第13話

「先輩〜、ピザ届きましたよ〜♡」

玄関から箱を抱えたトーコがにこにこしてやってくる。


「さっきのは……先輩には刺激が強すぎました?

ほら、ピザ食べて落ち着きましょ〜♡」


完全にお子様扱いになってる。

でも、この笑顔を見ると何も言い返せなくなるのだ。


    ◆


リビングのローテーブルにMサイズのピザが2枚どーんと並ぶ。

ひとつはシズちゃんの希望だった「カニのクリームピザ」。

もうひとつはトーコの「スパイシーチキンピザ」。


アツアツの湯気とチーズの香りが、部屋いっぱいに広がっている。

俺はコーラ。トーコとシズちゃんはオレンジジュース。


「じゃ、いただきますか」


「いただきます〜♡」


「いただきます……兄様」


チーズがとろりと伸び、スパイスの香りが舌を刺激する。


「うまっ……、これはすごいな」


「カニの濃厚さ……幸せです……♡」

シズが目を細める。


「このスパイシーのやつ、チーズがめっちゃ合います〜!」

トーコはほっぺが落ちそうな顔をしている。


3人で食べるピザは、いつもよりおいしく感じる。


「先輩〜、トーコね、チーズ大好きなんですよ。ほぼ毎日食べていいくらい」


「それは……なんとなくわかる気がするな」


「えっ、なんでですか!?」

なぜか照れたようにむくれて、可愛い。


    ◆


食事が一段落したころ、シズちゃんがゆっくりとグラスを置いた。


「そういえば兄様あにさま。会社にいたときに……トーコちゃんと付き合おうと思わなかったんですか?」


「ぶっ……!」

思わずコーラを吹きそうになった。


「なっ……なんだよ急に……」


シズちゃんはにこっとしながら続ける。

「だって兄様のこと、トーコちゃんずっと好きでアピールしてたみたいですし。」


「えっ……ちょ……シズっち!?」

トーコは即赤面して、慌ててジュースを飲んでごまかしている。


「いや……実はだな。トーコのお父さんが社長の知り合いでな。

“大事な娘さん預かっているから、手を出したらクビ”って言われてたんだよ」


「えーーー!そんな話が合ったんですか!それで先輩、トーコが二人で飲みに行こうって誘っても、女の先輩とか社長とか連れて来てたんですね!」


「まぁ……そういう事情があってな」


「じゃあ……先輩はトーコのこと、かわいいと思ってくれてたんですか?」

トーコが、期待半分・不安半分みたいな目で俺を見てくる。

……そんな目で見られたら、嘘なんてつけない。


「それはもちろん。外見だけじゃなくて……性格もいいやつだと思ってたよ」


「……ホントですか?かわいいと思っていてくれたなら、まあ……いいです♡」

照れたように頬をぽりぽりかく。その姿がまたかわいいと思ってしまう。


するとシズちゃんが静かに問いかけてくる。

「兄様……私のことは、どう思っていたのですか?」


黒髪がさらりと揺れる。

真剣に向けられるその瞳は、吸い込まれそうに綺麗だ。


「シズちゃんは……一年のときからキラキラしていて綺麗だった。

それに、美しいだけじゃなくて、努力家で……頑張る姿が素敵だなと思っていたよ」


シズちゃんの目がふっと揺れる。

「うふふ……大学生の時に言ってほしかったですけど……でも、嬉しいです」


トーコが横から口を尖らせる。

「むー、やっぱり先輩は自己評価が低いんですよ。ヘタレなのはトーコが改善してあげます!」


「兄様が自信を持てるように……私の想いを、愛情たっぷりでお伝えしていきますね」

二人の視線が同時に向けられる。


トーコとシズちゃんからの刺さるような視線に、喉がひゅっと鳴る。

「お、おう……、まったく自信ないけど、善処する」


するとシズちゃんが、何かを思いついたらしく、ぱぁっと花が開いたみたいに微笑んだ。

「じゃ、自信のない兄様のトレーニングのために、コラボ配信しましょ。

兄様用のシチュエーションボイスの台本を準備するので、私が指導役、トーコちゃんが審査員役をして、兄様のささやき特訓しましょう」


「おおー!それ面白そう。先輩のイケボのファンも増えそうだし!」


トーコが楽しそうに手を叩く。完全に盛り上がっている。

置いていかれているのは俺だけだ。


シズちゃんは楽しげに続ける。

「じゃ、今日の夜10時からの、トーコちゃんと私のフリートーク配信の企画にしましょ♪」


「こ、コラボ配信……?そんな大勢の前でうまくできる自信ないぞ……」


シズちゃんはくすっと笑った。

「大丈夫ですよ、兄様。たどたどしくて噛んじゃったりしても、それはそれで楽しくなりますから」


トーコも頬を染めながら言う。

「そうそう。トーコも前にシズっちと“甘々ボイス特訓コラボ”したとき、恥ずかしかったけど無茶苦茶反応よくて。切り抜き動画とかもコメントいっぱいついてて」


「ふふ。あのときのトーコちゃん、初々しくて可愛かったもん。

あの時の甘々ボイスは兄様のこと考えて囁いていたんだね。トーコちゃん可愛い」


「うぎゃっ……シズちゃん、思い出したら恥ずかしくなっちゃうからやめて~!」

顔真っ赤でうずくまるトーコ。


その様子を楽しげに眺めつつ、シズが俺へ向き直る。

「兄様、台本は準備しておくので……配信までに、トーコちゃんの甘々ボイスのアーカイブを聞いておいてくださいね」


「わ、わかった……」


「恥ずかしいから、トーコがいないところでこっそり見てくださいね……」

潤んだ瞳でお願いされ、胸がぎゅっとなる。


……こんなの、断れるわけがない。


   ◆


キッチンからは、トーコが夕食を作る音が聞こえる。


俺はL字ソファでイヤホンをつけ、タブレットで“甘々ボイス特訓コラボ”のアーカイブを再生した。

再生回数は10万回超え。


映った画面には、恥じらいながら甘いセリフを言うVtuber姿のトーコ。

指導役として優しく囁くシズちゃん。

チャット欄は大盛り上がりだ。


“かわいい!”

“初々しさが刺さる”


……そりゃ人気出るよな、これ。俺が見てるだけで心臓が変な音するんだから。


その時――


「先輩〜、味見してもらえます〜?」

キッチンからトーコの声。

鍋を混ぜる木べらの音と、バターの香り。


「わかった」


俺が立ち上がった拍子に――イヤホンがタブレットから、スポッ、と抜けた。

タブレットのスピーカーからそのまま音が再生される


『……先輩……そんなに見つめられると……トーコ、恥ずかしい……♡』


キッチンに流れ込む、トーコの甘々ボイス。

固まる俺。

真っ赤になって固まるトーコ。


「は、はぅぅぅぅぅ……!!」

顔を手で覆って、トーコがぷるぷる震えた。


次の瞬間――


「近くでは見ないでって言ったのに〜〜っ!!せんぱいっ!! 夜の配信は覚悟しておいてくださいねっ!!!」

完全に照れて怒っているが……それすら可愛い。


顔を真っ赤にして俺をにらんでくるトーコを見て、胸がドキッと鳴った。


(……やばい。俺、もう相当重症だな)


その日の夕暮れ、俺の心はもう完全に2人に振り回される運命にありそうだった。

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