第20話 壊してはいけない戦場

王都郊外、「水晶の洞窟」の入り口には、仰々しい得点板が設置されていた。


 【勇者チーム:減点0】

 【相談所チーム:減点0】


 その横で、主催者席に座るリリアーナ王女が、興奮気味に扇子を仰いでいる。


「ルールは単純ですわ! 洞窟の最奥にいる『クリスタル・ゴーレム』を倒して戻ってくること。ただし!」


 王女が、洞窟の壁から生えている美しい紫色の結晶を指差した。


「この洞窟の水晶は、すべて国の重要文化財です。一本折るごとに減点、粉砕したら即失格レベルの賠償金を請求しますわよ?」


「……きっついルールだな」


 俺は呟いた。

 洞窟の中は、人が一人歩くのがやっとの狭さだ。しかも壁も天井も、鋭く尖った水晶がびっしりと生えている。


「剣を振ったら終わりですね」


 ユノが苦笑する。


「まあ、見てろ。あいつらがどう動くか」 


 先行は勇者パーティだ。

 アインが、自信満々で洞窟に入っていく。


「ふん、要は当たらなければいいんだろ! 俺の剣技を見せてやる!」


 ルナが魔導具を構える。配信スタートだ。

 水晶の板に、洞窟内部の様子が映し出される。

 アインが進む。


 角を曲がったところで、岩陰から魔物が飛び出した。


「出たな!」


 アインが聖剣を抜く。速い。さすがは勇者だ。

 一閃。魔物は真っ二つになった。


 ――ガシャアン!! 


 魔物の後ろにあった、高さ二メートルの巨大水晶も、きれいに真っ二つになった。


「あ」


 アインが固まる。


「……マイナス百点ですわ」


 外で見ていた王女が、冷酷に告げた。

 得点板の数字が、ガシャンと【-100】に変わる。


《うわぁ……》

《国宝が》

《勇者、雑すぎ》


 コメント欄が流れる。


「ち、違う! 今のは魔物が避けたから……!」


 アインが言い訳しながら進む。

 だが、焦れば焦るほど、彼の「強さ」が裏目に出る。


 狭い通路で大剣を振れば壁に当たる。魔法を使えば爆風で天井の水晶が落ちてくる。


 10分後。

 勇者パーティが最奥にたどり着いた頃には、通ってきた道は瓦礫の山になっていた。


 得点は【-1500】。賠償金額に換算すれば、城が一つ買える額だ。


「……ひどいですね」


 フィオが、画面を見て震えている。


「あんなに壊したら、水晶さんがかわいそうです」


「反面教師としては優秀だ」


 俺は立ち上がった。


「よし、行くぞ。Fランクの『運用』を見せてやる」


 ◇


 俺たちが洞窟に入ると、空気はひんやりと冷たかった。

 無数の水晶が、ランタンの光を反射して幻想的に輝いている。


「綺麗……」


 メイリが目を輝かせる。


「うっとりしてる場合じゃないぞ。敵が来る」


 前方から、コウモリ型の魔物の群れが飛んできた。

 数は多い。普通なら範囲魔法で焼き払うところだが、それをやれば天井が崩れる。


「カナ、テツ」


「あいよー!」


 カナが、足元のミミック箱――テツの蓋を叩いた。


「テツ、ごはん! 全部食べて!」


 ガバッ。


 テツが、あり得ない角度まで大口を開けた。

 その口から、強烈な吸引力が発生する。

 風が巻く。


 だが、物理的な風ではない。「魔力を持った獲物」だけを吸い込む、ミミック特有の捕食引力だ。


 水晶はビクともしない。

 しかし、飛んできたコウモリたちは、悲鳴を上げる間もなく、掃除機に吸われる埃のようにテツの口の中へ吸い込まれていった。


 ゴクリ。


 テツが満足げに蓋を閉じ、ゲプッとげっぷをした。


「よしよし、えらいねー」


 カナがテツを撫でる。


《え、なに今の》

《ミミックってあんな使い方できんの?》

《水晶、一本も揺れてないぞ》


 コメント欄がざわつく。


「次、中ボスだ」


 通路の奥に、硬い鱗を持ったリザードマンが立っていた。


 しかも、いやらしいことに、巨大な水晶柱の影に隠れている。


「あー、あれは剣じゃ無理ですね」


 ユノが分析する。


「斬りかかれば、手前の水晶ごと斬ってしまいます」


「勇者なら、迷わず水晶ごと斬る場面だな」


 俺は、ピンク髪の魔導士の肩を叩いた。


「メイリ。あれは悪か?」


「……隠れて待ち伏せなんて、卑怯です」


 メイリが杖を構える。

 その目は、水晶の輝きよりも鋭く澄んでいた。


「綺麗な石を盾にするなんて……悪です!」


「なら、撃て」


「はい!」


 メイリの杖先に、白い魔法陣が展開される。


勧善懲悪魔法アークジャッジ・透過モード!」


 放たれたのは、一直線のレーザーだ。

 それは、手前の水晶に直撃し――

 すり抜けた。


 光は、水晶の中を美しく屈折しながら通過し、その奥にいたリザードマンの胸だけを正確に貫いた。


 ジュッ、と音がして、魔物が灰になる。


 手前の水晶は、傷ひとつなく、むしろ魔法の余波で磨かれてピカピカに輝いていた。


「うっそ……」


 外のモニターを見ていた誰かが、声を漏らしたのが聞こえた気がした。


 俺の頭の中に、赤い注釈が浮かぶ。


 ――メイリの魔法特性:対象の属性による選択的干渉。

 ――「善(水晶)」=透過。「悪(魔物)」=必中。

 ――物理法則を無視した、概念レベルの狙撃。


「すごい……! なんて美しいんですの!」


 外では、リリアーナ王女が立ち上がって拍手していた。


「破壊ではなく、共存! これぞ魔法の真髄ですわ!」


《芸術点たけえ》

《勇者の破壊活動とは大違いだわ》

《ていうかFランクってなんだっけ》


 俺たちは、歩く速度すら緩めずに進んだ。

 罠はカナが鼻で嗅ぎ分けて解除し(というかミミック化させて無効化し)、攻撃はテツが飲み込み、敵はメイリが壁越しに狙撃する。


 そして最奥。


 勇者たちが苦戦した痕跡――砕けた岩と焦げ跡――が残る広間に、ボロボロの「クリスタル・ゴーレム」が再生しかけていた。


「……あいつら、倒しきれてないぞ」


 ユノが呆れた声を出す。


「核を壊さずに、表面だけ砕いて満足したんですね」


 ゴーレムが咆哮する。

 全身が水晶でできた巨体。下手に攻撃すれば、その破片が飛び散って、周囲の壁を傷つける。


「フィオ」


「はい!」


 フィオが前に出る。手には、ピンク色の液体が入った瓶。

「“この部屋の水晶さんたちが、絶対傷つきませんように!」


 瓶を地面に叩きつける。

 広がる香りと光。


 《超過保護ポーション》の広域散布。

 部屋中の水晶に「保護膜」が張られていく。


「ユノ、仕上げだ」


「任せてください」


 ユノが走る。

 剣を抜く。その切っ先が、少しだけ光を帯びる。


「……ハッピーエンドに、邪魔な硬さはいりません」


 一閃。

 剣がゴーレムの胴体を薙いだ。

 音はなかった。

 豆腐を切るように、巨体が上下に分かれ、崩れ落ちる。


 飛び散った破片は、フィオのバリアに弾かれて、壁の水晶を傷つけることなく床に転がった。 


「……クリアだな」


 俺は懐中時計を見た。

 タイムは勇者より五分遅い。だが、そんなことはどうでもいい。


 俺たちは来た道を戻り、外に出た。

 夕日が眩しい。


 そして、得点板の前には、真っ青な顔をした勇者アインと、満面の笑みの王女がいた。


「結果発表ですわ!」


 王女が高らかに告げる。


「勇者チーム! タイム20分! 減点1500! 総合評価、論外!」


 アインが崩れ落ちる。


「相談所チーム! タイム25分! 減点……ゼロ!」


 おおおおお、と歓声が上がる。

 騎士団たちも、貴族たちも、そして配信を見ている国民たちも。


「減点ゼロどころか、洞窟の中が掃除されて綺麗になっておりましたわ! これぞプロの仕事! 文句なしの勝利です!」


「……認めん!」 


 アインが叫んだ。


「こんなの、ただの曲芸だ! 本当の戦場なら、速さが全てだ! ちまちま守りながら戦ってられるか!」


「……まだ分からないようですね」


 俺は、アインを見下ろして言った。


「国を守るっていうのは、敵を倒すことじゃない。そこに住む人と、財産を残すことだ。お前が壊した水晶一つ一つが、誰かの家や命だったとしたら……お前は今日、千人殺したことになるぞ」


 アインが言葉を失う。


「Fランクの俺たちは、力がねえからな。守りながら勝つ方法しか知らねえんだよ」


《言ったああああ!》

《かっこいい》

《勇者、完全論破されたな》


 ルナが、ドヤ顔でアインをアップで映す。

 その情けない顔が、王都中に拡散されていく。

 王女が、俺の前に立った。


 そして、スカートの裾をつまんで、優雅にカーテシー(挨拶)をした。


「……勉強になりましたわ、レオン様。わたくし、王族として、あなた方のような方々が国にいてくれることを誇りに思います」


 その言葉は、どんな勲章よりも重く、そして決定的な「権威付け」だった。


 勇者アインの顔から、完全に血の気が引いていく。


 彼が積み上げてきた「最強」の地位が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。

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