おまけ『掃除機』11/26
けたたましいスマホの音で目を覚ます。締め切った遮光カーテンの隙間から光が漏れている。
どうやら朝か昼あたりのようだ。
私、今日、アラームセットしたっけ?休みのはずなんだけどな…
布団のすぐ横の机に手を伸ばして震えているスマホを手繰り寄せてこっちへ持ってくる。
スマホが鳴っていたのはアラームではなく誰かからの電話だった。寝起きだから声が酷いことになってるだろうから、少し出ることが躊躇われたが、きっと電話をしてくるような状態なんだろうと思い直して意を決して電話に出る。
「はい」
「たえちゃん!大変なの!」
友人の声だ。つい先日会ったばかりのはずなのに、なんだか10年ぶりくらいに聴く声のように思う。それにやっぱり思った通り“なんかあった時”の電話だ。
「うぅうん…」
寝起きのしゃがれた声を振り絞って相槌をうつ。
「新しく買ったのに掃除機が壊れちゃったの!」
まぢか…そんな事で電話してくるなよ。そんな言葉がよぎるが彼女にとっては一大事なのだろう。本当にどうしてくれよう。
「あぁ、そうなんだ…それは大変」
なんだかやけに面倒くさい。『そのくらいの事は、パパか近くのメカに詳しい変わったやつに頼め』と思ったところで冷静になる。
『や、あいつの近くのやけにメカに詳しいヤツは私だ。わぁ…これ行くしかない…でももう少しダラダラしたいぃ…』
そうしていると沈黙を埋めるように泣きそうな声で電話越しの彼女が黙ったままの私に話しかける。
「たえちゃん…どうしたらいいかな?水がたくさん出てきて」
え、掃除機から水?バッテリーから電解液が漏れてる?掃除機で水を吸った?や、掃除機を水に落とした?それとも何かの隠語?掃除機?よくわからないけど吸い込みそうなのは口が鼻?
口からよだれが止まらないって事?鼻から鼻水?
「風邪じゃね?」
なんも考えずそう答える。
「掃除機って風邪ひくの?」
「掃除機は、、風邪ひ…ごめんなんの話してる?」
「だから掃除が壊れたんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「直してよ」
ついに来た、直球の要求。私はこういうのに弱い。頼まれるとなんか断れない性分なのかもしれない。嫌だと思いながらもそれよりも先に「うん」と相槌をしていた。
やだなぁ…着替えなきゃ…そう思って体を起こす。と、すでに友人の家の例の掃除機の前に私は座っていた。
服もすでに着替えてる。私好みの服装じゃない。「はぁ。」ため息をつきながら不思議そうに自分の服や腕を眺めている私をみて彼女も不思議そうに「大丈夫そう?」と訊く。
「あぁ、うん。大丈夫」奇怪な行動をしてる自分に対しての言葉だと思って咄嗟に繕ったが冷静に考えたら彼女が案じているのは私の行動じゃなくて掃除機の安否だ。
なんでヤツだ。と一瞬過ぎったが、や、普通に普通のことかと思い直す。
へんなヤツと思われないように話題を戻す。
「とりあえず開けてみよう。取説とかある?」
「あるよ」そう言うと彼女は、説明書があるであろう本棚を漁り始める。
それにしても掃除の周りがビタビタだ。私も掃除機の分解に取り掛かる。にしてもこの液体は一体なんなんだろうか。
水を吸った?水をかけた?洗った?バッテリーの電解液が漏れてる?もしかしたら冷却水が漏れてる?もし電解液や冷却水が漏れてるなら素手で触るのはやばいかもしれない…それに私の手に負えない故障だ。だからそれとなく探る。
「掃除機で水でも吸った?」
「吸ってないよ?」
「じゃあ掃除機に水やりでもした?」
「そんなことしないよ笑」彼女は少し小馬鹿にしたように返す。
「つけようとしたら動かなかった?」
「うん」
「こんな濡れた掃除つけようとして感電しなくて良かったね」
実際ここまで濡れてる電化製品に電気を流すのは本当に感電や出火しかねない。話しながら分解を進めゆく。
「これコンセントとか刺してたらやばかったかもね、この水に心当たりない?」
「うん。あ、でも、注水って書いてあったから水入れた」
水やりしてんじゃん…
「え、水道水?」
「そうだよ」
今の会話で2つのことが判明した。
1つ、この液体はおそらく水道水。ひとまず危ない液体出なくて安心した。
そして2つ、彼女の発言は、全くと言っていいほど当てにならないと言うことだ。そう言えばこの子はそう言う子だったと言う思い出がこれをきっかけで蘇る。
2人で出かけた時帰り道の運転を彼女に任せた時、30分くらいで着くような場所のはずなのに30分経っても一向に着く気配がなかったから「ちゃんとナビ設定した?」と訊いたら自信満々に「ちゃんとしたよ!」と返すから逆に不安になってナビに目をやったら所要時間が4時間32分になっていた。慌てて車を停めてもらって確認したら、目指していた駅のある場所から4県も離れた場所にある同名の駅に向かっていた。なんて言う珍事件の主犯になることが多々ある人物なのである。『天然…』いや、天然で片付けてしまうのは癪に触る。それにこの前コイツに「天然だね〜」と言ったらなぜか鮎の話しをしてると思ってたような奴だ。天然、なんで可愛い枠で収まり切る人材じゃないのだ。
「そう!その掃除コンセントもないの!」
ほら、また主犯が迷言を発する。一瞬バッテリー駆動なのかとも思ったが自分の分解してる物を見て思い直す。
「つまりあれかい?君は、電化製品に電気を流さず水やりをして動かそうとしたのかい?」
私は、掃除機の下に巻き取られたコンセントを引き出しながらジト目で彼女を見つめて言う。
「何その口調、へんなのー」
こんな奴に買われた掃除機に同情する。そうこうしていると彼女が本棚とは違う方向に向かって歩き始める。
「そうだ、私、たえちゃんに見せようと思って取説、椅子の上に置いてたんだった。たえちゃんの後ろの椅子に置いてあるよ」
彼女が私に向かって指差す。
「私、タオルとってくるね」
「う…うん」
色々思うところはあるが全て飲み込むことにした。そして取説をペラペラとめくると3ページ目に赤字でご丁寧に『注意 : 排水チューブと注水チューブを接続してからご使用ください』その下に太字と波線でこうも書いてあった『チューブの接続前に給水すると水がそのまま排出されます』
その排出された水が今掃除機の下に広がる水でございます。思わずまた、ため息が出る。
「どう?何かわかった?」
「まぁね。とりあえずこの水拭こっか」
私は、不憫な掃除機くんを優しく抱え上げお膝に乗せ、空いた手で床を拭く。
説明書をまとめるとこう言うことだ。
確かにこの掃除機は水を使う掃除機らしい。しかし使用前には付属のチューブを取り付ける必要がある。そして、そのチューブをつけた後、吸水口から水を線まで入れてやっと使用可能になる。そして入れた水は半年を目安に交換する必要がある。
つまりチューブさえ繋いでしまえば修理なども必要ない。それに、ご丁寧なことに説明書の隣にその例のチューブまで置いてある。私はそのチューブを不憫な掃除機くんに取り付けながら自分でもわかるほどに死んだ目を彼女に向けて微笑みながら口を開く。
「謎部品があったらとりあえず説明書読みましょうね〜」
彼女は、私の顔を見てから下を向き「はい。」と答える。
それからは早かった。私はチューブを繋ぎ終え濡れた掃除機を丁寧に拭き取ってドライヤーで軽く乾かし、吸水口を開けて水を流し込み蓋を閉め、掃除機に付けられずに放置されていたフィルターをセットして掃除機のコードをコンセントに刺しオンのスイッチを押す。
驚くほどによく吸うできた掃除機くんだった。
これから多分水交換されることなく数年酷使されるブラック環境だろうけど頑張れ、不憫な掃除機くん。心の中でそう言ったあと前払い南無阿弥をして手も合わせておいた。
ひとしきり出したものを片した後、本日の主犯にお詫び…もとい、お礼にシュークリームを買ってもらった。
一仕事終わりの甘味は格別だった。
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