スノードームの温室
@kobemi
温室の密室
「温室で密室殺人にするのはどう?」
嬉々とした声音で、そう語り掛けて来たのは同級の御園文音だった。
「……どうしてあんなすぐにバレちゃいそうなところで殺したわけ?」
呆れ顔を作ってそう返すのは、戸谷律子だ。
今、二人の目の前にはガラス張りの温室があった。ドーム型の屋根が特徴的な、半径五メートルはあろうかという割合大型のものである。数値は律子が後から調べたものだった。
何かと、具体性が乏しいと想像と落ち着きのつかない彼女である。律子たちの通う藤ヶ丘高等学校の校舎は、ロの字型をしていて、その中央に取り囲まれるようにしてあるのが、今二人の立っている中庭と、鳥籠型をした件の温室だった。
「それはさ……、衝動的だったから場所なんて選べないわけよ」文音が言う。
「じゃ、密室の方はどう説明するの?」
「発見を少しでも遅らせるため……」
「矛盾していない?咄嗟の犯行だったわりには、密室を作るなんて、妙に計画的よね」小説の常套句を得意顔で暗唱してみせる文音に対して、律子はすかさず口を挟んだ。
「だいいち、密室を作ることの意義が私にはよく分からない。そんな創意工夫をする暇があるのなら、逃げるなり証拠隠滅を図るなり、やれることはいくらでもあるでしょうに」
「……もう、また文句ばっかり言って!」理路整然と事実を並べ立てる律子の態度に、文音は分かりやすくへそを曲げてしまった。
二人の議論は、いつもこうして平行線を辿ることを繰り返してばかりだった。争点となるのは、動機と合理性、そのどちらを取るかということになる。そしてその両者の中庸こそが、二人の目指すべき脚本になるのだろうと、二人はお互いに暗黙の了解をしていて、それでも譲り合えない意地っ張りな部分だけが不思議に似ていたために、作業はいつになっても暗礁に乗り上げたままなのだった。
「……まぁじゃあ、温室っていう舞台設定だけは、ひとまずキープということにしましょうか」
「え、ほんとうに?」
「どうして案を出したあなたが驚いているの?」
「いや、別に……」気まずそうに目をそらす文音。
やっぱり脊髄反射で目の前のものを口にしただけだったのだな、こいつは……。
律子は心のうちで秘かに愚痴を垂れた。文音の思いつきの尻ぬぐいをする役目は、ずっと以前から運命づけられていたものだったのだと、悟る他ない彼女だった。
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