嘘のプロパガンダに支配された世界で、真実が敵になる。

Omote裏misatO

プロローグ:勇者と魔王の神話

「勇者は存在しなかった。

 魔王もまた存在しなかった。

 ――だが、俺はその真実を知ってしまった。」



 むかし、むかし。

 いや、それは「むかし」ではなかった。

 千三百年前――いや、正確には千二百七十八年前――世界は闇に閉ざされていた。

 空は常に灰色の雲に覆われ、陽光は地に届かなかった。

 冷たい霧が村々を這い回り、夜ごと魔物の咆哮が夢に響いた。

 人々は魔王の名を口にするだけで震え、自由は遠い神話でしかなかった。


「魔王は不滅だ」

「勇者は必ず倒れる」

「支配は永遠」


 それが、誰もが信じていた真実だった。

だが、歴史は語る。

 魔王時代五年目に、最初の勇者が現れた。

 名も知れぬ村の鍛冶屋の息子。粗末な剣を手に、ただ一人の希望を掲げて魔王城へ挑んだ。

民衆は彼を讃え、歌に刻んだ。

 だが、彼は還らなかった。血は冷たい石畳に染み込み、名は風と共に消えた。

 百年が過ぎ、魔王時代百五十年頃。

 二番目の勇者、グリフィスが現れた。

 若く、強く、炎のような情熱を持つ青年。

彼の声は民衆の心を奮い立たせ、魔王討伐の旗印のもと、幾多の戦士が続いた。

 だが、記録は冷酷だ。彼もまた魔王の手に倒れ、夢は泡と消えた。

 さらに百年が流れ、魔王時代二百五十年頃、三番目の勇者、エメトが選ばれた。

 鍛え上げられた肉体と鋭い知性を併せ持ち、どんな敵にも怯まぬ瞳を持っていた。

 人々は彼に最後の希望を見た。

 だが、彼の物語は、単なる英雄譚では終わらない。

 そして――

 最後の勇者、シェケール。

 彼が魔王を倒し、世界に平和を取り戻した。

――教科書には、そう書かれている。

 だが、一次資料は異常に少ない。

 勇者に関する記録は、断片的な歌と改変された石碑だけ。

 グリフィスとシェケールの名は残るが、他の四人の勇者は名前すら歴史に刻まれていない。

学説では「魔王との戦いで散逸した」とされるが、それにしても不自然すぎた。

 誰かが、意図的に歴史を消した。

 誰かが、真実の火種を踏み潰した。

 これは、闇に隠された真実の始まりだった。

 そして、その火種は――

 千三百年後の現代に、再び灯る。


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