内緒話はクラゲの中で

 立ち話もなんだし場所を変えようか、なんてミネラルウォーターに提案され移動したのは、お洒落しゃれな喫茶店……などではなかった。


 皿に盛られているのは、パンケーキではなく銀の玉。

 そこら中で鳴り響いているのは、ジャズではなく爆音。

 流れているのはなにかの音楽のようだが、叫び声、がなり声、阿鼻叫喚あびきょうかん混ざって耳が痛い。


「なんだ……決闘でもやってるのか……?」


 浮かんだ疑問に即座に反応し、僕の脳内でソフトが立ち上がる。


 プレイヤーとの会話用に開発されたNPCの辞書プログラムが。


【NPC DICTIONARY:パチンコ屋です。ミニゲームを楽しむことができ、戦績に応じてゲーム内報酬がもらえます】


 やけに殺気が漂っているので、決闘会場とか地下闘技場とかかと思ったけれど、「パチンコ屋」。危険な場所ではないらしい。


 ゲーム世界のなかにゲームがあるだなんてマトリョーシカ的で変だけどな。


 おそるおそる僕は辺りを見回す。


 石造りで薄暗い室内に、三列、機械の群れが並んでいる。爆音の元はあの機械のようだ。


 ぴかぴか七色に光る機械を前に、ゴブリンと人間が肩を並べて目を輝かせていた。


 銀の玉をかき集めてキシキシ笑っているゴブリンは当然NPCだが、人間の方はなんだか妙に感情がリアルだった。どうもここだけはプレイヤーが集まっているらしい。


 機械のガラスの窓からは銀色の玉がうごめいているのがみえる。あれにはどういう意味があるんだろう。


 思わず夢中になって前のめりになっていると、ミネラルウォーターが微笑んだ。


「気に入ってくれた?」


「まぁ……にぎやかなところだなって思って……」


「そうでしょ。私、ここにいるととっても落ち着くの」


 落ち着く?


 店内を流れる爆音といい、絶望に頭を抱えて泣き叫ぶプレイヤーたちといい、落ち着くとは縁遠いような環境とは思うのだが……。


 こうみえてこの人、とんだ性癖してるな。


「じゃ、会議を始めようか」


 ミネラルウォーターは長椅子に座って脚を組むと、レインコートの袖からオレンジ色のボールを出し、上に投げた。


 瞬間、天井のランタンに照らされていた周囲が、ふっと陰る。


 見上げると、宙に半透明の巨大なクラゲが出現していた。

 クラゲはゆっくりと下降すると、僕らをすっぽりと覆う天幕てんまくとなった。


【NPC DICTIONARY:パオクラゲ。生息地、ンゴル沼地。ペット化の可能なモンスター。テントとしての使用も可能です。音を遮断する性質があるため、密談用に用いることができます。】


 音を遮断、か。


 確かにクラゲの外側からは何も聞こえない。NPCが笑顔で口パクしながら、すぐそこを走り去っていくが、笑い声ひとつ聞こえない。


 ただ一つ鼓膜こまくを震わせるのは、トク、トク、トクと波打つ音。興奮度パラメーターを反映したBGM――自分の心拍しんぱくだけだ。


 早い心拍は、ミネラルウォーターの美貌びぼうのせいではない。いやそれもあるんだけど、それだけじゃない。


 僕の転生をかけた『ホウライの玉の枝』イベント攻略。それが今から始まる。命がかかっている事案ではあるけれど、僕の心は浮き立っていた。


 今までは敵役のモンスター――ただひたすらにプレイヤーをもてなす側だった僕だけど、ついにプレイする側に回れるんだ!


 なにをやるんだろう。最強武器を求めてダンジョン探索か。それとも最強クランと喧嘩バトルして領地の奪い合いとか……??


「とつぜんだけど、クローバーくん。私が一番好きなものを教えてあげる」


「ほぉ。なにかな」


「それはね、お金なの」


「……?」


「お金は気まぐれ。思い通りにならなくて、振り回されて、でもたまに夢を見せてくれる。その、ままならなさが好き。ついさっきも愛するコインたちとたわむれてきたところ」


 ミネラルウォーターは笑顔で、パチンコ台を親指で指した。


 お金大好きギャンブル中毒ゲーマー美少女ってすんごい属性してるな、君。


「だから、最初の作戦はコインかせぎ。具体的に言うと――『強盗』だね」


 ミネラルウォーターが言った。


 今日の夕飯のメニューでも言うかのように、迷いも、一欠片ひとかけらのためらいもなく、さらりと言った。


 ――『強盗』?


 犯罪じゃないよな? そういうモンスターの略称があるのか?


「あるいは『殺人』、かな」


 犯罪のレベルが上がった……!


「ま、『強盗殺人』だね」


 最悪な形にまとめやがった。――やっぱり、犯罪らしい。


「うーん、クローバーくん、浮かない顔ね。ドラゴン退治とかの方がよかったの?」


 どんよりした気持ちが表情にでていたのか、ミネラルウォーターが眉尻まゆじりを下げて聞いてきた。


「『強盗殺人』は確かに地味に見えるかもしれないけど……稼げるの。それはもう、ダンジョン周回している人たちがお馬鹿に見えるくらい、ラクラクにっ!」


「でも『強盗』に『殺人』って……倫理的に……NGかと……」


「いや倫理って何いってるの、ゲームなのよ、これ」


 確かに数々のプレイヤーを殺してきた僕が言えた話じゃなかった。


「まぁ、いいけど……。それで、誰かから盗むつもりなんですだ?」


「それはね……」


 ミネラルウォーターが指を振ると、宙に四角いウィンドウが現れた。そこに写っていたのは、どこかの街だった。


 真っ黒な夜空の下、木造の巨大な寺院がドンと構えており、その庭園にかれた白砂利しろじゃりの上をスケルトンがゆっくりと歩いている。


「質問だけど、君は金を稼いだら、それをどこに保管する?」


「……? 宝箱だろ?」


「いや……銀行でしょ。で、このゲームでもNPCが運営している銀行があるんだけど、むちゃくちゃな手数料を取られるの。だから大規模なクランだと、資金は銀行に預ける代わりに、地下とかダンジョンの奥地とかに隠し場所を作って保管している」


「それを盗むと……?」


「うん!そういうこと!」


 元気よく答えるミネラルウォーター。


 うん。よく考えると、『強盗』って無茶苦茶に迷惑プレイじゃないか?


 資金を盗まれたクランは正常な運営ができなくなるかもしれない。普通のプレイヤーキルより悪質だ。


「大丈夫、大丈夫よ。このクラン、今は過疎かそってて、アクティブユーザーがほとんどいないの。お金を持ってても宝の持ち腐れなんだよ。むしろ私たちが使ってあげないと可哀想なの、お金が」


 心底悲しそうな顔をして首を横に振るミネラルウォーター。プレイヤーよりもお金に同情する人らしい。変な人だ。


 「私のジョブは盗人シーフ。私の解錠スキルがあれば開けられない金庫はないんだけど……ひとつ問題があるの。それが今写している、ここ」


 ウィンドウに写っていたのは、紫色の鱗に覆われたプレイヤーだった。

 

 【アドベントゥラ・インフィニタ】はファンタジーテイストのゲームのはずだけど、この人はなんというか……機械的メカニック?あるいはSF的?

 

 別の世界から来た人、って感じがする。


 いつかのコラボイベントのアイテムだろうか、と思うも、鱗の衣装なぞ聞いたことがない。


 妙なプレイヤーだな、と首をかしげる僕に、ミネラルウォーターが口を開く。


 「マドゥルク村で活動するクラン、【上終中学校美術部】。ここのクランは、プレイヤーが金庫なの」

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