第10話
「じゃ、先輩。トーコ、作っていきますね〜♡」
エプロン姿のトーコが、髪をゴムで結んでキッチンへ立つ。
オーバーサイズのTシャツの裾がふわっと揺れ、まとめた髪からこぼれた茶髪が頬にかかっている。
「ダーリン」――といってこの前トーコがからかってきた光景を思い出して少しドキッとする。
シズちゃんはスマホを胸元に抱えながら、トーコに声をかけた。
「トーコちゃん……動画で使えるように料理シーン撮ってあげようか?」
「う、うん。あとから編集しやすいようにフライパンの上から料理だけ撮ってね?」
「もちろんです……トーコちゃんのリアルの可愛さが伝えられないのが残念だね。」
「へぇー、Vtuberでも実写を使うことあるのか?」
「
「確かにイメージと違うと冷めちゃいそうだもんな」
「じゃ、玉ねぎ切っちゃいますね〜」
トーコが料理を始める。俺も動画に音が入らないように声を潜める。
タタタタタッ――
まな板を叩く音が、キッチンに心地よく響く。
炒める油がじゅっと跳ね、
玉ねぎが透明になっていく甘い香りがふわりと漂った。
シズちゃんは、スマホを構えながらうっとりした声で実況する。
「トーコちゃん……横からのシルエット、エッチ……うなじも……すごくそそる……」
「ちょ、シズっち!? 言い方がおじさんっぽいよ!?」
「ふふ、照れてるトーコちゃんも、かわいいねぇ」
「もー、もっとおじさんになってる~!」
◆
「鶏肉も切っちゃいまーす」
続いて鶏肉を小さく切る音。
フライパンへ入れると、じゅわぁっと弾ける音が部屋を満たした。
トーコは、炒めた玉ねぎと鶏肉をフライパンの端に寄せると、空けたスペースにケチャップが加える。熱せられたケチャップの甘酸っぱくてこってりした香りが広がり、食欲をそそる。
オムライスの中身のチキンライスの完成だ。
同時進行で、別の鍋ではベーコンと枝豆のスープがコトコト。
シズちゃんも鍋を上から撮影したり、トーコの後ろから撮影したりと、いろんなアングルで撮影を続けている。
「じゃラスト、卵焼きますよ〜♡」
ボウルで卵を混ぜるコツコツという音。
フライパンに流し込むと、卵がふわっと広がる。
トーコの手首が軽く返り、半熟の黄金色がゆらりと揺れる。
そして――
チキンライスの上に、ふわふわのオムレツを乗せる。
「いきますよ〜……えいっ」
包丁が中央に入る。
とろっ……
オムレツがふわぁっと開き、
チキンライスを覆うように溶け広がっていく。
「とろとろ……綺麗……」
シズちゃんがつぶやく
俺も声は出せないが、心の中で感動していた。
これは……本当にすごい。
◆
4人掛けのダイニングテーブルに、
出来立てのオムライスとスープを並べる。
漂う香り。湯気の揺れ。
なんだか幸福感がじんわり広がる。
「じゃ、いただくとするか」
「トーコちゃん、いただきます……」
「いただきます〜♡」
スプーンを入れると、卵がとろりとほどけた。
……うまい。
チキンライスの甘みと、とろとろの卵の相性が最高すぎる。
「これ……めちゃくちゃうまい」
「ほんと……好きな味です……」
「えへへ♡」
「先輩もシズちゃんもチキンライス、おかわりありますよ〜」
「じゃあ、おかわり!」
「はーい♡」
シズちゃんもトーコも嬉しそうで、その顔を見てるだけで幸せを感じる夕食だった。
◆
食後、俺はテレビの前のL字型のソファに腰を下ろした。
シズちゃんとトーコは、俺の右前のソファの一角に2人並んで座っている。
その光景は、食後の一家団欒みたいだな、とふと思った。
「兄様……引っ越してばかりですが、とっても楽しいです」
「先輩の家、広くて落ち着きますね〜」
シズちゃんとトーコの声で、柔らかな空気が部屋に満ちる。
シズちゃんはそっと視線を落とし、丁寧に言葉を紡ぐ。
「ふふ。こんなふうに、みんなで過ごせて……幸せです。
トーコちゃんも私も、ずっと“大好き”だった人と一緒に過ごせて……」
そうだな幸せだな。ずっと大好きだった人一緒だと。
えっと、ずっと大好きだった人?・・・って俺のこと?
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