【神殺しの毒】を宿す水魔法使い～回復魔法の名家から追放された俺は、忌み嫌われた猛毒を乗り越え、覚醒する。～

第5話 最強への道の前で

「こ、こほん……まぁたった一度のミスで目くじらを立てるほど私は狭量ではないのでな」

　少女？　神様は咳払いをしてから改めて威厳たっぷりに胸を張った。

　セレンも神様だって知ってたなら、もう少しちゃんと教えてくれてもいいのに……。

「魔法を学びに来たのだろう？　あのセレンにも私が教えたからな」

「そうです！　ぜひ教えてもらえないでしょうか？」

　俺が強く頷くと、神様は手に顎を乗せ、挑発するように笑った。

「かかっ、一週間も眠りこけておいて返事は威勢がいいな。まぁよかろう、お前には一つ借りもあるしな。まずは名を聞かせろ」

「ちょ、ちょっと待ってください神様！　一週間だって！？　そんな馬鹿な！」

　一日中眠ったって言われても驚くくらいなのに、一週間なんてそんな馬鹿な。そもそも体感だと一瞬しか眠ってない。

「まったく、名を名乗れというとるのに……私はハイコク、お主は？」

　俺は慌ててエストと名乗った。最近どうも思ったことをすぐに口にしてしまう、今まで喋ってこなかったせいかもしれない。

　ハイコク様は足を崩して座ると、ポンポンと床を叩いて座るように促した。

「一週間というのはここでの時間、ここの外では一時間ってところかの。喜べエスト、修行でも何でもし放題よ」

「それはすごい……けど、本当に一週間経った気がしないんですけど」

「精神に刻まれる時間じゃからなぁ。故に、寝ているときの体感はそのまま外と同じ、歳も取らんし背も伸びん」

　あくまで世界的な時間はそのまま、めちゃくちゃ体感時間が引き延ばされる感じか……。修行にはもってこいの空間だな。

「もう魔法は使える一歩手前よ、お主の身体は既にここの魔力で満たされた。詠唱すら必要ない、世界最高峰の魔法使いが一生かけても届かぬ領域じゃ」

「そ、そんな力が！？　俺寝てただけなのに……」

「かかかっ、ここはそういう空間よ。ただし、目が覚めたのはお主の意思と体質のおかげじゃ」

　眠っていたのに……意思？

　俺が首を傾げると、ハイコク様は教えてくれた。

「魔力が溶け出て死ぬのはセレンに聞いておろう？　目が覚めぬというのは……ま、そういう意味じゃな」

「……ッ！　セレンが言ってたのは本当だったんだ」

　正直、見た目は綺麗な場所だし、本当に死ぬのかどうか半信半疑だったけど……怖っ。

「ま、とっくに切れておるがの」

「へっ……し、死ぬ？」

「死なぬ。それがお主の体質。無限に湧き出る毒が、奇しくも守っていたという訳じゃな」

　ハイコク様は俺の胸に指を立て、トントンと叩いた。

「体内で作られる神をも殺す猛毒、いわばそれは魔力の塊……エスト、お主の身体の毒は魔力に変換できるし、お主は既にそれを実行しておる！　……いやはや、無意識なら天才と呼ぶ他ないじゃろう！」

　なるほど……？　分かったような分からないような……。

　体質のことは嫌いだったし、毒もなくなってくれた方が嬉しいとは思ってた。

　……そのせいとか？

「魔力は流れ出ていたけど、魔力を含んだ毒が身体で作られていて、その毒を魔力に変換していたから助かった……ってこと？」

「うむ！　理解が早い！　まぁ、そうでければ私が魔法をかけていただけじゃが」

　嘘だろ、いつの間にか死にかけてた……。

　なんだか覚悟を決めた時よりもずっと怖い。

「それで……魔法が使える一歩手前というのは、何をしたらいいんですか？　俺、何でもやります！」

　力への憧れというと少し違うが、魔法は完全に未知の領域だ。兄さんのように回復魔法を使えるようになれば、誤って毒が相手に移っても治せるようになる。

　痛みもなんとかできれば、本当に俺も普通の暮らしが……。

「ほう、何でもと申したな？　何でもと言ったら何でもよなぁ？」

　今日一番の悪い笑顔をハイコク様が見せる。けれど、ここで引くわけにはいかない。

　ここで魔法を得なければ一生洞窟の中だ。セレンがいるし屋敷とは違うけど、ここを出るのはセレンの望みでもある。

　恩を返すためにも、絶対に魔法の習得が必要だ。

「……はい、痛いのも苦しいのも平気です。今すぐできるなら今すぐにでも」

　ハイコク様も真剣な目だ。俺も覚悟を決めて視線を返す。すると、ふうっと息を吐いた後、俺のすぐ近くまで来た。当然毒は効かないが、鼻も触れそうな距離だ。

「なぁエスト、私は浮気者が嫌いだ、嫉妬深いのでな。もしお主が私の力を受け入れたら、二度と水魔法以外は使えない」

　嘘をついてそうなトーンじゃないし、何より嘘を付く理由がない。

　ハイコク様の言葉に真剣に耳を傾ける。

「もちろん、それが嫌ならこのままでもよい。地上に帰すくらいの手伝いはしてやろう。その体質を活かして、あらゆる魔法を無限に放てる最強の魔法使いになるのも良しじゃ」

　無限の魔力……セレンが言うには火の魔法だけは使えないらしいけど、いろんな魔法が使えるのは魅力的だ。

　しかもそれが使い放題……？　いや、それってかなりすごいことなんじゃないか！？

　それに、セレンへの恩返しであるここからの脱出も叶う。……けど。

「えと……水魔法ってどんな事ができるんですか？」

「ふふん、聴かれなかったらどうしようかと思っておったわ！」

　ハイコク様は小鼻を膨らませて力説を始める。

「なんといっても自由度が高い！　水という液体は直感的にも動かしやすいし、風や雷と違って物理法則や他の影響も受けにくい。武器にして良し、質量攻めにして良し、身体に纏って防御にして良し！　じゃなぁ」

「身体に……纏って……」

「何より、水魔法だけを選べば無詠唱が可能となる！　お主は魔力が尽きることはそうそうないし、修行を積めば自動で反撃する水の鎧を着たり、自動探知できる水を常に地面に張ったり――」

　嬉しそうに次から次へと案を出すハイコクの声が遠くなる。

　常に水を……それってもしかして……。

　ふと、一つの思いつきが浮かんだ。けど、一応確認はしておこう。

「いろんな魔法が使えたほうが、詠唱は必要でも強いですか？」

「ま、そうじゃろうな、そう考えて間違いない。誰もが憧れるのは無論そっちじゃろう……私も嘘はつかぬ」

　少し寂しそうにハイコク様は俯いたあと、後ずさって俺から一歩距離をおいた。

「セレンが戻ってきたら地上へ返してやろう。なに、久しぶりに話相手になってくれた礼じ――」

「俺、水魔法だけを選びます」

　視線を落としていたハイコク様は、口を開いたまましばらく硬直した。

「………………今、なんと？」

「俺は、水魔法だけでいいんです」

「お主……本気か！？　最強の魔法使いに憧れんのか！？」

　最強……最強かぁ。

　そうなったらきっと楽しいんだろうな。

　俺を追放したお父様にも、突き飛ばした兄さんにも復讐ができる。

　ごめんなエストって、俺が間違ってたって言わせられる。

　想像するだけで笑いが込み上げてくる。

「……はは、あはははは！」

「エスト……泣いておるのか」

　ハイコク様も何言ってるんだか、これまでの人生で俺がどんな目にあってきたのか……いや、どんな目にもあわなかったのか知らないのに。

「泣いてないよ」

「……そうじゃな」

　濡れた目元を強引に拭う。

　過去は選べない。――なら。

「俺は最強になりたいんじゃない」

　俺は未来を選びたい。

「誰かを抱きしめられるようになりたいんです」

　絶対変なやつだと思われた。

　でもいいや、嘘偽りない本音だもん。

「……なるほど、確かに水魔法ならお主の願いは叶えられる。保証しよう」

　そう思って顔を上げると、なぜかハイコク様も涙を流していた。

「私も元はここに堕ちてきた身、いわゆる生贄じゃ。孤独の痛みは分かるとも」

　ハイコク様は地面に絵を描く。

　こいつ……落ちてくる時に倒した蛇だ。

「私に良心を押し付け、ここにしばりつけておる神様がコイツじゃ……お主の毒で弱まってはいるが、いずれここに来るじゃろう」

　あれで死んでないのか、神様ってやっぱりとんでもない存在なんだな。

「……後悔はないな？」

「もう、十分してきたよ」

　俺が頷いたのを確認すると、ハイコクは俺の頭を両手でがしっと掴んだ。えっ、何、何が始まるの！？　とにかくめちゃくちゃ怖い、死ぬほど痛いとかやっぱりそういう――。

　ちゅ。

　えっ、はっ？　何？　何が起きた？

　ふいにハイコクが顔を近づけたかと思うと、唇に柔らかい感触が……。驚いた拍子にわずかに唇を開くと、そのままハイコクの長い舌が入ってくる。

　舌の上で文字を書くように、ハイコクの舌がするすると動く。くすぐったいような気持ちいいような不思議な感覚だ。

　……たっぷりと一分間めちゃくちゃにされた。もうお嫁にいけない、男だけど。

「く、かかかっ……なんじゃその顔は、これくらいでとろけおって」

　満足げに口元を拭きながら、ハイコクがこちらを見下ろしてくる。俺も強引に口元をぬぐい、必死に強がった。

「とろけてないわ！　……ないです！　というか、先に何をするかくらい言ってくれてもいいのに」

「いやぁ～、驚く顔が見たくっての」

　チョロいとか思って本当にすみませんでした、もしかしてこのための演技とかだったのか？　だとしたら全部見透かされていたことになる。

「ふっ、ようやく気付いたか。外見に騙されているようではこの先厳しいぞ、エスト」

　ハイコクは俺心の声に反応してきた。やっぱり聞こえてたのかよ！　腕を組み、どうだと言わんばかりに胸を張っている。

「いつまでも大人しくしている方が悪いよの、いつ開放してやろうか考えてしまったわ」

「そんっ……もしかしてすぐに終わってたってことですか？」

「うむ、ぶっちゃけ舌を入れて三秒くらいで終わってた」

「ハイコクッ！」

　ハイコクは舌をぺろりと出し、嬉しそうに走り出した。こうしてみると歳相応のふるまいにも見える。

　俺は立ち上がり、ハイコクを追って走り出した。気のせいかもしれないけれど、本当に生まれ変わったみたいに身体が軽い。

　ハイコクはある程度離れると立ち止まり、振り向いて両手を広げた。それに合わせて周囲の空間が明るく輝く。

「さぁ！　思うがままに魔法を使ってみろ！　詠唱も何も不要、お前の想像がそのまま形になってくれるぞ！」

　想像……想像か、何がいいかな。

　何かを思い描くのは得意だ。本は死ぬほど読んできたし、絵もたくさん描いた。小さな部屋の中でできることは何でもやった。

　俺はひたすら魔法を使った。外だと無理らしいが、ここでは魔力がいくらでもある、使い放題だとハイコクは教えてくれた。

　降り注ぐ無数の剣、すべてを飲み込む大渦、身を守る巨大な盾、さらには生き物まで、何もかもが思い通りだった。

「楽しいだろう？　エスト！」

「最高の気分だよ、ハイコク！」

　修行というより遊んでいるような感覚だった。俺はひたすら魔法を撃ち、休憩中は知識を叩き込まれた。

「……うむ、十分じゃろう！　間違いなく今のお主が世界最強の水魔法使いじゃ！」

　ハイコクは笑顔で褒めてくれたが、その言葉は同時に、授業の終わりを示していた。

　しばらくしてからセレンが迎えに来た。

　ハイコクと別れる前に彼女と静かに手を合わせる。

「よし……きちんと出来ておる、これならもう毒を気にすることはない。エスト、お前はもう誰かの手を握れるよ」

「ありがとう……ありがとうハイコク。ここに来てよかった、君に会えてよかった」

「かかっ、お前があんまり寂しくすると、こっちまでしんみりするわ。心が読めると言っておろう」

　ハイコクはここを出ることは出来ないらしい。それが器としてここに堕とされた彼女の運命だと言った。

「外に出て、必ず何か見つけてくるよ。そしたらここへ戻ってくる」

「かかっ、生意気な奴じゃ……だがそういうところがお前の良いところよな。その足で世界を見てこい、エスト」

　静かに手を離し、俺はセレンと水面を見上げた。

　あとはこの上へ、そして世界を旅しよう。セレンと同じように、俺のことを受け入れてくれる人を見つけよう、そして――本当の家族を見つけるんだ。

　ガシャアアアアァァァァン！

　突如世界が割れたのかと思った。ガラスの砕けるような音がして『デル＝アグマ』の空が割れる。

「キャオオオオオォォォォッ！」

　空間を砕きながら現れたのは骨の姿のアイツだ。

「エスト、卒業試験じゃ、やってみろ」

　ニヤリとしながらハイコクは言った。魔法を覚えて最初の相手は、どうやら神様になるようだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇

あとがき

力を手にする理由は人それぞれですが、エストは最強よりも違う道を選びました。

家族のこと、セレンのこと、これからのこと。

決断と絆、家族と愛情。

皆さんの胸を熱くできるような内容を考えております。

現時点で９割がた完結まで書ききっておりますので、安心して（？）お付き合いいただければと思います。

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