第2話 皮肉でも肉なら食べたい
俺こと、亜小神タモツは就職に失敗した現在24歳のフリーターである。
惰性で中学に通い、惰性で高校を卒業し、惰性のまま大学生活に突入。ゼミもバイトも、とにかく“まあ、こんなもんだろ”の精神で乗り切ってきた。
気づいたときには就活に出遅れ、慌ててエントリーシートを量産しても、既に椅子は埋まっていた。残ってるのは“ノルマ地獄”と“謎の夢を語る社長”ばかり。
──これが現実。割とよくあるタイプの、現代日本産の量産型男児。俺のことだ。
結局、卒業後もフリーター生活を続けるしかなく、低賃金と劣悪シフトを渡り歩きながら、月末になると「生きてるってなんだろうな」と哲学をかじり、翌朝には牛丼屋の厨房でフライパンと人生を振るっていた。
高くもない給料から家賃と光熱費を差し引いて、余った金でパチスロを打つ。勝った時にはちょっと贅沢、そんな代わり映えの無い日常が俺は好き……でもねぇな、どうしようもねぇな。
右手に握りしめた三袋のもやしを見て目が覚める。
思い返すと前の世界に未練という未練がない。交流のある友達もいない。俺の奨学金を使い込んでいたギャン中の両親とはとうの昔に縁を切った。血って争えないね(^_-)-☆。
俺を知る人間といえばイビリの凄いパートのおばちゃん位だ、このまま俺が帰らなかったら土曜のシフトキツいだろうな、可哀想に。ザマァみろ。
とんだ人生だった、まともな趣味の一つもなければ、金もない。借金返済の為の極貧生活、踏んだり蹴ったり、ラジバンダリ、はは、おもろ。
あれ、なんだろう頬の痛みは引いたのに涙が止まらない、なんだろう。
“それでも悪くなかった”とか、“この平穏こそが幸せ”なんて、口が裂けても言わねぇ。
──どうしようもねぇ人生だった。
……だった、という過去形が、今はもう成立してしまっている。
なにせ、俺はいま、異世界らしき場所で、土の匂いと獣の唸り声と蜥蜴の裏拳を味わった後だからだ。
「ほんと、笑えないジョークだよ」
そう言いながら、俺は右手に握りしめたままの三袋のもやしを見下ろす。
とは言えだ───神だか精霊だか知らねぇが、転送するならもっと様になるタイミングでやれ。なんで「特売品のもやし3袋握りしめたバイト帰り」が人生のターニングポイントなんだよ。
「こちとら“運命の女神”にすら見放された男だぞ。少しは同情ってもんが……」
などと口にしていた矢先、再び目の前をトカゲ顔の四足獣が引くファンタジー全開の馬車が土煙を巻き上げて通り過ぎる。
──そう、ここは異世界だ。徹頭徹尾“俺向きじゃない世界”。
もやし3袋の存在感が増すたびに、俺の現実逃避力はどんどん死んでいく。
「……アホクサ」。
乾いた笑いが出る。
誰かが俺を見て笑ってるような気がするけど、違う。これは自嘲だ。誰よりも先に自分で自分を笑う。これが俺の、世界への対抗手段だ。
──で、今はと言えば、通行人の視線に刺されながら道端に突っ立ってる。
「さて……どうするよ」
異世界。所持金ゼロ。右手にもやし。希望も展望も無し。
通りがかったガキに「おっさん服だっさ」と言われたが、異世界のファッション基準にツッコむほどの元気はもうない。そもそも俺はファッション誌の読者層じゃねぇし、カラフルな髪の獣人どもにどうこう言われたくない。
「まあいい。ひとまず、食える場所と寝れる場所、それから意味もなく人に殴られない場所……その三つを探すか」。
俺は、自嘲とともに異世界の大地を踏み出した。
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