第17話 リストラと大事なこと

 第2回順位発表式。

 それは、これまで共に汗を流した仲間の多くが姿を消す、処刑の日だ。

 スタジオには重苦しい沈黙が張り詰めていた。MCが淡々と順位を読み上げていく。

 俺、西園寺ルキも、34位という首の皮一枚の順位で名前を呼ばれた。

 だけど、Fクラスで一緒だった孔明やハルカは、その名を呼ばれなかった。

 そして。


「……第36位、坂下綾人」


 会場がざわめいた。元天才子役、Aクラスの実力者の綾人。本来なら落ちるはずのない彼が、脱落となった。

 原因はたぶん、番組側の悪意のある編集。

 前回のチーム練習中、シュウを熱心に指導していた綾人の姿が、放送では「一方的に怒鳴り散らすパワハラ」として切り取られていたらしい。合わせて、子役時代の調子に乗った行動が掘り起こされて、視聴者の好感度は暴落してしまった。その結果が、これだ。


 別れの時。綾人は泣かなかった。

 ただ、悔しさで唇を噛み切りそうな顔をしながら、俺の肩を殴る。


「あんたが残ってるのに俺が落ちるとはな。……俺の分まで、爪痕残せよ」


 それだけ言い残し、綾人はステージを去った。

 あまりにあっけない幕切れに、俺は拳を握りしめる。これが、見られる商売の怖さだ。編集ひとつで、人の夢は簡単に潰されてしまう。そこにある真実とか、信念とか、そんなものは無かったことにされてしまうのだ。

 胸が、痛む。


 *


 感傷に浸る暇もなく、現実は次なる試練を突きつけた。

 俺たちに指示されたのは、チームの再編成だ。


「チーム内投票、か」


 俺が所属するGuiltyチームは、全員が35位以内で生存した。定員5名に対し、現在7名。つまり、2名がこの部屋から出て行かなければならない。

 練習室に戻った俺たちの空気が、一段と重くなる。


「残酷だけど――」


 リクトが静かに言う。


「――チームの勝利のために、『必要ない』と思うメンバーの名前を書こう」


 必要ない。

 その言葉が重くのしかかる。

 俺は冷や汗が止まらなかった。実力、人気、ビジュアル。どう考えても俺が一番不要だ。それをハッキリ言葉にされたことで、残酷なまでに自分の価値が露呈してしまうことに気付いて、怖くなった。俺の社畜としての生存本能が、最後に悪あがきする。


「おっ、お願いがあります!」


 俺は投票が始まる前に、一歩前に進み出た。床に膝をつき、深く頭を下げる。得意の土下座だ。


「俺は実力不足です。それは、わかっています。でも、誰よりも働きます! 雑用でも、音響係でも、深夜の買い出しでも何でもやります! 皆さんの練習が円滑に進むよう、全力でサポートします! だから、どうか、このチームに置いてください!」


 俺は大声で叫んだ。

 必死だった。会社員時代、リストラ候補になった同僚が上司にすがっていたときを思い出す。できることをする。それが、純粋な社畜魂。俺の軸だ。

 ――しかし、返ってきたのは、氷のような冷笑である。


「……はあ」


 桐生が、底冷えするようなため息をついた。


「西園寺。勘違いすんなよ」

「え?」

「俺たちは、雑用係が欲しいんじゃねえ。一緒にステージを作るアーティストが欲しいんだ」

「アーティスト……」

「お前が掃除しようが、徹夜しようが、そんなの知ったこっちゃねえ。ステージの上で輝けなきゃ、ゴミだ」


 帝都タクミも、悲しげな目で俺を見ていた。リクトに至っては、俺の土下座を見て「痛々しいなあ」とでも言いたげに苦笑している。


「ルキくん。君のそういうところ、正直、見ていて辛い」


 タクミが言った。

 リクトも淡々と口を開く。


「ここは会社じゃないよ。夢を売る場所だからね。夢に向かって努力する姿は大事だけど、こうやって媚びへつらう姿なんて、ファンは見たくないと思う。わかってる?」


 ガアン、と頭を殴られたような衝撃が走った。

 そうか。そうかもしれない。

 俺は今まで、社畜スキルを武器にしてきた。謝罪、土下座、根回し、ヨイショ。それで何とか切り抜けてきたつもりだった。

 でも、アイドルにとってそんな姿はマイナスでしかない。みんなが求めているのは労働者じゃない。夢を見せてくれるアイドルなのだ。それを、全然理解していなかった。

 投票の結果は、明白だった。

 俺は満場一致で放出された。


 *


 荷物をまとめ、Guiltyの部屋を出る。背中越しに聞こえる練習再開の音が、俺を拒絶しているように無情に鳴り響く。

 廊下は静まり返っている。俺はトボトボと歩きながら、自分の手を見つめた。


(俺は、何をやってたんだろう)


 生き残ることだけに必死で、一番大事なことを忘れていた。

 アイドルとは、キラキラと輝き、愛と夢を届ける存在だ。土下座をして仕事をもらう姿に、誰が夢を見る? 誰が憧れる? ああはなりたくないなと、ゴミを見るような目で見られるだけだろう。


 悔しい。


 追い出されたことではない。

 自分が、アイドルの本質から一番遠い場所にいたと気づいたからだ。情けなくてカッコ悪い自分に、嫌気がさした。


「変わらなきゃ」


 俺は涙をぬぐう。

 社畜の処世術なんて、もういらない。

 俺は、アイドルになりたい。純粋に、心からそう思う。


 とぼとぼ歩いてたどり着いたのは、廊下の突き当たりにある一番小さな練習室。

 課題曲、Popcornのチームだ。

 Popcornは明るくキュートなポップソングだが、人気がなく、定員割れを起こしている。すべてのチームからあぶれた参加者が集まる、吹き溜まりとなっていることだろう。

 おずおずとドアを開ける。


「はあ……」


 ため息が耳に飛び込む。

 部屋の隅で膝を抱えて泣いている者。床に大の字になって天井を見つめる虚ろな目の者。脱落した仲間の名前を呼び続けている者。部屋の中では、誰も練習していなかった。それどころか、誰一人チーム内でコミュニケーションを取ろうとしない。

 ここにいるのは、全員が他のチームから放出された余り物か、下位順位の負け組たち。Popcornという弾けるような曲名とは裏腹に、お通夜状態だ。


 どんよりした空気に触れた俺は、不思議と絶望を感じなかった。むしろ、腹の底から熱いものが湧き上がってくる。

 エリートたちに追い出された。「媚びへつらう姿なんて見たくない」と言われた。

 だったら、見せてやる。泥水をすすって生きてきた俺たちが、一番眩しく笑う瞬間を。

 俺は荷物を床に置き、パンッ! と大きく手を叩く。


「――お通夜は終わりだ!」


 死んだ魚のような目をしたメンバーたちが、のっそりと俺を見る。

 俺はエアネクタイを緩め、仁王立ちした。


「俺たちだけにしか作れないステージを作ろう、この、みんなで!」


 やる気も、情熱も、俺が取り戻させてやる。

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