第24話 忍べないアイドルと、絶対視線のデコイ運用
週末の王都広場は、いつになく熱気に包まれていた。
「……レオン殿。本当にやるのか」
広場の隅、即席のステージ袖(というか馬車の裏)で、シズクが震えていた。
今日の彼女は、いつもの黒装束ではない。ユノとマルタ(パン屋の娘)が夜なべして改造した、フリル付きの「アイドル風・忍び衣装」だ。
額の角にはリボン。揺らめく影の髪は、ツインテールに結われている。
「やるんだよ。これはただのライブじゃない。『囮(デコイ)作戦』の実地試験だ」
俺は冷徹に告げた。
「今日のターゲットは、広場の地下にある『旧地下水路の入り口』に巣食うネズミ型の魔物だ。奴らは警戒心が強く、少しでも近づくと逃げる」
「だから、拙者が……」
「ああ。お前がステージで歌って踊る。その『絶対注目スキル』で、魔物の視線と意識をすべて釘付けにするんだ」
俺は、スタンバイしている別働隊――カナとユノを指差した。
「その隙に、カナたちが背後から近づいて一網打尽にする。完璧な作戦だ」
「歌って踊る必要は……あるのか?」
「ルナの配信も入ってるからな。視聴者サービスだ」
ルナが魔導具を構えてサムズアップした。
「準備OKです! タイトルは『【初配信】影魔族の新人アイドルが、王都の広場で踊ってみた』でいきます!」
「ううう……忍びの末路がこれとは……!」
シズクは涙目になりながらも、覚悟を決めたように立ち上がった。
「ええい、ままよ! 魔王軍のため、この身を晒そうぞ!」
◇
ステージ(木箱を並べただけ)に、シズクが飛び乗った。
その瞬間。
ザワッ……!
広場にいた数百人の市民、観光客、屋台の店主、そして空を飛ぶ鳥までもが、一斉に首をねじ切る勢いでシズクを見た。
――スキル:《絶対注目(センター・オブ・ワールド)》発動。
「あ、あ……」
シズクが、あまりの視線の数に硬直する。
顔が真っ赤になり、黒い影の体から、シューッと湯気のようなものが出た。
「……せ、拙者は……シズク……で、ござる……!」
噛んだ。
しかも、極度の緊張で棒立ちになり、ロボットのようにぎこちなく手を振った。
だが。
《か、かわいいいいい!》
《なにあの生き物!》
《震えてる! 小動物みたいで守ってあげたい!》
ルナの持つ魔導具に、コメントの嵐が吹き荒れた。
シズクの「影魔族特有のミステリアスな見た目」と、「限界までテンパっているポンコツな挙動」のギャップ。
これが、王都の民衆にクリティカルヒットしたらしい。
「す、すごい引力です……」
ステージの下で、ユノが呆然としている。
「私、今ならステージの上で剣を振り回しても、誰にも気づかれない自信があります」
「よし、作戦開始だ。カナ、行け!」
「あいよー」
カナが、テツ(ミミック箱)を引き連れて、広場のマンホールへ向かう。
普段なら「なんだあの箱は」と怪しまれる光景だが、今は警備兵すらも仕事を忘れてシズクに見とれている。誰もカナに気づかない。
マンホールの蓋を開けると、中からキーキーと鳴き声がした。
ジャイアントラットだ。人間を察知して飛び出して――
ピタッ。
ネズミたちが止まった。
そのつぶらな瞳が、一直線にステージ上のシズクに向けられる。
「チュー……(うっとり)」
「ちょろいねー」
カナが、無防備なネズミたちを次々とテツに放り込んでいく。
テツもまた、シズクの方を見ながら口を開けている。食べる方も食べられる方も、意識はアイドルに釘付けだ。
これが《絶対注目》。
敵の索敵能力、警戒心、殺意、その全てを強制的に「推し活」へと変換する、最強のクラウドコントロール(行動阻害)スキル。
「な、なんだあの騒ぎは!」
その時、人混みをかき分けて、煌びやかな鎧の男が現れた。
勇者アインだ。
「おいおい、俺が歩いているのに誰も道を空けないとはどういうことだ! ん? なんだあの黒いチビは!」
アインは、ステージ上のシズクを見て鼻で笑った。
「はっ! あんな陰気な女がアイドルだと? 笑わせるな! 王都のスターはこの俺、勇者アインだ!」
アインは、シズクの横に割り込んでステージに上がった。
そして、自慢の聖剣を抜き放ち、キザなポーズを決める。
「さあ民衆よ! 俺を見ろ! 俺の輝きを……」
――シーン。
誰もアインを見なかった。
正確には、アイン越しに、その後ろで震えているシズクを見ていた。
「えっ」
アインが固まる。
「おい、こっちを見ろ! 勇者だぞ! 金色の鎧だぞ!?」
アインが剣を振る。マントを翻す。
だが、視線は残酷なほどに彼を「透過」していた。
シズクのスキルは《絶対》だ。
世界で一番気になる存在がそこにある以上、隣で勇者が踊ろうが裸になろうが、それは「背景のノイズ」でしかない。
「ど、どうなってるんだ! おい、そこのお前! 俺を見ろ!」
アインが、最前列の客の肩を揺さぶる。
客は邪魔そうにアインの手を払い、叫んだ。
「どいてくれよ! シズクちゃんが見えないだろ!」
「はあああ!?」
その時、シズクが限界を迎えて、くしゃみをした。
「……くちゅっ!」
小さな影の煙が、ポンと爆発した。
ドッ!
会場が湧いた。
《尊い!!》
《くしゃみ助かる》
《投げ銭! 投げ銭させて!》
チャリンチャリンチャリン!
ルナの魔導具から、投げ銭の通知音が滝のように鳴り響く。
「くそっ、なんでだ! なんで俺よりあんなのが……!」
アインは顔を真っ赤にして、いたたまれなくなり、ステージから逃げ出した。
去り際、マンホールの縁につまずいて派手に転んだが、それすら誰にも注目されなかった。
◇
一時間後。
作戦は終了した。
カナたちがネズミを全滅させ、広場の安全は確保された。
そしてシズクは、ステージ裏で真っ白に燃え尽きていた。
「……もう……無理……」
シズクが灰のようになっている。
「よくやった、シズク」
俺は、彼女にタオルを投げてやった。
「作戦は大成功だ。ネズミは全滅、被害ゼロ。おまけに……」
俺は、セレスが集計した本日の収益を見せた。
「投げ銭だけで、店の一ヶ月分の売上を超えた」
「……は?」
シズクが目を見開く。
「こ、こんな額……魔王軍の予算会議でも見たことがないぞ……」
「これがお前のスキルの価値だ。隠れる必要なんてない。お前はただ立っているだけで、国ひとつ動かせる金と、敵の軍勢を無力化する影響力を生み出せる」
俺はニヤリと笑った。
「どうだ。悪くないだろ、『視線泥棒』ってのも」
シズクは、手元の金貨の山と、遠くから聞こえる「アンコール!」の声を聞き比べ……
やがて、小さく、しかし確かな笑みを浮かべた。
「……悪くない。いや、忍びとしては邪道だが……魔王様のためなら、この道、極めてみるのも一興か」
シズクが立ち上がる。
その背中からは、もう「隠れられない弱さ」ではなく、「見せつける強さ」のオーラが漂っていた。
「レオン殿! 次は何をすればいい! 握手会か! それとも写真集か!」
「やる気満々だな。まあ、まずは……」
俺は、店の奥を指差した。
「次の四天王が来てるみたいだぞ。……今度は、また面倒なのが」
店の勝手口。
そこに、やけに陰気なオーラを背負った、赤髪の少女が立っていた。
彼女の周りだけ、なぜか壁に焦げ跡がついている。
魔王軍四天王、第二の刺客。
「味方を撃つ天才魔導師」の到着だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます