第一席

 僕は怪盗の前に立った。


 そして――ガラス容器入りの【偽ホウライの玉の枝】を、堂々と見せつける。


「……! 第Ⅲ類魔法【スティール】ッ!!!!」


 怪盗は目の色を変え、魔法を放つ。

 だが、不発。


早漏あわてすぎじゃ、間抜けパープー。盗難魔法は直接、直視しなければ成功しない。ガラス越しでは無理じゃろう?」


「僕からこいつを物理的に奪わねば、だめってことさ」


「……殺す!」


 怪盗は歯切りし、僕に飛びかかる。そこを――


「やれやれ。動く方向がはっきり分かってる敵ほどやりやすいもんはないけェの」


 クロススパイクが動いた。

 速い。残像すら残らぬ神速の蹴りが、怪盗の肋骨ろっこつしたたかに打つ。


 ――吹っ飛んだ。


 怪盗の体は、オークション会場に空いた大穴から、地上へと飛び出す。


 朝日に輝く町並みを眼下にのぞみながら、採掘系クラン保有の工場の敷地に突っ込み。『桁下12.6 m』と記載された黄と黒の看板をぶち抜いて。

 

 カゴを倒す。

 配管を破る。

 運搬用ゴーレムを転倒。

 詰所を破壊。

 危険物の貯蔵タンクを大きく凹ませて、ようやく着地。


 よろめきながら蘇生する怪盗の足下には――すでにクロススパイクが追いついている。


「まずはウチと遊ぼうや」


「んっんー。オマエに興味はないんだがねェ」


 怪盗は擦り切れた茶色のマントから、一振りの刀を取り出す。

 鞘はつけたまま、上体を深く倒し、居合いの構えをとった。

 

 対して、クロススパイクはなんの武器も持っていない。

 素手である。


「先手を取れたからって、舐めているのかい?」


「いやァ、普段通りじゃ」

 

 クロススパイクは照れくさそうに鼻をかく。


「ウチは革袋商会の配信にゃ、あんまり出ないんじゃ。なんたって、ウチのスタイルは。武器を使わないから、職人クランとしては宣伝にならない。本当に事態がまずくなったときのみピンチヒッターをやっとるんじゃ」


 そう言うと、両足を肩幅に開き。拳ふたつを眼前に構え。

 ギザ歯で実に凶悪な笑みを作ると、ファイティング・ポーズをとった。


「じゃが、あんたにとっちゃ、すこぶる相性が悪い。盗む剣がないからのう!」


「あっそ。じゃ、これも受けきってみろ!」


 刹那、怪盗が抜刀。


 ……思わず息をのむ。

 

 怪盗の手元。抜き放たれた刃が、見えない。

 ただ柄のみが浮かんでみえる。


「……っ!【ゴースト・サーベル】か!」


 クロススパイクはそう言いながら背中をそらす。

 遅れて、頭巾ウィンプルの端に切れ目が入った。


 それが物語るのは、透明な刃の存在。


「ガルトリンゲンの穴の底にある大水晶。それを炉で溶かし、極限まで透明度を高めて鋳造した、不可視の剣じゃのう!」


「んー、よく知ってるねェ」


「当たり前じゃ、もとはウチらが作った剣。それを昔、あんたが盗んだんじゃろうが!」


「んっんー、ご名答。さて、剣の正体を知っているとして……どう対処するってんだい?」


 怪盗は一気に踏み込む。


 クロススパイクが複雑なステップを踏み、身をひるがえす。


 ポルターガイストみたいに、周囲に無数の刀傷が刻まれる。

 近くにあったプラントの、配管が折れる。中から黒い粉塵が吹き出した。


 だが、当たらない。

 

 斬撃は――彼女に当たらない。


「キシシ。そこじゃ」


 クロススパイクは前傾姿勢で、ぐっと踏み、腕を差し出す。


 何かをつかんだ。


「んっんー、片手で白刃取りか!」


「いくら透明でもな、空気とは屈折率が違うんじゃ。じゃけェ、しっかり気をつけりゃ見切れんこともない」


 たしかによく見ると、刀の形に風景がゆがんでいる。

 もっとも振り回されてる状態で捉えるってのは……まさに神業だけれども。


「ふゥん、目が良いんだね」


 怪盗は平坦な声でつぶやくと、剣を引き戻した。


 後方へジャンプして距離をとり。【ゴースト・サーベル】は……あっさりと投げ捨てる。


「じゃあ、これはどうかな! 毒の魔剣【レミング】! こいつは自動迎撃が可能で……」


「遅いのう。あくびがでる」


 マントから飛び出したそれを、クロススパイクは拳で砕く。

 断片がパラパラと散らばる。青い煙が舞う。


「んっんー、出落ちかよ」


 【怪盗】が苦笑する。そして腰に手をやり、身を沈め。

 

 三本目の剣を抜いた。

 

 いや。――剣と呼んでよいものか。

 

 剣の形をした炭、という表現が一番近い。

 黒く炭化した、柄のついた棒。

 輪郭はひどく歪んでおり、切れ味などありそうにない。


 神速で振るわれたそれを、クロススパイクは素早くかわす。


 だが、頭巾ウィンプルが、刃の軌道に、僅か触れた。


 次の瞬間、彼女の頭部は轟炎に包まれる。


「魔剣【遠き星海の熾火】。紙ひとつ切れぬなまくらだが――その刃に触れたものは、消えぬ炎に包まれる」


「……あちいな」


 クロススパイクは燃える頭巾を脱ぎ捨てる。

 栗色の三つ編みが飛び出し、火焔にまぶしく照らされる。


 舞い散る火の粉に目をつむり、裂けた舌を真っ赤に光らせながら、ドスの効いた低音で嘲った。


「その程度の剣一本でウチを仕留められるとでも?」


「一本じゃなかったら。あるいは一人じゃないかったらどうだい? 魔道具【カレイドスコープ】!」


 捨てられた頭巾は、炎の中で身をよじったかと思うと、黒煙と灰燼を残して消滅した。

 

 それと同刻。

 クロススパイクが目を見開いた。


 怪盗が6体に分身していたのだ。

 どれも全く同じ見た目で、見分けはつかない。そして分身の全てが、炭の魔剣【遠き星海の熾火】を握っている。


 ――脅威が、6倍になった。


「頭巾の燃焼が目くらましになったか。どれが本体かは……見逃したのう。しかも、かすったら終わりの魔剣持ち。……ま、全部避けて、全部殺ったらいいだけじゃ」


 そう告げて、クロススパイクは消える。


 手近の『怪盗』の懐に潜り込んだのだ。

 

 電光石火の早業。『怪盗』は剣を振る間もなく、パンチを食らう。


 拳は腹を貫通。骨に入った幾筋ものヒビは、たちまち全身に広がり、そいつは激しい音とともにバラバラに爆散した。


「再生しない。うーん、こいつは分身だったようじゃのう」


 その背後から忍び寄る別の『怪盗』に向かって、ノールックで後ろ蹴り。


 ヒュンとぶっ飛んだ『怪盗』は、後方のコンクリ壁にめり込み、蜘蛛の巣状の亀裂を広げる。

 そこに音もなく接近したクロススパイクが、


「あーん♡」


 口を広げ、鋭いギザ歯で『怪盗』の喉の骨を噛みちぎり、とどめ。

 

 その間にも二体の『怪盗』がクロススパイクに襲いかかる。


 クロススパイクは――足を引っかける。バランスを崩した一人の『怪盗』が、隣の『怪盗』を魔剣で突き刺さし、火柱が上がる。

 

 燃やされた『怪盗』は、断末魔の叫びを上げながら、『火気厳禁』と書かれたタンクに倒れ込み、青い炎とともに爆発した。


 爆風で、瓦礫がれきが飛ぶ。

 とんできたそいつを複数つかみとると、


「【ただの石の剣 Lv.1】……!」


 【刀匠】としてのスキルで武器に変え、残る『怪盗』に投擲とうてき

 正確に眉間に突き刺し、クリティカルを叩き出す。


 弱点を突かれ、ノックバックした『怪盗』たちの、その背後をとり、食らわせるは手刀。

 バケモノじみた膂力りょりょくに裏付けられた手刀は、ただのチョップに留まらず、切れ味は刀剣と変わらない。


 クロススパイクが長い腕を、横一線に払うと同時、『怪盗』の首は黒煙ただよう工場地帯の夜空へと弾け飛んだ。


 破壊された分身が5つ分。バラバラ死体に、焼死体に、首なし死体。

 もちろん蘇生することはなく、うっすら光ったかと思うと、透けるようにして消滅した。


 ――1分と経たぬ間の、殲滅。見事な立ち回りだった。


「そして――お前が本体じゃ!」


 クロススパイクが右腕を突き出し、ただ一人残った怪盗の頸椎をつかむ。


「グギギギ……」


 怪盗が苦しそうな息を漏らし、バタバタと暴れる。


「妹たちは、げにええ仕事をしてくれたのう」


「……なにがだ」


「あの自爆。ノーリスクじゃあないんじゃろ? 自爆時に装備していた魔剣や魔道具は、破壊されてしまう。【飽海泥濘】に【携帯型レオパルト MarkⅡ】……あれがあったら、もうちょっと面倒だったかもしれんのう!」


「あーそういうのいいから。トドメをさすなら、サッサとしてくれないかなァ?」


「じゃあお望み通り!」


 クロススパイクは深く息を吸う。

 彼女の右腕が、ブチブチと盛り上がった。


 怒張した筋肉から生み出される、すさまじい握力が怪盗の首の骨を軋ませる。


 怪物的な力が、そのまま、奴の命を握りつぶす――はずだった。


 クロススパイクの頬を、一筋の汗がつたった。

 


「んっんー。気分はどうかな? 体がねっとり重いだろ」


 いつのまにか、怪盗の声に余裕が戻っている。


「…………クソっ!」


 クロススパイクは舌打ちをしながら、不意に脱力。

 怪盗の首から手を離し、よろめいて膝をつく。


「……なにをしたか……言うてみぃ」


「んー、毒だよ。ボクが二本目に抜き、オマエが壊した【レミング】は、破壊されることを目的とした魔剣。折られると同時に、無臭の毒ガスが漏出する仕組みなんだァ。そしてこのゲームでは毒ガスの効き目は、呼吸量によって決まる。すなわち! たくさん動いて、たくさん息を吸った人ほどよく効くのよォ、お嬢さん」


「……それで大立ち回りを強いたわけか!」


「んー、正解。ボクの勝利は、【レミング】が折られたときに決定した。あとは、息を上げさせ、時間をかせぐだけでよかったのさ」


「……クソが。……やられたのう。もう指一本も動かせん」


 口、鼻、そして右目から。


 クロススパイクは血を流す。毒による末期症状だ。

 

 息が荒い。顔が青い。


 高身長で、体格の良い彼女も、今はずいぶんと弱々しい。


 長い睫毛まつげに縁取られた黄金色の瞳は、もう、目の前の怪盗に焦点が合っておらず。


 ただ――




 その後方に立っている、僕の顔が写っている。




「……致し方ない。クロススパイク、だ」


 僕はクロススパイクに弾丸の速度で接近しつつ――

 

 固有スキル【荒月の咆吼】を発動。


 ピチャンと水音がした。

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