第4話 雑談配信/声優さんと会った話
「それでさ、怖いシーンが頭から離れなくてトイレに行けなくなってさ‥‥‥」
『漏らした? 漏らした?』
「漏らしてないよ! ‥‥‥いや、お母さんからもらったぬいぐるみを抱えながらトイレに行ったんだよ」
『かわいい』
『幼女じゃんか』
「幼女じゃないから! いやー、それ以外に頼れそうなものがほとんどなくてさ、ほんとは木刀でも構えながら行きたかったんだけどおばけに物理は通じないからね」
シオはそんなことを話していた。今日は特にゲームをやることはなく、ただのんびり話す感じの雑談配信だ。
「しかし‥‥‥俺のファンアートとかちょくちょく見てるけど、俺とイケメン女子の例のエピソードを描いてくれてる人がけっこういるんだよね!」
『確かによく流れてくるね』
「ありがたいよね!! 俺のことを描いてくれてるっていうのもそうだけど、何より色んな絵柄で色んなバリエーションのイケメン女子を見れるっていうのがすっごくありがたい!!」
『興奮してるなー』
『キョウカおじさんが喜んでくれたなら何よりです』
『イケメン女子と美少女おじさんの組み合わせは我々としてもありがたいよ』
『妄想の材料を提供してくれたおじさんには感謝しかない』
「いやー‥‥‥配信者になってよかったー‥‥‥」
『そこで!?』
『そんなところで実感するのか‥‥‥』
「でも、なんでか知らないけど俺の園児服姿のファンアートも増えたんだよね‥‥‥なんでなんだろ‥‥‥」
『仕方ないんだ 我々はあのホラゲ配信でおじさんに幼女みを感じてしまったのだから‥‥‥』
「そんなに幼女みあったかなあ? おじさんだよ?」
『おじさんだったかなあ‥‥‥?』
『あの配信で確信したよね おじさんはやっぱり女の子だって』
『女の子がかわいい服を着るのは当たり前だからね 園児服を着たっていいんだよ』
「こんなおじさんに幼女みを感じたり、女の子だって言ったり‥‥‥ほんとに君らは変な人たちだね〜」
『俺らをこんな体にしたのはキョウカおじさんじゃないか‥‥‥!!』
さて、シオはこんなふうにして雑談配信をしていった。そして、話題はシオが推しているゲームのキャラ(当然イケメン女子)の話になった。
『そういえばあの子のASMRが出るらしいよね』
「そうらしいね‥‥‥!もうお気に入り登録はしてあるよ‥‥‥!」
『気合い入ってるねー』
『でもちゃんと聞ける? 大丈夫? 爆発とかしない?』
「そこなんだよね‥‥‥ASMRなんてそんなの、そんなの聞いたりしちゃったら‥‥‥ドキドキしすぎてしんじゃうかもしれない‥‥‥」
『乙女だ』
『完全に恋する乙女だ‥‥‥!』
『というかさ、キョウカおじさんの作品がアニメ化とかしたら声優さんとかと会う機会があるんじゃない?』
「あー確かに。でもどうだろう。俺の作品にあの人の声が合いそうなキャラとかいたかな‥‥‥。もし会ったとしてもがっつり話したりするのは難しいかもしれないな‥‥‥」
と、シオはそんなことを話していたわけなのだが、ちょっと難しいかもしれないなんて思っている時ほど人は引き寄せるものだ。
「本日はよろしくお願いします」
にこやかに笑いながら、そうやって頭を下げてくれてのはシオが推しているゲームのキャラ、『シュー・クリーム』の声優、青崎アオさんだった。
◇
(あんなこと言ってた矢先にまさか会えるとはね‥‥‥)
シオは今いくつかのライトノベルを並行して書いている。で、そのうちの一つにハーレム系ちょいエロラブコメモノがあるのだが、今回そのASMRを新刊のおまけとしてつけることになったのだ。お姉さん系のキャラのASMRだ。
(確かにあのキャラは声低めだけど、まさか青崎さんが担当になるとは‥‥‥)
シオはもちろんあのキャラ自体も好きだが、声も好きだ。だからその声を担当している青崎アオにも最近興味が出てきたところなのだ。具体的には、青崎アオが声を担当しているキャラが出てくると、ついそのキャラばっかり耳で追っかけようとしてしまうぐらいには気になっているのだ。
だから今、シオはけっこう緊張していた。
「よ、よろしくお願いしまーす‥‥‥」
シオはそう言って頭を下げる。そのシオをアオは不思議そうにじっと見ていた。名前はアオだが、目の色と髪の色はどちらかというと空色に近い。空色の瞳に見つめられて
(えっ、えっ!? なんか俺やらかしちゃったかな‥‥‥!?)
とシオは焦ったが、どうやらそういうことではなさそうだった。アオがこう聞いてきたからだ。
「あの‥‥‥キョウカさんは男の方だって聞いてたんですけど‥‥‥」
シオは公式には男性ということになっている。性転換症で別の性になってしまった人間は、希望すれば元の性を名乗ることを国からも認められている。シオの場合、自身が男であると公式に発表出来るし、公的な書類にも男と記入できる。
だから、シオは男ということになっているのだが、今のシオはどう見ても女性だ。
「ああ、男性ですよ。ちょっと中性的な見た目なのでそう見えないかもしれないんですけど‥‥‥」
性転換症のことは言いふらすことでもないかと思ってこういうふうに言うことにしているのだ。説明がめんどくさいというのもある。
「あ、そうだったんですか! それは失礼しました」
「気軽にキョウカおじさんとお呼びください」
「ふふ。いえ、おじさんはちょっと失礼なので‥‥‥キョウカさんとお呼びしたいと思います」
「ははは、とにかく、今日はよろしくお願いします」
シオはそう言って手を差し出した。握手だ。その手を握ったアオは、そのままシオの手をしげしげと眺め出した。
「あの‥‥‥?」
「キョウカさんって、ほんとに男の方とは思えないくらいすべすべして綺麗な手をされてますよね‥‥‥何か気をつけていらっしゃることとかあるんですか?」
「はっ? え、えーっと‥‥‥」
とりあえず、ユキにもらったハンドクリームがすごくいいと教えてあげた。
‥‥‥
さて、シオとアオはとりあえず収録が始まるのを待っていたわけなのだが‥‥‥
「も、申し訳ございません!!」
よくわからないが、何か機材トラブルが起こってしまったらしく、すぐには始められないということになってしまったのだ。
「しばらくすれば復旧すると思いますので‥‥‥その間、ここでお待ちくださればと‥‥‥ほんとにすいません」
そういって、謝罪するスタッフがシオとアオを控え室に案内してくれた。
「あっ! お二方ともこの後のご予定とかは大丈夫ですか!? もしご予定がおありのようでしたら今日は解散してまた後日集合とかもできますけど‥‥‥」
シオとしては特に予定もない。締め切りとかも大丈夫だ。
「私は別に大丈夫です」
「あっ、私も別に大丈夫です! 何時間でも待てます!」
アオも特に予定はなく大丈夫のようだった。
「そうですか、ならよかったです‥‥‥ほんとすいません! あっ、ここにあるお菓子は全然食べちゃって構わないので、よければお召し上がりください!」
ほんどにすいませんでした、とスタッフは謝りながら部屋を出ていった。後に残ったのはシオとアオ。
(やば。2人きりになっちゃった‥‥‥)
声優さんと2人きりなんて、何を話したらいいのかわからない。とりあえず、シオから話を切り出した。
「あの、今日マネージャーさんは‥‥‥?」
「ああ、マネージャーさんは今日お休みしてもらってるんです。普段一緒にいる人にASMRを聞かれるのって、なんだか少し恥ずかしい気がして‥‥‥」
「なるほど‥‥‥」
アオはにこにこしながら、さらにこう付け加えた。
「それに、キョウカさんと少しゆっくりお話したかったので」
「へっ?」
「見ましたよー、配信。シュー・クリームちゃんがお好きだそうで‥‥‥私の声と演技もお気に召していただけたようで何よりです」
「あっ、あれご覧になってたんですか‥‥‥」
見られていたと思うと、けっこう恥ずかしい。確かに、シオはシュー・クリームの声、演技もかなり褒めていた。「声もめっちゃいい!」とか「ちょっとこの言い方‥‥‥えっちじゃない?」とか「はあっ‥‥‥吐息やばあ‥‥‥」とか、かなりはしゃいでいた‥‥‥いや、めちゃくちゃに恥ずかしいな。普通に死ねる。
「そ、それはまたお目汚しを‥‥‥お耳汚しもか? いや、とにかくなんかすいません‥‥‥」
「いえいえ、大変可愛らしくて面白かったですよ! というか、ゲーム配信以外にも私けっこう拝見させていただいていますけど、どれも可愛くて面白いですよね」
「へっ!? い、いやあそんなことは‥‥‥」
「いやあ、すっごくかわいいですよ! いつもほんとにおじさんなのかなって疑っちゃうくらい可愛くて‥‥‥実際に会ってみてもおじさんとは思えないくらいかわいらしくて」
にこにこしながらシオを褒めてくれるアオ。
なんなんだろう。これは一体どういう状況なんだろう。ドッキリか何かだろうか。それとも、実はアオは暗殺者とかで、自分のことを褒めて褒めて褒めまくって褒め殺ししようとでもしているんだろうか‥‥‥。だとしたら斬新だけど確かに有効な暗殺方法だとは思うが‥‥‥。
シオははにかみながらもとりあえずアオのことも褒めてお返しする。そうしたらアオももっと褒めてくれてしばらく2人で褒め合い合戦をしていた。で、その後一息ついて、2人ともお菓子を食べながらお茶を飲んだ。
さて、褒め合い合戦をしたのちにアオが試しに台本を読んでみることになった。ただ待つのももったいないということになったのだ。
ASMRの台本を開いて、アオが読んでいく。
「『よしよし、いい子いい子。お姉さんが、今から膝枕してあげるからね‥‥‥』」
「んー‥‥‥すいませんが、もう少しこう、なんと言いますか‥‥‥甘々の中に少しだけからかいもある感じと言いますか、なんと言いますか‥‥‥」
シオはなんとか自分の思う感じを伝えようとはするものの、うまく言葉で伝えられない。こういう感覚的なものを言葉で伝えようとするのは難しいものだ。
だから、試しにシオが読み上げてみた。
「えっと、要は‥‥‥『よしよーし‥‥‥いい子、いい子‥‥‥お姉さんが今から膝枕してあげるからねー?』‥‥‥みたいな感じで、この後にちょっと小さく笑ったりしてもいいかもしれませんね」
シオは自分でセリフを言ってみた。アオはそれを真剣な顔で聞いていたが、顔を上げると言った。
「すいませんけど、もう一回言ってくれませんか?」
「えっ? いいですけど‥‥‥『よしよーし‥‥‥いい子、いい子‥‥‥お姉さんが今から膝枕してあげるからねー?』」
アオはシオを真っ直ぐに真剣な顔で見つめながら言った。
「ふむ‥‥‥ちょっと耳元で囁いてくれません?」
「はっ?」
「いえ違いますよ? これは純粋にASMRをより完璧なものにしたいという意識からきた提案でして‥‥‥だから決して下心とかではないんですよ。ほら、よりASMRに近い状況で聞いた方がよりわかりやすいじゃないですか」
「なるほど確かに‥‥‥わかりました」
シオは立ち上がり、アオのそばへ行くと耳元に口を寄せた。
「えと、失礼します」
そしてシオは先ほどのセリフを今度はアオの耳元で囁いた。アオは俯きながら、ぼそっと呟いた。
「めちゃくちゃにいいな‥‥‥」
「なんですか?」
「あっ、なんでもないです。えっとすいません。リクエストいいですか?」
「はい?」
「耳ふーってしてほしいんですけど」
「えと、そんなシーンは今回ないはずですが‥‥‥」
「えっと、それはなんかこう‥‥‥なんというかこう‥‥‥参考のためと言いますか、なんと言いますか、後学のためと言いますか、なんと言いますか、こう‥‥‥とにかくお願いします! 早くしないと時間がなくなっちゃう!!」
「はっはい! わかりました!」
シオはどこか釈然としないものを抱えながらも、アオの耳元にふーっと息を吹きかけた。
「ふーっ‥‥‥」
「ハッ!?」
「どうしました!? 大丈夫ですか!?」
「い、いえ、大丈夫です。ちょっと心臓が止まりそうになっただけですから‥‥‥」
「大変じゃないですか!!」
「い、いえ、大丈夫です。大丈夫ですから‥‥‥」
アオはしばらく耳を押さえてはあはあ言っていたが、やがて息を整えるとシオに向かって言った。
「あの、罵倒とかしてもらってもいいですか?」
「ええ‥‥‥?」
幸いにも(?)罵倒する前にスタッフが入ってきて収録が再開されたので、この控え室でのちょっと不思議な時間は終わりを告げた。
(一体なんだったんだ? あれは‥‥‥)
シオは自分の身に起こった不思議な出来事をうまく解釈できずにいた。のちに、アオが声優界でも無類の声好きで、その業界に入ったのもいい声を聞くためだという話を聞いたのだが‥‥‥まあそれは関係ないだろう。
とにかく、シオは次の配信では声優の青崎アオさんに褒められたというところだけを話して、不思議体験の方は心にしまっておくのであった。
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