Side:結城香澄

1日目・庭園①

***


​ 気がつけば、私は室内にいたはずの場所から、外の空間へと放り出されていた。

​ 身に纏うものは、いつの間にか、泥だらけの学生服から、動きやすそうな黒いパーカーとカーゴパンツに変わっている。


 ​そして、この周囲。

​ 視界を遮るのは、低く刈り込まれ、幾重にも連なる植え込みの壁だ。まるで巨大な迷路のように設計された庭園。

 遠方を見渡しても、人工的な建造物や人影は皆無。静寂が、この空間の広大さを物語っていた。


 ――​総則には、十人の少年少女がいるはずなのに……。

 孤独と困惑が、私の心を包み込む。しかし、不思議と恐怖はなかった。

その時、視線の先の植え込みの角から、人影が現れた。

「……お前は……」

 そこにいたのは、腰まで届く、艶やかな純黒のポニーテールを揺らす女性だった。

 均整の取れた体躯は、出るべきところは出て、締まるべきところは引き締まった、いわゆる大人の女性のそれだ。

 息を呑むような美人。

 しかし、その装いは異様だった。黒を基調とした動きやすい洋服。

 そして、その腰には、鞘に収められた、一メートル近い日本刀のような長物が装備されていた。

 そのミスマッチな取り合わせが、彼女の異様な存在感を際立たせていた。

 彼女は、腰の日本刀を、まるで愛撫するように指先で軽く擦りながら、警戒を露わにした鋭い目つきで、私を射抜いた。


​「お前も、この【遊戯】の参加者なのか?」

 「お前も」――その言葉と、彼女の毅然とした態度、そして腰の刀。

 全てが、彼女が私よりも遥かに【遊戯】の現実に深く関わっていることを示唆していた。


 経験者。生き残っている者。


 ​今のうちに、彼女と接触し、情報を得ておくべきだ。生存のためには、この女性に頼るしかない。

「はい。私は、今回から参加させていただいていて――」

「黙れ」


 ​彼女の声は、押し潰すような、一切の感情を排した低い音だった。敵意を隠そうともしない、冷たい拒絶。

 まるで、二つの人格が共存しているかのような――。


 ――なにか、気に食わないことを言ってしまったのだろうか。しかし、私は相手の質問に答えただけで――。


​ だが、その声のトーンは、かつて私に投げかけられていた、人を侮辱する「言葉の暴力」とは、本質的に異なっているような気がした。

 これは、侮蔑ではない。生存のための警戒だ。


 ​とはいえ、戸惑いは隠せない。

「え……どうして」

 私の問いかけに、彼女は答える代わりに、ふと空を見上げた。

 太陽はすでに地平線に沈みかけ、空は急速に薄暗い藍色に染まり始めている。

 彼女は苛立たしげに「ちっ」と舌打ちを一つすると、私に顔を戻した。

「これから夜が来る。見捨てると夢見が悪いから、一応、安全なところまで連れて行く」

 彼女はそう言い放ち、すぐに言葉を継いだ。


​「しかし、それっきりだ。一度そこに着いたら、もう私に頼るな。私は誰とも組まない」

 ぶっきらぼうにそう告げると、彼女は振り返ることもなく、巨大な植え込みの迷路の中へと、躊躇なく歩みを進めた。


 ​私は、遅れるまいと、その黒いポニーテールを揺らす背中に、必死で食らいついていった。


***


 黒髪のお姉さんに誘導されるまま、巨大な植え込みの迷路を抜けると、そこはおそらくこの異空間【庭園】の中心に位置する、円形の広場だった。


 ​広場の中央には、古びた大理石の女神像を模した噴水が水を噴き上げており、その周囲を数脚のベンチが囲んでいる。さらにその外側を、分厚い植え込みの壁が取り囲んでいた。

 植え込みをくぐり抜けた途端、体感する空気の質が劇的に変わった。

 外の湿っぽく重い空気とは違い、ここは一気に暖かく、そして軽く、呼吸がしやすい。 

 まるで別のドームの中に移動したかのような感覚だった。

 そして、その広場には、私とお姉さん以外に、すでに三人の人間がいた。

 四……いや――三人、だ。

 一人は、私と同い年くらいに見える、高校生くらいの少年。特徴的な金髪碧眼の持ち主で、まるで映画から抜け出てきたかのような整った顔立ちをしていた。

 残りの二人は少女。一人は銀髪のボブカットという、日本人離れした容姿の中学生くらいの少女。


 もう一人は、栗色の巻き込むような髪が印象的な、落ち着いた雰囲気ながらも、どこか気の弱そうに周囲をきょろきょろと見回している少女だった。


 ​私も、自慢ではないが、容姿にはそれなりに自信があった。

 しかし、この場にいる異様に整った面々の中では、自分が圧倒的に平凡で、弱々しく見えてしまう。まあ、別に気にしないが。

「……あ、あえ?」


 ​奇妙な、戸惑ったような声を出したのは、三人のうち、栗毛色の巻き髪を持つ、気の弱そうなほうの少女だった。


 そして――。

 ……いや、やめておこう。

 少し考えてから、私はその思考を打ち切って、お姉さんに質問した。


「お姉さん、ここは……」

「ここは、【安全地帯】だ」

 お姉さんが口にした固有名詞に、私は思わず首を傾げた。それに気づいた彼女は、心底面倒くさそうに、重い溜息を一つ吐いてから説明を続けた。


​「お前もルールブックで知っているだろう? この【遊戯】は、【十の災い】を討伐するゲームだ。そいつらは、直接攻撃を仕掛けてくるものもいれば、呪いや広域効果で遠距離から攻めてくるものもいる」

 彼女は噴水のある広場を顎で示した。

「だが、この【安全地帯】の中であれば、その全ての効果を打ち消すことができる」

 なるほど。空気が急に暖かく、軽くなったのは、この【安全地帯】が持つ特殊な効果によるものかもしれない。

 そういえば、ここに来るまでの【庭園】の道のりで、【十の災い】に全く遭遇しなかった。あまりの遭遇率の低さに、その存在すら忘れかけていた。

「【十の災い】は、分体も本体も、夜にしか活動しない。だから、ここまで辿り着けた。夜明けまでは、ここが絶対のシェルターだ。だから、お前たちをここまで連れてきてやったわけだ」

 彼女は、広場全体を一瞥してから、付け足した。

「ちなみに、物資の補給もここで行われる。規則に従って勝手にやれ。じゃあな、せいぜい頑張れよ」

 ぶっきらぼうに言い捨ててから、お姉さんは手をひらひらと振ると、来た時の植え込みの闇へと、躊躇なく消えていった。

 その、孤独を纏った後ろ姿が、どうにも心細く、しかし頼もしくも感じられたのは、私の気のせいではなかっただろう。

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