土曜日

 午後八時 K市 某集合住宅

 

『原本は処分した……"そういうこと"にするので』

 

 釘宮良子りょうこの言葉が、耳元でハウリングする。

 

 それなら、本当に焼けば済む話じゃないか。

 

 釘宮さん……何故、連続通り魔・釘宮幸樹の手記を俺に託したんだ。

 

 □□□

 五月九日

 

 井倉晴奈と、初めて話す。

 母親が井倉万莉まりだというので、皆遠巻きにしているけど、話してみると結構気さくな女子だ。


 五月十二日


 井倉は、たまにP活のサイトを見ている。

「止めとけ」と何度も忠告したが、「死にゃしないって」の一点張りだ。

 ……もっと自分を大事に。


 五月二十日


 井倉が、夜中に電話してきた。オカズを放って出る。

「幸樹くん、今ホテル」なんて言いやがるから「バカっ!! さっさと出ろって!!」と言うが、聞きゃあしない。

 最悪な気分だ、ヌこうにもヌけない。


 六月二十日


 井倉は、毎回手製の弁当だ。

「大変じゃないか」と言う俺に、「料理ってのも、色々学べるのよ」と笑う。

「色々って?」

「色々」

 色々って何だ。


 □□□


 この辺は、まだ初々しい少年少女のエピソードだ。多少の歪みは……まぁ許容しないと。俺もそんなに品行方正ではなかった。


 □□□


(判読不能)日


 井倉が、家に誘ってきた。

「母さんいるけど、幸樹に会ってみたいって」だそうだ。

 井倉万莉は、結構普通の人だった。

『いかにも画家』っていう感じじゃない。

(以下、塗り潰され判読不能)


 □□□


 何かがあった。文字と同じペンで塗っているところから、恐らくここを塗り潰したのは釘宮幸樹だ。


 □□□


(判読不能)

 俺も、晴奈の趣味が理解できるようになった。

 楽しい。あまりにも楽しすぎる。

『料理の学び』ってのも、納得した。


 □□□


 恐らく、この辺りだろう。


 この辺から、釘宮幸樹は壊れていった。


 □□□


 万莉さんの絵、俺にもわかる。あれは絵じゃない。記録。


 □□□


 女性画家・井倉万莉について、ネットで読めることくらいは知っている。

 

 現代アーティストの一人で、娘と二人暮らし。少女を題材に、悪夢のような絵を産み出す画家だ。


 幸樹は、悪夢に"あてられた"のだろうか。


 □□□


 田村たむらさんにコクられた。

 可愛いから万莉さんも気に入るだろう。

 田村 文華ふみかはどんな絵になるか楽しみだ。


 □□□


 日付すらない。


 □□□


『微睡み』が完成した。田村文華はこれで永遠になった。


 □□□


 井倉万莉・作『微睡み』。


 無数の目覚まし時計──種類も様々だ──で満たした棺の中、セーラー服の少女が眠っている。


 この手記が事実なら、『微睡み』はこの田村文華を描いたものだ。


 所々塗り潰され、全貌は掴めない上に、釘宮幸樹は、姉・良子に殺害されている。


 そこかしこに殴り書きされている、"カイバラ"も俺にわかるものじゃない。


 ──素人が手を出すパズルじゃないな。


 火災報知器を切る。


 俺は、防水紙の手帳にライターを向けて、全てを炎に委ねた。


 


 

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