第14話『雨』
「ちくしょう! 縄を解きやがれぇ!!」
「お馬鹿さんねぇ。そんな事言って、本当に解いてもらえるなんて思ってないでしょう?」
全部で八名の男たちが、どこかしらに負傷を受けながら縄でグルグル巻きにされていた。
旺馬たちが戦った者が六名。ガーランドたちが戦った者が二名の計六名。残りの者は直ぐに戦闘を止めて、散り散りに逃げていった。
その内の一人で、北側にいた盗賊のサブリーダーの男を、ガーランドが締め上げる。
「結局、こちら側が本隊だったみてえだな。で、狙いはグン・ヌーか?」
「へっ! そうだよ。こんな大量のグン・ヌーに、手薄な戦力の一団とくりゃあ、狙ってくれって言ってるようなもんだぜ」
「ふーん……そうねぇ。でも、なんであたしたちの戦力が手薄なんてこと、知ってるのかしら?」
「そ、そりゃあ……お前たちの後をつけてきたからに決まってんだろう!!」
「だそうよ? どう思う、オウマちゃん」
シズラーは流し目を旺馬に向け、鼻を鳴らす。
「それは、あまり考えられませんね。僕の
「だろうな。おい、てめぇ……嘘をついてるなら、考え直した方がいいぞ? いま正直に言えば、多少の温情をかけてやることは出来る」
「し、知らねえ! わからねえ! 俺たちは、首領に言われてお前たちを襲うよう言われただけなんだ! マジだぞ!!」
「あら、さっきはあたし達の後をつけてきたって言ってたじゃない。語るに落ちるとはこのことね」
シズラーの追求に、サブリーダーの男は滝の様な汗を流す。
明らかに動揺しているその様子に、旺馬は妙な違和感を覚える。
「何か……知られると不味いことでも、あるんですか?」
その言葉にビクリと体を揺するサブリーダー。
他の面々も、顔面を青くしたり白くしたりで、全員が焦っている様子だった。
「ま、まずいんだ……俺たちは、おれた、おれ、おおおれえおろおえおえ、お?」
「っ! 離れろ! オウマ!!」
「っ!?」
サブリーダーの男が急に体を激しく揺らし始め、痙攣を起こす。
そして、白目を剥いて口角に泡を散らしたかと思うと、そのままパタリと倒れて動かなくなってしまった。
「し、死んだの、か……?」
「いや……息はある。だが……」
ガーランドはすぐに他の盗賊の男たちを見たが、時すでに遅し。
全員が先程のサブリーダーの様に悲惨な姿になり、気を失っていた。
「精神系のスキルかしらね……モズリ、わかるかしら?」
「…………無理、かな。魔力の残滓が見えない。精神操作の類いであれば、繋がりの糸が見えるはずだもの」
「だが、どう考えてもありゃあ異常だったぞ? ん? どうした、オウマ?」
ガーランド達が考察を言い合っていると、旺馬がスマホを取り出して、サブリーダーの男に翳していた。
『そうデス、マスター。このカメラ機能を使えば、生物の内部を透過して見ることが可能なのデス』
ガーランドがスマホの画面を覗くと、そこにはサブリーダーの形をした、何か白く透き通った映像……骨格が撮されていた。
「念の為にスマホで周辺の敵性生物がいないか確認していたら、気絶しているはずの盗賊たちから反応がありまして……ミコトに聞いてみれば、どうやら盗賊の中に何か潜んでいると……あっ! こ、これ!!」
旺馬が手を止めたのは、サブリーダーの男の頭の上だった。ちょうど脳がある部分。そこに、何か多数の脚を持つ生物が、内部で蠢いているのが見えた。
「これは……虫?」
もしや、この虫がサブリーダー達の異常行動の原因ではないか。
旺馬が推測を口にしようとしたその時。
「……ガーランド。なにか、来る」
モズリが顔を上げ、遠くの地平線をみやる。
それに釣られて旺馬も顔を上げると、向こうの方から土煙を上げながら近づいてくる者が見えてきた。
「敵性の反応があります! 逃げた盗賊の仲間かもしれません!」
「さっきのが本隊かと思ったが、まだ控えてやがったか。オウマ、他に反応はないか?」
「…………大丈夫です! あ、あれ? でも、なんで反応が一つしかないんだ?」
向かってくるのは恐らく捕まった盗賊の仲間を救いに来た本隊であろう。
にもかかわらず、スマホの反応では敵性のシンボルは一つしかなかった。
「よぉ。俺様の可愛い部下どもは、ちゃんと生きてるか?」
砂ぼこりをあげながら駆けてきた騎獣。それに跨がるモヒカンの偉丈夫は、まるで友人に挨拶をするかの如く気軽さで、ガーランド達に問いかけてきた。
「てめぇが、盗賊の親玉か?」
「あぁ、そうだ。ん? お前、同業か。纏う空気が物語ってるぜ?」
「……いいや、違う。てめぇと一緒にすんな」
「はっ、元ってやつか。まぁ、いい。俺の部下からの伝言は聞いたか? なら、大人しくグン・ヌーと家を渡しやがれ。そしたら命だけは助けてやるよ」
「そんなふざけた話、聞くとでも思ってるのか?」
「聞くさ。戦えねえ様な奴等を引っ張ってくるような、甘ちゃんならな」
「なに?」
盗賊の首領は、ニヤリと口角を上げてガーランドをみやる。と、その時だった。
「ブモオオオォオオオオオッッッ!!」
背後に控えていたグン・ヌー。その一頭が、突然暴れだしたのだ。
突然のグン・ヌーの異常行動に、他のグン・ヌーも釣られて興奮状態に陥る。
二頭から三頭で家を一件牽くことが出来る巨体とパワーを持つ獣が、突然暴れ始める。
それは、ただの獣が暴れているのとは訳が違う。
踏み鳴らされた大地は激しく揺れ、砕かれた石は飛礫となって辺りを穿つ。
ましてや、その口には家を牽引するための縄が噛み締められているわけで。
「きゃあああぁぁぁ!?」
「うわああぁぁぁ!!」
「ひっぃぃぃいいい!!」
移動式住居が左右に振り回され、その反動でギギギと建物の軋む音が響き渡る。
家に避難していた老人や病人、子ども達は激しく揺さぶられ、絶叫を上げる。
「や、やめろ!! あの中には年寄りや子ども達が!」
「あぁん? 知らねえなぁ? なんだ、勝手に暴れ始めたのか? ひゃっひゃっひゃ! ペットの躾は飼い主の責任だろうがよぉ!」
「ガーランドさん! このままじゃ家が!!」
「ぐっ……! クソぉ!!」
ガーランドは暴れるグン・ヌー目掛けて走り出す。
──いまならば、まだ被害は少ない。すまん!
ガーランドは拳に力を込め、炎を顕現させる。
大地を蹴って飛び上がり、グン・ヌーの眉間に目掛けて手刀を振り下ろす。
轟ッと激しい音と共に炎が宙に軌跡を描き、グン・ヌーの眉間に手刀が突き刺さる。
そして、一瞬遅れてから炎が吹き上がり、暴れるグン・ヌーは頭部を焼かれて崩れ落ちた。
巨体が倒れ伏し、大地がひとつ揺れる。
軽やかに着地したガーランドは、旅を連れ添ってきた仲間の死を悼みつつ、盗賊の首領を睨みつけた。
「おい、てめぇ……どうやったか知らねえが、これ以上俺たちに手を出すってんなら、命はねえぞ」
「おぉ、怖い怖い。そんな目で俺様を見ないでくれよ。びびってしょんべんをちびっちまいそうだ! ひゃっひゃっひゃっ!!」
肩を揺らしながらおどけて見せる首領に、ガーランドのこめかみに青筋が浮かび上がる。
その怒りは熱となって現れ、ガーランドの周囲の空気が、陽炎の様に歪み始める。
「不味いわね」
「え……?」
「親分は頭に血が上ると、周りが見えなくなっちゃうのよ。普段はそこまで怒ることはないんだけど……あの盗賊の首領、わざと親分を怒らせてる節があるわ」
「なら、止めなきゃ!」
猛るガーランドへと向かおうとする旺馬。だが、それはシズラーに後ろから肩を掴まれて阻止された。
「止めておきなさい。見て」
そういってシズラーが指差したのは、首領へと向かって歩みを進めるガーランドの足元。
その一歩一歩が踏みしめる大地は、まるで沸騰したかのように泡立ち、溶けて赤熱していた。
「いまの親分に近づくものは、誰であろうと無事じゃ済まないわ……でも」
(何故、首領はそんな事を? まるで、自分の命など最初から考えていないみたいね……)
シズラーが抱いた違和感。その正体は、いまだ中央のピースがかけたパズルの様に全容が見えてこない。
それでも。シズラーは辺りを注視しながら、何かヒントがないかと考えを巡らせる。
だが、その答えが出ない内に、ガーランドと首領はお互いの間合いまで距離を縮めていた。
「さぁ、その力を見せてみろよ! 大精霊に選ばれた、その力って奴をよぉ!! それとも、次は後ろのガキを見せしめに殺してやろうかぁ?」
「ぐっ……! うおおぉおお!!」
「っ!? 親分! ダメ!!」
舌を出してガーランドを挑発する首領。
その動きを止めんと、シズラーは駆け出そうとした。
だが、それよりも早くガーランドの拳が首領の腹を貫き、首領の体を紅蓮の炎が燃え上げる。
首領は少しの抵抗することもせず、“あえて”拳を受けたようにも見えた。
「ひゃははは! アチい、アチいよぉ! ひゃっひゃっひゃっ!!」
燃え盛る火炎の中、首領は笑っていた。
「な、なんだ……なんだって言うんだ……!」
まるで『死』を恐れぬその姿に、旺馬は戦慄を覚える。
「見てくれましたか! 大精霊様!! 俺は、貴方の忠実な……し、」
煌々と燃える中、首領の黒い影が天を仰ぎ両手を広げる。
その影が崩れ、地面に焼け落ちるのを誰しもが黙したまま見守っていた。
そして、ぽつりぽつりと地面に黒い染みが広がり、あっという間に辺りは雨音に包まれるのであった。
◆◆◆
「それじゃあ、盗賊たちの頭の中に……その虫がいたのね?」
シズラーがテーブルに置かれた、焼け焦げた虫をまじまじと観察しながら旺馬に問う。
「はい。僕のスマホで見たところ、そのグン・ヌーの中に居たものと同じ形の物がいまも居ます。ただ、先程までは動いていたし、敵性反応もありましたが……いまはそれが見られません」
「……これは、虫というよりも魔物に見える」
「そうね……あたしも同じ意見よ。それに、こんな大きな物が頭に入っているなんて、想像もしたくないわね」
虫の大きさは全長およそ20cmほど。その細長い体を器用にくねらせ、脳内に潜伏していたのだ。
「それで、ガーランドさんはどちらに……?」
「いまは、屋上で一人雨に打たれているわ。そっとしておいて上げなさいな。殺しちゃったあの子ね、親分が一番気に入ってた子なの。
旅団が出来て火と鋼の国を出るときに、最初に買ったのがあの子だったわ」
「そう、ですか……」
「さ、オウマちゃんもそろそろ休んだ方が良いわ。顔色が良くないわよ」
「……はい。そうします」
呟くように返事をした旺馬は、ゆっくりとした足取りで部屋を退出する。
その後ろ姿を見つめつつ、モズリはため息を吐き出す。
「オウマは、弱すぎる。戦士であれば、相手の死など気にしては生きていけない」
「えぇ、その通りね。でも、それがオウマちゃんの良いところでもあるわ。それに、無理もないわよ。オウマちゃんのあの感じ……いままで、人の死とは遠いところで生きてきたんでしょう。
それはこの世界では生きづらいけれども、とても幸せなことよ」
精霊遊戯が行われ、その覇を巡って世界の各地で緊張の糸が張り続けるこの世界で、死から遠い場所などそうない。
戦争、飢餓、病。あらゆる死が蔓延るのが、ヴァーニクスという大精霊達の盤上なのだ。
生まれながらに戦士の宿命を背負うモズリからすれば、それは甘いと感じるのも当然である。
だが、手に入れようと思っても手に入れることの出来ない、その平和な世界を夢見た事がないわけでもない。
旺馬の去った扉を、モズリは少しばかり眩いものを見るように、目を細めて見つめるのであった。
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