、校庭で誰かが蹴飛ばしたサッカーボールの音も、巴月は気にならなかった。


「アンタさ。いつも本ばっかり読んで楽しい?」


 席に座ってラノベを読んでいると、金髪ショートヘアでギャルっぽい特徴を持つ美少女――若葉杏奈わかば/あんなが話しかけてきた。


「いつも暗くて陰キャっぽくて。いわゆるオタクって事でしょ。キモ。高校生にもなって、オタク趣味とか、ありえないんだけど」


 杏奈から飛んでくる言葉は巴月の心に刺さる。

 だが、陰キャという自覚はあった。


 本当は高校デビューを成功させようと中学時代は意気込んでいたが、失敗に終わり、こうして巴月は陰キャのように過ごしているのだ。

 友達は殆どおらず、女子とは目が合っただけで心臓が暴れ出す。だからいつもラノベを読んで一人で過ごす事が多い。


 ただ、杏奈だけはいつも巴月に突っかかってくるのだ。


「ねえ、やめな。ちょっと言い方が酷いって」


 杏奈の友人がニヤニヤしながら止めに入る。


「まあ、アンタはどうせ、童貞でしょうけど。私、アンタみたいな奴と死んでも結婚したくないし」

「もう行こ」


 他の友人にも止められる。


「まあ、私、今日の放課後から良いことがあるんだよね」


 杏奈はテンションを上げながら言う。

 杏奈は言いたいだけ言い切ると、友人らと教室を後にして行ったのだ。


 巴月は皆が教室を立ち去った後でも残っていた。

 皆と同じ時間帯に帰宅すると、通学路で鉢合わせする。

 その為に、ライトノベルを読んで、ある程度時間を潰すのだった。




 それから三〇分後。

 巴月は学校を後に通学路を歩いていると、ポケットの中でスマホが震えた。


 制服のシャツは汗でべったりと背中に張りついている。

 制服のポケットからスマホを取り出してみると、画面に表示されたのは“父さん”の文字。

 父親からの連絡は珍しい。


 父親は会社経営に追われていて、月に一度帰ってくるかどうかの生活だ。

 母親も同じく会社経営の手伝いをすることが多く、家にいる時間は少ない。

 急な連絡に少し身構えながら、通話ボタンを押した。


『おう、巴月。元気か? ストレートに聞くが、彼女はできたか?』


 唐突すぎる質問に、巴月はスマホ越しに思わず足を止めた。

 アスファルトの照り返しが眶を焼く。


「……できてないですけど」

『だろうな! よし、決まりだ』


 父親の声がやけに弾んでいる。


『俺が今取引している会社の社長さんに娘さんが三人いてな。ちょうど高校生で、お前と歳も近い。夏休みの間だけ、うちで預かることになったんだ。いわゆる同居だな、同居』

「……は? ……え?」


 頭の中で何かが音を立てて壊れた気がした。


「同居って……三人とも?」

『そうだ。それとな、夏休みが終わるまでに、お前がその中から一人を選んで婚約しろ。向こうの親御さんもそれで納得してるから。俺も今から帰るから、早く戻ってこいよ。詳しい話は顔を合わせてからだ』


 ガチャリ、と一方的に通話が切れた。


 巴月はしばらくその場に立ち尽くした。

 蝉の声だけが頭の中で増幅されていく。


 同居? 

 女の子三人と? 

 婚約?


 冗談にしては悪質すぎる。でも父親は冗談を言うタイプじゃない。

 現実味が湧かない。いや、現実すぎて胃が痛くなる。


 現在、巴月は陰キャで殆どモテる事のない人生を歩んでいるが、昔は違った。


 小学生の頃はクラスの中心にいて、リレー走でもいつもアンカーを任されていた。

 が、中学に入ってからはアニメとライトノベルの良さに気づき、それからというもの二次元の世界に浸ってしまっている状態なのだ。


 今では体育会系の部活も所属しなくなった事で、運動が苦手になった。自信がなくなり、女子とまともに話せなくなっていたのだ。


女子と視線を合わせるだけで頭が真っ白になる。そんな自分が、三人姉妹と一緒に暮らすなんてありえない。

 絶対に無理だ。


 それでも仕方ないと心で思いつつ、足だけは家に向かっていた。

 どうせ、逃げられない気がしたからだ。




 巴月の自宅はごく普通の二階建て一戸建て。会社をやっているとはいえ、両親は見栄を張るタイプではなかった。


 玄関のドアを開けると、ひんやりとした空気と甘い香水の匂いが巴月の鼻をくすぐった。

 靴を脱いで家に上がり、リビングに足を踏み入れた瞬間から巴月は凍りつく。

 ソファには、すでに三人の美少女が座っていた。


 一人は黒髪の長髪をさらりと流した、静かな雰囲気の美少女。膝の上に文庫本を置いて、穏やかにページをめくっている。

 その隣では、明るい茶髪のショートヘアをした子がスマホを弄っている。スラリとした脚を組んで、どこか退屈そうにしていた。


 そして一番端では、ツインテールの小柄な子が、キョロキョロと部屋を見回しながらソファの上で正座していた。小動物みたいに愛らしい。


 え⁉

 ま、待てよ!


 茶髪のショートヘアってどこかで見たことが――いや、毎日見ている。

 同じクラスの子だ。


「若葉……杏奈さん?」


 思わず声が漏れた。巴月の声に反応するように杏奈がスマホから顔を上げ、目を丸くした。


「え、相坂? なんでアンタがここにいるのよ?」


 予想外の出会いに、二人して固まる。

 そこへ、大きな足音が近づいてきた。

 リビングに入ってきたのは父親だった。

 ネクタイを緩めながら、満面の笑みで四人の前に現れる。


「遅かったな、巴月! さあ、紹介するよ。この子たちが今日からお前と同居する子だ」


 父親は大仰に両手を広げて見せた。


「夏休みの終わりまでに、お前がこの中から一人を選ぶ。それが婚約者だ。いいな?」


 三姉妹はそれぞれ違う表情でこちらを見ていた。


 長女は静かに微笑んだまま、興味深そうに。

 杏奈は“なんでこんな奴と同居しないといけないの”といった顔をしている。

 ツインテールの三女は、目をキラキラさせて、巴月の事を見つめているのだ。

 六つの瞳に囲まれて、巴月はただ立ち尽くすしかなかった。


 外ではまだ蝉が鳴き続けている。でもリビングの中だけ、時間が止まったみたいだった。


 モテなかった巴月の人生は一変した。

 その出会いは巴月に大きな衝撃を与えたのであった。

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