第3話

 初めてのお遣い…もとい、初の依頼を終えてギルドへ戻った頃には、街は夕焼けの光でオレンジ色に染まっていた。

 ギルドには宿舎があり、暫くお世話になる場所となる。初心者向け任務しかしていないのに、お金は大丈夫なのかと心配したが、チタくんが魔結晶の欠片を持ち帰っていたらしい。結晶を割って鎮めた経緯を含め、研究用に高く買い取って貰えたそうだ。


 そうして今は疲れた体を休め、のんびりと個室の談話室で寛いでいる。


「今日はよく頑張ったな、色斗」


 そう言いながら、チタくんが紅茶を淹れてくれた。非常に優雅な動作であり、まさに『宝石』という言葉が相応しい。


「お疲れ様でした、色斗さん。今日はもうゆっくりできますからね」


 何度でも言おう。いつでも穏やかなロサくんは、マジで天使である。


「僕への命令はいつでもしてくれて良いからね、色斗様」


 私の一体何処がそんなに、イオくんのドМ心に引っかかったんだろうか。他者が苦手でパーソナルスペースが広くて、ある意味では余所を排除したい気持ちとかがあるからかな…。


 まあ、それは置いておいて。

 私は彼らに、聞きたいことが色々あるのだ。


「あの…、ちょっと聞いてもいいですか?」

「何かな?」

「私たちで分かることなら、何でもお答えしますよ」

「どうぞ、ご命令を!」

「いや、命令じゃないです…」


 少しだけ、この雰囲気にも慣れてきたかもしれない。私はちらりと皆を見回してから、切り出した。


「私がどうして異世界に来てしまったのか、理由を知っていますか? それから、皆さんは私が所有していた宝石だと言っていましたが、何故このレインボートラウトに詳しいんですか?」


 宝石が擬人化するのはともかく。元の世界で生成され採取され、販売を経て私が購入したルースたちは、私と同じ現代民のはずである。異世界の情報なんて何処から仕入れるのか。


 私の問いかけに三人は静かになり、空気が僅かに張りつめた。


「色斗さん。貴方がこの世界に来た理由は、レインボートラウト側からの呼びかけがあった為です」

「呼びかけ?」

「はい。この世界の地脈結晶は、強い波長の『想い』に共鳴することがあるんです」


 ロサくんは、いつものように柔らかく微笑みを浮かべる。


「色斗さんは現代で宝石に触れる時、いつも温度を感じてくれたでしょう? 少しの曇りにも気づいてくれましたし、僕たちに語りかけてもくれました」

「…そ、そうですね……」


 改めて行為を並べられると、かなりヤバい人なのでは…と思った。多分きっと恐らくロサくんは褒めてくれているんだろうけど、居たたまれなさ過ぎる。


「あれ、でも……よくご存知ですね。皆さんのことはまだ、買ったばかりだったのに…」

「色斗さんが触れてくれた時に、貴方のエネルギーを通して他の宝石の記憶が伝わったんですよ」


 宝石同士って、そういうこともできるのか。凄いな…。


「それで、そうした愛情が共鳴回路を開いてしまったんです。強い願いを持つ宝石と、人の想いがリンクした時、ごく稀に異世界との道が繋がることがあるんです」


 続いてイオくんが、珍しく静かに口を開いた。


「色斗様。実は僕たちは元々、レインボートラウトで生まれた存在なんだ。この世界で生成過程を辿り、力を持った。でも、世界の歪みに巻き込まれて砕かれてしまってね。その欠片だけが時空の隙間を漂い、色斗様の世界に流れ着いたんだよ」

「欠片……」


 つまり、今の宝石としての様相は、かつての姿の一部でしかないと。


「そう。でも色斗様のもとにやって来た時、僕たちは思い出したんだ。本当の自分のこと、レインボートラウトのことを」


 慈しむような瞳で微笑むイオくんは、本来の美しい顔立ちを際立たせていた。

 そして最後に、チタくんがこちらを見やる。


「色斗。君がこの世界に呼ばれた最大の理由は、君の宝石への愛情が、レインボートラウトの地脈を揺り動かしたからだ」

「……は?」

「この世界では、宝石は『想い』に共鳴する。色斗が宝石に向けていた愛情が、地脈の奥深くに眠るリトスアームのコアに届いたんだろう」


 私が思わず素っ頓狂な声を漏らしたことには微塵も動じず、チタくんは話を続けた。

 いやいや、待ってくれないか。私と世界の地脈で差が大き過ぎて、何の説明だったか分からなくなる。

 …とりあえず、異世界凄いってことにしておこう。


「そして君の世界に流れ着いていた俺たち三人の欠片が、レインボートラウトの呼びかけに反応した。つまり色斗が世界を転移したのは、宝石の声に気づける者として、この世界に求められた結果だということだ」

「求められた……私が…」


 チタくんの言葉に、心がざわめいた。

 誰かに必要とされることなんて、なかったから。


「そうです、色斗さん。貴方はこの世界で言う、本物のマスターの資質を持っているんですよ」

「その力をどう使うかは、色斗様次第。でも僕たちは、色斗様と共に歩むことを望んでいるんだ」


 イオくんの願いに、チタくんとロサくんも頷く。それをはっきりと目にして、何かが胸にこみ上げる。


「……良いんでしょうか、私で。何も得意じゃなくて、居なくても変わらないような人間なのに…」


 しかし気づけばいつもの、卑屈な性格が零れていた。

 …うん、やっぱり駄目だこれ。辞退しよう。身分不相応にも程がある。


 だというのに。


「大丈夫ですよ、色斗さん」

「色斗様ならできます!」

「君の歩幅で進めばいい。何度でも言うが、俺たちがついている」


 三人は自信を持って、そう言ってくれた。

 心が温かく包まれていくのが分かる。こんなにも大事に、必要とされていることが嬉しかった。


「……ありがとう、ございます」


 人前で泣くなんて、どれくらいぶりだろう。





「色斗は好き嫌いはあるか? 今晩のメニューはローストチキンだそうだが」

「ありますけど、鶏は平気です。お腹空きました」

「色斗様、僕が取り分けますから、どうぞお掛けになっていて下さい!」

「スープも美味しそうですね、色斗さん」


 賑やかな食卓に並ぶ、湯気の立つ料理。

 大切な宝石たちと過ごす時間は、とても楽しい。


 元の世界に帰りたい気持ちはあるけれど。

 それでも私は、この世界で彼らと一緒に居たいと思っている。


 私たちの旅は、こうしてまた一歩進んだのだった。


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