第15話 普段冷静な人の方がキレると怖い

「まさか学園に乗り込もうとするとは……しかも私の前で安易に魔法を使うなど、舐められたものだな!」


 次々と槍が飛ばされるのを必死に盾で防ぐ。一枚だと易々と貫かれそうだ。


「違います、誤解です先生! それに、魔物なら他にもいるじゃないですか!」


 セレンはハーフとはいえ、少数だが魔物の生徒は在籍しているのに……現に青の組にもエルフとウッドマンがいる。


「それは人の心を持っているからだ! 黒の血は破壊と浸食、魔の心の源! 第一、人間に黒の血など聞いた事がない!」

「人の心だって!? 血の適正なんかで俺が悪人だっていうんですか!?」


 そんなのめちゃくちゃだ、セレンが言っていた魔物の血というのはこういうことか。


「あぁそうだ! ただの魔物は理由なく人を襲わないが、黒の血の魔族は罪なき人間を平気で襲う! 第一、詠唱無しで魔法を使うなど黒の血の詠唱破棄そのものではないか!」


 詠唱と叫びの連続からか、リスク導師は煩わしげにマスクの下半分を外した。


「導師……それは……」


 火傷とは違う、もっと強引に皮膚の表面を削り取られたような……。導師の口元は左頬が大きく削れており、奥歯がわずかに露出している。


「喋るな! 煩い! 魔族なんぞにそんな視線を向けられると吐き気がする!」


 くそっ、頭に血が上ってまともな会話ができない……守ってばかりじゃ駄目だ。

 廊下のようにここは狭くない、開けた場所では、水で満たすより拘束を狙う!

 イメージしたのはエナー教官の魔法、地面から何本も水の腕を出現させ、一気に手足を縛る。


「『清き視線に焦がれし者よ、その目を閉じて頭を垂れろ』!」


 ばしゃっと音を立て、絡みついた水魔法が力無く地面に落ちた。もちろん俺が力を解いたわけじゃない。


「そんなのアリかよ……導師、落ち着いてください! ……ブレイズを撃退したのだって本当は俺なんです!」


 あまり言いたくなかったが、このままでは埒が明かない。魔力にもまだまだ余裕があるが、騒ぎが広がりすぎるのはまずい。誰かが来る前に何とかしないと――。


「それも貴様が潜り込むための工作だろう! 四天王を一人で退けるなど、金二級以上でなければ不可能だ!」

「この……分からず屋!」


 だんだん腹が立ってきた、どんだけ話聞かないんだ!

 あまり目立つ魔法は使いたくなかったけどそうも言ってられない、ただの水にされるなら、その質量で倒してしまえばいい。


「おっりゃああああ!」


 超巨大なハンマーを空中に作り出し、思いっきり振り下ろす。これなら重さだけでひとたまりもないはずだ。


「しまっ――」


 リスク導師は横に飛んで躱そうとするが、この大きさはどうしようもない。気付いたって手遅れだ。

 ばっしゃあああん! 激しい音と共に、巨大な水柱が立つ。十メートルはあろうかという実習場の天井にまで届いている。


「はぁ……はぁ、お分かりいただけましたか?」


 俺はハンマーの軌道を変え、導師ではなく貯水槽へと振り下ろした。

 雨のように水が降り注ぎ、導師も俺もずぶ濡れだ。


「……何のつもりだ、まだ私は負けちゃいない」


 膝に手をつき、濡れて下がった前髪を撫でつけながら、導師が立ち上がる。


「リスク導師、俺は話を聞いてほしいだけなんです」


 俺は両手を上げ、戦う意思がないことを伝える。それでも導師は苛立ちを隠さず、がりがりと傷跡を掻いた。


「黙れ……黙ってくれ、聞きたくない……」

「リスク導師!」

「黙れと言っている! 『白の棺、戸口を塞ぐ、私は――」


「そこまでだ」


 リスク導師の背後に一瞬で何者かが現れ、強引に詠唱中の口を塞いだ。

 白のリスク導師の陰から、黒のローブがひらひらと揺れる。


「学園長……なぜここに」


 さすがに学園長の登場には冷静になれたのか、リスク導師は腕をおろした。


「リスク、お前の気持ちはよくわかる。だが、少し落ち着け。エスト君はグレイからの紹介だ、彼の目に誤魔化しは効かない、分かっているだろう?」


 突然グレイさんの名前が出たことに驚く、やっぱりただの冒険者じゃないとは思っていたけれど、有名な人なんだな。


「あの雷光のグレイですか……私は別に彼のことを信用しているわけじゃない」

「リスク、お前……」


 学園長は眉間にしわを寄せ、俺を庇うように導師との間に一歩出た。

 リスク導師はローブの内側をごそごそとまさぐると、マスクの下半分を取り出した。スペアがあるのか……。


「学園長、私は貴方の言葉なら信じます。ただ、私の気持ちを汲んでくれるのなら、少し彼を私に預けてはくれませんか?」

「あぁ、例のクエストか。別に構わないよ」


 俺が構います。ねぇ学園長、俺に意思の確認とかしてくれないんですか?

「あの……デックス学園長? クエストも何も俺まだギルドに参加してないんですけ――」


 俺の言葉を遮るように、デックス学園長が懐から一枚の紙を取り出し、それを俺の顔の前に突き出した。


「え~っと……『下記の者の実力を評価し、銀三級へと推薦する。ハイコク=エスト、ハイコク=セレン』……」


 えっ、セレンまで!? いや、俺が銀級なのもそもそも訳が分からない。ぽかんとして学園長を見ると、ぐっと親指を立てた。


「本当は金級になってほしいところなんだけどね、私の権限では銀までなんだ、すまない」


 いやいや。俺は別に階級に不満があるわけじゃないんだけど……。

 けど、銀級でも早くなれるなら越したことはない。魔法使いギルドの銀級だが、クエストさえこなせば冒険者ギルドは同等の待遇をしてくれる。会費は要るけど。


「……それで、例のクエストっていうのは?」


 銀級は俺にもメリットがあるし、セレンまで一緒に推薦してもらえるのは嬉しい。問題はそのクエストが何かという話だ。


「ここじゃちょっと話せないかな、場所を変えよう」


◇◇◇


 学園長の部屋で話すことになり、三人で廊下を歩く。


「ねぇあれ……やっぱり何かしたのよ」

「しかも学園長の呼び出しって……」


 学園長、銀級もありがたいけど、この誤解を何とかしてくれないかな……。


「入学初日にこの部屋に入るのは君が初めてだよ」


 部屋の扉を開けながら、デックス学園長は笑った。

 壁一面の本は魔法についての物だろうか? 自分の部屋を思い出して少し懐かしい。他にも見たことない魔石装置がたくさんある。


「クエスト内容はいたってシンプル、警備だ。ここ数日、魔族による襲撃事件がいくつか報告されていてね、リスクは護衛を頼まれているんだ」

「それに俺も同行しろと?」


 そういうこと、と学園長は指を鳴らす。


「依頼したのはイサメル家。緑のカラーズ、イサメル=ソヴァニくんの屋敷だね」


 屋敷? てっきり移動中の護衛かと思ったが、襲撃って家に敵がやってくるってことなのか?


「襲撃をかけられているのはどれも魔法使いの名家なんだ。おそらく犯人も同じ魔族か、もしくは何か繋がりがあると思われる。イサメル家は襲撃をまだ受けてない、だからこその依頼だね」


 魔法使いの名家……いや、俺にはもう関係ないことだ。そう思っていても妙な胸騒ぎがする。


「相性の悪い相手だったらしいが、居合わせた金二級の魔法使いが殺された報告も上がっている。私と君でも油断はできない」

「期間は一週間、報酬は二十チルカ、リスクくんを圧倒した君なら余裕だろう。それに、襲撃があると決まったわけじゃないからね」


 学園長の言葉に、リスク導師の仮面の下からギリィという音が聞こえる。


「じゃ、これから一週間、仲良く二人で頑張ってね」


 こうして入学初日は終わった。俺は銀三級の資格を得て、金二級に殺されかけ、なぜかその相手と高難易度のクエストに行くことになった。


 クエストでは何事もなければいいなぁ……。



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