千字小説集
pole
鏡のない世界
太陽が皮膚を刺す丘の上のブドウ畑では一人の少年が今日も自分の美貌に酔いしれてた。
水瓶に溜まったワインに映る美貌は、人と話す機会が少ない少年が惚れるには十分過ぎる魅力を秘めていたのだ。
彼は何もせずともブドウの生る地で、代々ワインを仕込む事を生業とする一族として丘を守り抜いてきたが、それも今代までの事だろうと丘下の村人からは囁かれている。
しかし、彼はそんな事を気にも留めず、毎日ワインを仕込み、その対価の様に映る自分の姿に心を動かされる生活を続けていた。
「すいません...」
それは嵐の夜だった。
仕事もこんな天気では一向に手に着かず、夜を悶々と過ごしていた時分に家の戸が叩かれる。
「誰だ!こんな夜更けに戸を叩く無礼な奴は!」
少年が聞いたのはか細い声であったが、強盗であっては困るのでナイフを手に玄関へと向かう。
恐る恐る戸を開けた少年が見たのは、髪の長い少女であった。
「今晩泊めて頂けませんか...」
少女は少年よりひと回りも小さい体格であったが、顔は水瓶で見た自分の顔より遥かにときめく物であった。
「お前、な、なんだその顔は!」
「どうって...私の顔は醜女で...この丘下の村を追い出されて...」
「そんな事構うものか!こっちに来て風呂に入れ!」
少年は問答無用で少女を風呂に入れ、髪も綺麗に解かしてやった。
その甲斐あって、少女はまるで生まれ変わったような自分の姿に、感じたことのない胸の高鳴りを覚えた。
「これが本当に私なんですか?」
「そうだ!お前を追い出した村の者は全くの節穴に違いない。俺が話を付けてくる!」
「やめてください!私はもう、この顔を見ていられるだけで幸せなんですから...」
少年はその謙虚から増々少女に惚れたが、少女がどう思っているのかは少年には分からなかった。
そこで少年は、思い切って直接彼女に自分をどう思っているのか尋ねることにした。
「俺はお前のことが好きだ!他に行く当てがないのなら、ここで一緒に暮らさないか!」
真面目な表情をしているが、顔は真っ赤だ。
少女はただ一言、こう答えた。
「ええ!もちろん!いつまでも自分に酔っていられるこの場所が大好きです!これからよろしくお願いしますわ!」
夫婦の中は良好であったが、生涯に渡って子供を一人も作ることはなく、魔法のブドウ畑もいつしか枯れ逝くのであった。
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