(仮)凍てつく正義~少女の贖罪~

雛いちご

プロローグ


 約束やくそくの時間が、しずかに過ぎようとしていた。

 星々ほしぼしまたた夜空よぞらの下、白銀の髪を揺らしながら、ひとりの青年が白い吐息といきこぼす。

 彼の名はニクス。

 ようやく目的地である亡国ぼうこくサケル=アルカディアへと辿り着いた。

 辺りを見渡す。

 目に映るのは、時そのものがこおりついたかのような世界せかい

 家々いえいえも、木々きぎも、剣を構えた騎士たちでさえも、すべてが氷に閉ざされていた。

 あの頃と何ひとつ変わらない光景。

 ニクスの表情に、かすかなかなしみが宿やどる。

 懐かしさと痛みを胸に抱えながら、彼は奥にたたず大聖堂だいせいどうへと歩みを進めた。

 ――大聖堂内部。

 重厚じゅうこうな木の扉がきしむ音を立てて開く。

 左右には信徒しんとたちが座っていたであろう長椅子ながいすが、奥まで整然せいぜんと並んでいた。

 一番奥の司教座しきょうざに、小さな人影が見える。


 「おっそいなぁ……ボクを待たせるなんて……」


 あわい青に薄紅うすべにが差した髪の少女が、ほおを膨らませながら足をぶらつかせていた。

 その声には不機嫌さと、どこか甘えた響きが混じっている。

 ニクスは急ぐこともなく、靴音をコツコツと響かせながら彼女のもとへと歩み寄る。


「おや、待たせてしまったようですね。……ウルナ」


 穏やかな声でそう言うと、少女はぱっと立ち上がり、勢いよく抱きついてきた。


 「もう、遅いよニクス!……三時間も待ったんだから!」


 頬を膨らませながら、氷結晶ひょうけっしょうのようにんだニクスの瞳を見上げる。


 「いや、それは……あなたが早く来すぎただけで――」


 言いかけて、ニクスは咳払せきばらいで誤魔化す。

 彼はそっとウルナの頭に手を置き、少しだけ距離を取る。


 「コホン……次からは待たせないようにしますよ。それと、無闇むやみに抱きつくのは控えましょうね」


 「……二クスの鈍感」


 聞き取れるかどうかの小さな声で呟くウルナ。

 ニクスは微笑でそれを受け流し、彼女の頭を撫でた。


 「改めて……おかえりなさい、ウルナ。また会えて嬉しいですよ」


 ウルナの表情が雪解ゆきどけのようにやわらぎ、笑顔を咲かせる。


 「ただいま、ニクス!」


 「今回も使命を果たしてくれたようですね。お見事でした」


 その言葉に、ウルナは誇らしげに胸を張る。

 ――ニクスとウルナ。

 彼らはこの世界クリフォトいにしえの時代から見守り、秩序を保ち続けてきた組織そしき

 その幹部かんぶである。

 中でもニクスは創設者そうせつしゃの一員であり、他の者たちに使命を与える導き手のような存在だった。

 今回の再会も、ウルナの任務報告が目的である。


 「ではしばらく休んでください。何かあれば、僕の氷鳥フリージアで連絡します」


 事務的じむてきな言葉に、ウルナは頬を膨らませる。


 「うーん、つまんないな……せっかく会えたのに。どこか行こうよ」


 「困りましたね……僕も少し忙しいんですよ」


 「じゃあボクも手伝う!」


 ニクスは小さく息を吐き、真剣な面持おももちになる。


 「ではひとつだけ頼みましょう。ただし、油断は絶対にしないでくださいね」


 「その言い方……まさか、咎人とがびと?それとも叛逆者はんぎゃくしゃ?」


 ウルナの瞳が好奇心に輝く。

 ニクスは軽くため息をつき、静かに説明を続けた。


「場所は北部の山岳地帯。そこにA級叛逆者煉獄の豹帝パルドが現れました。幸い、周辺に住民はいません。ただ……奴の目的は不明です。警戒けいかいおこたらないでください」


 「ふーん……A級なら、思いっきり力を使ってもいいってことだよね?」


 ウルナの瞳は、波紋のように揺らめいている。


 「えぇ。確実に仕留めてください」


 ニクスの声は氷の刃のように冷たかった。

 ウルナは勢いよく立ち上がり、大聖堂の扉へと駆けていく。

 開かれた扉の前で、振り返りざまに手を振った。


 「じゃあ、行ってきます!どこに連れてってくれるか、楽しみにしてるからね!」


 ニクスは何も言わず、ただ穏やかな笑みで見送る。

 静寂が戻った大聖堂で、彼は司教座の前に立ち、そっと目を閉じる。

 脳裏に蘇る、遠い記憶の残滓ざんし


 にごりを知らなかったあの頃。

 初めて君たちと出会った日。

 信じた王に裏切られた時。

 そして悟った。

 誰も傷つかぬ正義など……存在しない、と。

 それでも、僕は願い、彼と共につくり上げた。

 組織の名は、七聖天しちせいてん

 それこそが、僕たちの正義の証。

 これは、七聖天がまだ存在しなかった頃の物語だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る